第258話 神の玉座に座るもの
霊教国、国境。
リユウの部隊は入国を拒まれ、足止めを受けていた。
「まさか、一週間も待たされることになるとは」
ジョイエルは国境警備隊に連れて行かれ、そのまま戻らなかった。通達を待って、一週間が過ぎた。
入国の許可は、いまだにおりていない。
ようやく使者が来たと思ったら、その答えは期待に沿うものではなかった。
補給は許可するが、入国は禁止。カイ王は霊教国で保護している。
それだけの内容だった。
ジョイエルも、戻ってはこなかった。
「ふざけるな。ここまで来るのに、どれほどの苦労があったと思っているんだ」
リユウは使者に詰め寄った。
しかし、使者は顔色ひとつ変えなかった。
「正式な使者は、こちらからすでに貴国へ向けて出立している。三日以内に補給を済ませ、帰国されよ。さもなければ、侵略とみなし、貴殿たちを排除する」
「ジョイエルはどうした?」
「彼女はもともと、我が国の神僕。貴殿が気にする必要はない」
それだけ告げると、使者は去った。
◇
数日前、霊教国、聖都――
一級大司教ゲイエルの執務室。
そこに、ジョイエルは左右を衛兵に挟まれて連れてこられた。
「ジョイエルよ。久しぶりだな。心配したぞ、と言いたいところだが、なんの報告もなく失踪したかと思ったら、独断で、極東国の使者を称するエルフとともに帰国。どういうことか、報告してくれるかな」
壮年の大司教、ゲイエルは、問い詰めるような口調で言った。
「なにからお話すればいいやら。とにかく、同行した者たちは、間違いなく極東国の者たちです。かの国の王、カイ王が、こちらに来ているか、まもなく来られるのではないかと思います。カイ王との面談を希望しています」
ジョイエルは、まずリユウたちが正当な使者であることを証明しようとした。
しかし……
「たしかに、カイ王は我が国に入国されている。しかし、今のあなたの証言を本当だと証明するものはない。かの使者たちには、そのままお帰りいただくことになるだろう。むろん、補給くらいは許可するが」
ゲイエルは、机の上で指を組んだ。
「それより、あなただ。これから貴方は査問会にかけられる。その内容によっては、異端審査会にかけられる。私は、そうはなってほしくない。ひとつだけ聞かせてくれ。貴方の霊神への信仰は、変わらんな」
ジョイエルは、しばらく考えてから答えた。
「いえ。私の中には、すでに別の神がいます」
「ばかなことをいうな!」
ゲイエルは立ち上がった。
「一度大司教ともなった者が、霊神への信仰をなくしたなど、公式の場でいえばどうなるか。よくて追放、あるいは矯正施設。悪ければ、救魂だぞ」
救魂の儀。
それは、霊教国では死罪を意味した。
「いや、貴方は長旅で疲れているのだ。人は苦難のときに、信仰に疑いをもつこともある。それだけで罰せられることはない。しばらくは懺悔室で休め」
ジョイエルは頭を下げて、下がった。
◇
「リユウ隊長! 我々も納得できません!」
「せめて、陛下と面会をしないと!」
捜索隊の隊員たちが、リユウに食い下がった。
彼女も同じ気持ちだった。
旅の途中で命を落とした仲間もいた。
それで門前払いされ、帰りましたでは、死んでいった者の家族にどう説明できるだろうか。
リユウは、どうしたものかと、ふとポケットに手を突っ込んだ。
指先に、硬いものが触れた。
ジョイエルから預かっていたスマホだった。
没収されてはいけないからと、リユウが預かっていたのだ。
リユウは、最後の手段としてそれを手に取った。
霊教国に、厄災の神が降り立つことになった。
◇
「わかった。お前たちはここにいろ」
画面の向こうから現れたクロは、リユウにそう言った。
「いえ、私達もついていきます」
リユウの後ろで、兵たちもうなずいた。
「馬鹿。お前たちが動いたら、国同士の問題になる。私はあくまで、奪われた自分の女を取り返しにいくだけだ。教皇のやつも知らないやつじゃない。直接話をしてくる」
そう言うと、クロは空高く舞い上がり、音速を超えた速度で教皇庁へ向かい、その前に降り立った。
突然、黒いドレスをまとった美女が天から降りてきた。教皇庁の衛兵たちは戸惑いながらも、すぐに槍を構えた。
「とまれ。何者だ」
「神様だよ。教皇のところに案内してくれるかな?」
クロはにっこり微笑んだ。
「ハッ! かしこまりました」
その瞬間、衛兵たちは【誘惑】にかかり、クロを教皇庁に招き入れた。
◇
「兵よ! なにをしている! そいつを捕らえろ!」
衛兵たちの中で、その大司教だけが、クロの【誘惑】にかかっていなかった。
偶然居合わせた大司教が一喝した。
「さすが、霊教国の教皇庁だ。神使が普通にいるとはね」
クロは感心したように、大司教を眺めた。
しかし、衛兵たちは、なにを言われているのかわからずに戸惑った。
「ああ、気にしなくていいよ。あの人は頭がおかしいんだ」
クロは大司教を無視して、教皇庁を進んでいく。
「ばかな! この聖なる教皇庁で、精神操作などできるはずがない!」
大司教は、クロに向かって魔法の鎖を投げかけた。
が、魔法の鎖は、そのまま大司教自身の身体を縛りあげた。
「な、なにもの……」
自分の魔力に締めあげられ、大司教は泡を吹いて気絶した。
さすがにこの騒ぎで、教皇庁は大混乱になった。
「もういいよ。ご苦労さま。教皇もジョイエルも、どこにいるかわかったから、あとは自分でいくよ」
クロの魔力感知は、二人の居場所を正確に捉えていた。
◇
緊急事態を告げる警報が、教皇庁に鳴り響いた。
仕組みとしては用意されていたが、作られて以来、実際に使われたことなど一度もなかった。
いかなる魔神や魔獣も、霊教の聖都に、まして教皇庁にまで入りこんだことなど、国の歴史上なかったからだ。
「教皇猊下! 恐ろしい魔神が参りました! すぐにここから退去ください!」
謁見の間に、兵が飛びこんできた。
謁見の間には、教皇と謁見者のための椅子が、同じ高さに用意されていた。
そして、二人を見下ろすように、霊神の御霊が座すはずの玉座が置かれていた。
神の名のもとに、人は平等である。それを表すしつらえだった。
警報と兵の乱入で、ある神官と行っていた謁見は、そこで中断された。
「どういうことだ!? 何者が! 大司教や大神官たちはどうした!?」
教皇ノエルは、飛びこんできた兵に問いただした。
「わかりません。正体も、何もわかりません。結界も霊術も、全て効果がありません。とにかく早く、逃げ……」
兵がそう言いかけたとき、黒い影が扉から入ってきた。
黒いドレスに身を包んだ、一見美しい女の魔神だった。
「ば、ばかな。あなたが、なぜここにいる?」
クロの姿を見て、教皇は凍りついた。
「やあ。ノエル君、久しぶりだね。50年ぶりくらいかな。君もずいぶん年を取ったね。生きてるうちに会えて嬉しいよ。私の友人たちが、君のところの家来にちょっと世話になったみたいで、他にも言いたいことがあって、一言文句を言いに来たんだよ」
クロは指を鳴らした。黒いドレスが、魔力で霊教の神官服に変わる。
「ごめんごめん。ドレスコードはこれでいいかな。アポもしないで申し訳ない。でも、すぐ終わるから、ノエル君を少しだけ借りるよ」
クロは、つい先ほどまでノエルと面談をしていた男に目をやった。
「教皇猊下、なにものです。このものは……」
男は、ノエルとクロを交互に見た。
「い、いや、大丈夫。すみませんが、この人は大事な方で、面談は改めてさせてもらっていいでしょうか?」
ノエルは冷や汗をかきながら、男に答えた。
「そういえば、君たちのしきたりでは、神はここに座るんだっけ」
クロはそう言うと、霊神の玉座に腰掛けた。
「貴様! なにをしている!」
男は怒りに震え、クロに詰め寄ろうとしたが、ノエルがその肩をつかんで止めた。
「いえ、いいのです! 私に全てお任せください! 兵よ! この方を外にお連れしろ! 私が直接、あの方のお相手をする! 緊急事態も解除しておけ!」
兵たちは慌てて男を連れ、謁見の間から出ていった。
「いやあ、悪いね、ノエル君。でも、私の言い分も聞いてくれよ」
クロは玉座に深く腰掛けたまま、悪びれずに足を組んだ。
「勘弁してください。で、ご用件はなんでしょうか」
教皇ノエルは、疲れ切った様子でクロのほうを向いた。
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