第252話 敗者
「報告! コウ将軍の部隊、アマン軍と交戦する気配もなく、全軍この本陣へ向けて引き返してきます!」
その報せに、陣幕の中がざわめいた。
報告はそれで終わらなかった。
「さらに……キクギ、コウラ両将軍の部隊も、陣を払ってこちらへ向かっております!」
「裏切ったか……! 奴らめッ!!」
ショウは軍机に拳を叩きつけた。
裏切りは明らかだった。
信頼していた将たちが、勝ち目のない戦に見切りをつけたのだ。
群臣たちも事態を察し、顔から血の気が引いていく。
「閣下! ただちに裏切り者どもの一族を捕らえ、見せしめに処刑すべきです!」
文官の一人が叫び、周りの者たちも怒りに震えながら頷いた。
しかし、ショウは首を振った。
「……事ここに至っては、仕方ない。この城は捨てるしかあるまい。引き返してくる裏切り者とアマンの軍に挟まれれば、逃げ場もなくなる。……コウ、キクギ、コウラ、寝返った者どもの家族は……無罪放免とはいかぬが、牢へ入れておけ。危害は加えるな」
「閣下! ならばせめて糧食庫に火を放ち、アマンに兵糧を渡さぬようにすべきです!」
ショウはそれにも首を振った。
「いや……民もあの災害で困っている。我らが去った後、掠奪にあわぬよう、糧食庫は厳重に封印しておけ」
ショウの声は、ひどく低かった。
「ショウ殿……! 我らエン一族は、いったいどうなるのだ!?」
年長の一族の者たちが、真っ青な顔でショウにすがりついた。
ショウにとっては、親子ほども歳の離れた本家筋の者たちである。
「……ひとまず、北の地へ落ち延びるほかございますまい」
ショウは歯を食いしばり、言葉を絞り出した。
すると、老貴族の一人が叫んだ。
「そうだ! あの仮の王――ハクアをアマンへ差し出すのだ! あいつに全ての責任をなすり付ければよい!」
「おお、妙案だ! そうすれば我らの命は助かる!」
ショウをよそに、一族の者たちは自分が助かる算段に夢中になった。
「……おやめなさい。そのようなことをすれば、かえってアマンに即刻処刑されるだけです。あの男は……主を売るような真似を、何より蔑む男です」
ショウの一言で、座が静まった。
貴族たちは顔を見合わせ、黙りこんだ。
「……猶予はない。ただちに城を捨て、撤退の準備にかかれ」
ショウは背を向け、配下たちに告げた。
◇
その夜、ショウは城に残る家族を一人ひとり訪ね、別れを告げた。
そして最後に、シンの部屋を訪れた。
「……閣下」
燭台の灯りの中で、シンがショウを見つめた。
「無念だが……我らは敗れた。シンよ、お前とも、ここでお別れだ」
「え……?」
シンは言葉を失い、駆け寄って、ショウの手を握りしめた。
「クロ様を頼るがよい。アマンとて、お前があの方の友人だと知れば、ひどい扱いはせぬはずだ」
ショウはシンの目をまっすぐに見た。
「嫌です……! 私は……私はどこまでも閣下にお供いたします!」
シンはショウの胸に縋りつき、声をあげて泣いた。
「シン……この先は、つらい逃避行になる。お前には、生きて幸せになってほしい」
ショウは、シンの細い肩を抱き寄せた。
「ならば……閣下もクロ様を頼りましょう! あの方と共に魔王のもとへ逃れれば、いかにアマンとて、手出しなどできません!」
ショウは、寂しげに笑って首を振った。
「私とて、エン家の頭領だ。恥は知っている。仮に魔王が生かしてくれたとしても、それでは、この戦で死んでいった将兵たちに顔向けができぬ。……だが、お前は違う。エン家に縛られる必要はない。どうか、この先は自分のために生きよ」
ショウはシンの肩から手を離し、ゆっくりと離れた。
シンはその場に崩れ落ち、去っていくショウの背中を、ただ見送るしかなかった。
◇
その深夜。エン家の貴族の一部が、ハクア王を無理やり連れて城から姿を消した、という報せが届いた。
ショウは目を閉じ、「……そうか」とだけ呟いた。
ほどなくして、ショウはわずかな手勢だけを連れ、長年暮らした城を後にした。
◇
アマンの軍は、一度も抵抗を受けることなく、ショウの城に入った。
そこでアマンは、金銀財宝も兵糧も、何一つ荒らされずに封印されているのを知った。
(ショウめ……らしいな)
アマンは深く息を吐き、すぐに命令を下した。
「蓄えられていた食糧は、すべて民へ分けよ。市中で略奪を企てる者は即刻死罪とする。……また、ショウとその配下の家族・一族を見つけた場合は、決して不当に扱わず、丁重に保護せよ」
「閣下。……反乱の首謀者どもと、売り渡されてきたハクアの処遇は、いかがいたしましょう」
霊都から来たカギが、判断を仰いだ。
「……己の主を売って命乞いをする屑どもか。ハクアについては、曲がりなりにも王族の血を引く者。キョウ殿下の御意向を仰ぐとしよう。……首謀者どもは全員処刑。その十五歳以上の男子も、悉く死罪とせよ。ただし、自ら降伏を申し出てきた者に限り、首謀者本人の首をもって、家族の命は赦す。それ以外の家族は流刑に処せ」
「畏まりました。……それと閣下、ショウの執務室に、閣下宛ての書状が一通残されておりました。封は閉じられたままでございます」
カギが、固く封をされた手紙を差し出した。
アマンは封を切り、中を改めた。
そこには、引き継ぐべき国の財政の詳細、ハクアは担がれただけの傀儡なので寛大な処置を願うこと、そして、シンをアマンの手を経てクロへ託したいという頼みが書かれていた。
さらに、「民を頼む」という一文。核兵器の爆発はすべて姒鯀の奸計によるものだったという事実。そして最後の一行には、かつての友への感謝と、別れの言葉が添えられていた。
「……解った」
アマンは目を閉じ、もうここにはいない友に向けて、低く呟いた。
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