第249話 追撃
「再び、アマンが攻め込んできました!」
その報告は、ショウを戦慄させた。
「ばかな! 早すぎる……あれから一週間しかたっていないのではないか。奴らも相当な被害が出たはずだ」
「それが、災害の避難民を救出しつつ、さらに『あの災害は閣下の仕業だ』と吹聴しながら北進を続けています。その結果、各地で説明を求める声が上がっております」
「ばかな。早すぎる……!」
ショウは拳を握りしめた。
出陣したくても、ショウの軍は前回の戦いで、ほぼ兵糧が尽きていた。
軍の規模は大きくても、実際に動かすことのできる軍勢は多くはなかったのである。
◇
一週間前――
アマンとその部隊は、霊都に向かって退却していた。
そこに、再びあの徐姫が現れたのだ。
「なんだ? まだ何か用があるのか。あいにく兵糧も尽き、しばらくは遠征などできんぞ」
面会を求めてきた徐姫に、アマンは天幕の中で向き合った。
「実はな、アマン殿に言ってなかったことがあったのだ」
「なに?」
悪魔の言葉に、アマンは警戒を強める。
「先日、ショウの兵糧庫に火を放ったじゃろう」
「ああ、そうだったな。それには感謝している。だが、あれで取引は終わりのはずだ」
「実はな、アマン殿からは兵糧を焼いてくれていいと言われたが、もったいないと思ってな。ショウ軍20万の武器も兵糧も、ほとんど保管してあるのよ」
「なに!? それは本当か?」
「ああ。どうじゃ、相場の倍で買わぬか?」
「がめついな。だが、金で動く奴は信頼できる。いいだろう、言い値で買ってやろう」
アマンは即答した。
「おお、話が早くて助かるな」
徐姫はニヤリと笑った。
「エイサイ、徐姫から兵糧と武具を受け取り次第、引き返すぞ。ショウをこの機に追い詰める。残った兵糧や医薬品は避難民に分けてやれ。そして、『この災害はショウが我が軍を倒すために周辺を巻き込んだものだ』と吹聴しろ」
「ハッ! 承知いたしました!」
エイサイは深く頷いた。
◇
アマンが再び攻めてきた。
これに対抗するため、ショウは軍議を開いた。
「遺憾ながら、我が軍は敵と戦おうにも兵糧がほとんどない。どうすべきか、皆の知恵を借りたい」
ショウは改めて、居並ぶ群臣の顔を見渡した。
武官のコウが手を挙げた。
「まだ兵力は我が方が上です。こうなれば民に協力を依頼して兵糧を徴収し、兵を分散させずに短期決戦を行うのです」
武官たちが、それに頷く。
「お待ちください」
魔道士のシンパが手を挙げた。
「我が軍の数は、まだ敵の十倍に達します。兵を分け、一旦各地へ分散退却するふりをします。すると敵軍はおそらく、この本拠地に向かってくるでしょう。そこを閣下は城から、各将は外からアマン軍を攻撃し、一網打尽にするのです」
「いえ、アマンが本拠地を攻めるとは限りません。それでは各個撃破される恐れもあります」
コウがすかさず反論した。
各将が様々な意見を出す。
撤退か迎撃か、集中か分散か。
これがショウのやり方であった。身分に関係なく意見を出し合わせ、ベストと思うことを行う。
「よし、私の気持ちは決まった。シンパの作戦がもっともだ。だが、各個撃破のリスクもある。各陣営4万の兵をもって、3方向へ分散するふりをせよ。そして、この本拠地には2万の兵を置く。それをもってアマンの兵を迎撃する」
「では兵糧の件は?」
コウがショウに尋ねた。
「短期決戦で勝負をつける。数はこちらが上だ。やつらも我々が戦うとは思っていまい。」
ショウの下知に、配下たちは深く頷いた。
◇
ワタシたちは、獣魔族との戦いの勝利を祝う宴をしていた。
そこに、一足先に凍子が、続いてクロと究姫が戻ってきた。
「お前、なんでよりによってショウの奴に手を貸したんだよ。奴はもう四霊の手下みたいなもんだろう」
究姫が、ネチネチとクロに絡んでいる。
何やら罰ゲームとして、毒無効の能力を無効化された状態で酒を飲まされているようだ。
「さっきも言ったろ。義理があったんだって」
クロは赤い顔で、杯をあおった。
「まあいいじゃない。凍子も手を貸したそうだし、はじめから四霊たちの言うことなんか聞くことないのよ。それにクロ、あなたショウの中の病気も治しておいたんでしょ? いまさらよ」
アオが口を挟んだ。
「あ、忘れてた。そうだった。でも戦争をやるくらいだから元気だったんだろ。……というか、そうか、四霊の奴らが神器を渡すついでに治したのか。じゃあショウに先に貸しを作ったのは、あいつらじゃないか」
クロは何やら言い訳をしている。
まあ、ショウの体調など、ワタシにはどうでもいいことだけど。
「とりあえず、両者は痛み分けってことね」
ワタシはクロに聞いた。
「いえ、20万の兵糧を徐姫の奴がほぼ奪ったらしくてね。それをそのままアマンに売ると自慢していたわ。たぶん、アマンはすぐに引き返してショウを攻めるわよ」
クロの代わりに、究姫が答えてくれた。
「そうなの? じゃあ、ヨクトたちを引き返させないほうがよかったか」
「いえ、もうショウに戦う力はないわ。兵はいてもね。これで彼の勢力が滅ぶとまではいかないでしょうけど、天下は決まるでしょうね」
「なるほどね。カイ王もまだ見つかってないしね」
「あ、そうだ。もう行かないと」
クロは杯を置き、究姫を振りほどいて立ち上がった。
そういえば、こいつ、また知らない女といたな。
いや、顔が見えなかったから、知っている奴かもしれないが。
「まあ待ちなよ。一晩くらいいいじゃないの」
究姫が、背中から抱きついてクロを引き留めた。
なんだかんだ、仲がいいな、この二人は。
アオは不機嫌そうに、その様子を見ている。
彼女でも、嫉妬らしき感情を持つのか。それとも単に究姫が嫌いなのか。
「さて……」
ワタシも自分の仕事をしないといけない。立ち上がった。
「あれ、どこかに行くの?」
アオが声をかけてくれる。
「一応、ここのリーダーだからね。獣魔族の連中とか、共生党の連中とかに声をかけないといけない」
「では、私もお供します」
ガリョウも席を立った。
◇
歩きながら、ガリョウが共生党と獣魔族の様子を報告してくれる。
彼女のスキルのおかげで、彼らが陰で何を言っていても、ワタシには筒抜けだ。
「獣魔族の方は大きな問題はありません。華侯姫やモス、魏炎と腕試しを楽しんでいる者もいますが、問題は共生党の方です」
「まあ、それは予想していたけど、今度は陰で何を言っているの?」
「『アビが自分たちを見捨てた』『緩衝帯を勝手に侵した』『自分たちを利用して獣魔族に売り飛ばした』などと言っている連中もいます。むろん、全員ではありませんけど」
「ほんとに、あいつらはどうしようもないな」
「証拠もあります。全て粛清しますか?」
ガリョウは、手元のスマホを軽く掲げてみせた。
「いや、表立って反乱しない限り、陰口を言う自由くらいは認めてあげるわ」
「わかりました。でも、ここの連中はともかく、他所に行って言いふらしますよ」
「それは、その時考えるよ。まずは、あいつらの言い分を聞いてみましょう」
「わかりました」
ワタシとガリョウは供を連れて、共生党の連中に話を聞いて回った。
皆、笑顔で迎えてくれた。
ワタシも笑顔で応えたが、こういうのを狐と狸の化かし合いと言うのだろうな。
ガリョウに見せてもらったが、ワタシのことを散々悪く言っていた奴が、面と向かうと、実にいい笑顔で感謝の言葉を口にするのだ。
◇
ワタシは疲れ果てて、自分の部屋に戻った。
肉体的にはともかく、ああいう化かし合いは骨が折れる。
部屋に戻ると、アオとクロがベッドで、青と黒の髪を絡ませて抱き合っていた。
「なんだ。結局、戻らなかったんじゃないの」
「一日くらいはここにいようと思ってね」
クロがアオから身を離し、気だるげに髪をかき上げた。
「なに、ずいぶん疲れているみたいね。こっちにいらっしゃい」
アオが手招きする。
「まあ、後で話をするよ」
ワタシは服を脱ぎ捨て、お風呂に向かった。
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