第247話 獣魔族との和解/起爆
「――魔王よ。話が違うではないか」
大地の亀裂の先、奴が悠然と佇んでいた。
下半身は剛脚を誇る巨大な四本足の虎。上半身は太い筋肉がうねる凶悪なオーガ。 そして頭部は、黄金の鬣を威風堂々と蓄えた獅子――獣魔族の首領、黄升である。
「……それについては、申し訳ないと思っているわ」
私は二本の交差させた長剣を構えたまま、謝罪の言葉だけは真っ直ぐに口にした。
「我らにとって、これは生きるための『狩り』だ。決して奴らを無為に虐殺し、殺戮を愉しもうというわけではない。命に感謝し、糧として食す……本来ならば何一つ恥じることのない摂理だ。これまでは魔王たるお前の顔を立てて手出しを控えていたが……奴らが自らお前の庇護を脱したのだぞ? もはやお前が奴らを護る道理など無いはずだ」
――まさに正論。彼の言う通りである。
「そうね。だけど……言葉を話している弱者が目の前で助けを求めていたら、どうも見捨てておけなくてね……それが私の性分なのよ」
「――ハハハッ! 魔王アビ、お前は誰よりも傲慢で、どこまでも自由だな! だが、圧倒的な力を持つ者には、その我儘すらも許される! さあ……来いッ!!」
まさに問答無用。
……まあ、無理筋を通しているのは私の方なのだから、人のことは言えないけれど。
ズザッ――ッ!!
黄升の巨躯がしなり、両拳から鋼すら凌駕する巨大な爪が伸長した。
虎の四本足が爆発的な脚力で大地を蹴り上げ、一瞬で私の眼前へ肉薄する!
「ハァッ――!!」
ワタシは両の剣を交差させ、真っ向から十字受けで迎え撃つ!
【魔勇者・豪傑覇気】――ッ!!
覇気を纏わせた私の十字受けは、あらゆる物理的破壊を無効化する絶対の結界と化す。
ギィィンッ――! と透明な障壁が弾け、彼の右手の爪を完璧に弾き返した。
しかし――黄升の獰猛な戦意は衰えない! 弾かれた勢いそのまま、彼は肉が裂け血が噴き出すのも構わず、結界越しに私の剣の身を素手で力任せに握りつぶしにきた!
(ッ……、こいつ!?)
捨て身の肉弾戦に慄きつつも、私は握られた刃を通じて莫大な電撃を一気に流し込んだ!
バリバリッ―――!!
青白い閃光が爆散し、高圧の紫電が黄升の巨躯を激しく駆け巡る!
「グガアアアアオオオッ――!!」
痛烈な電撃音とともに、黄升の巨体がたまらず後方へ跳躍した。
着地した瞬間、彼は間髪入れずに巨大な爪で足元の地表を豪快に削り取った!
ドゴオォォォンッ!!
抉り取られた無数の岩塊と砂利が、彼の怪力によって散弾銃の如き弾丸と化して私へ襲いかかる! こ
れも咄嗟に展開した結界で防ぎ切ったものの、打撃の衝撃が重古く響く。
(たかが砂と石だけど、ここまでの威力とは……接近戦に持ち込まれたら厄介ね)
ワタシは瞬時に間合いを詰め直さず、敢えて大きくバックステップを踏んで距離を取った。
「ふはははは! どうした魔王、逃げるかッ!!」
勝利を確信した黄升が吠え、大地を揺らしながら一直線に追撃を仕掛けてくる。
(――狙い通り。この時を待っていたわ)
ワタシは懐から一本の鋼の短刀を取り出し、自身の正面の空間へサッと放り投げた。
この術式は、発動の瞬間に大きな隙が生まれるのが唯一の弱点。
追撃のために直線的な動きをとった今こそが、最大の好機!
二本の長剣に莫大な魔力を流し込み、高出力の電磁場を生成する。
空間に浮遊した短刀が、超強力な磁界の狭間に完璧に固定された。
『電磁加速投射砲』――発射ッ!!
――――――ドカァァァァンッッ!!!!
音速の数倍へと一瞬で加速された短刀は、雷光と魔力の螺旋を纏った死の砲弾となり、大気を引き裂いて放たれた!
黄升が展開していた強固な魔力結界も、鋼のように硬質な肉体も、何の意味もなさない。
超高熱の穿孔が、彼の身体を容赦なく貫き通した。
……ふと気づけば、黄升の頑強な腹部には、向こう側の景色が丸見えになるほどの巨大な大孔が穿たれていた。
「……が……っ」
圧倒的な衝撃と痛撃に、彼の巨体がゆっくりと地表へ崩れ落ちていった。
◇
「……う……ぐっ……」
黄升の意識が、深い闇の底から急速に浮上した。
(俺は……確か、魔王の強烈な一撃を受けて……)
死を覚悟した記憶を辿りながら、おそるおそる己の腹部へ手を当てる。
――そこにあるはずの穿孔は綺麗に塞がり、傷一つ残っていなかった。
(一体……誰が俺を治療したというのだ……?)
困惑しながら体を起こし、周囲を見回す。
荒れ狂っていた仲間たちも、いつの間にか狩りを完全に中断していた。
「首領……! お気づきになられましたか!」
一人の虎の獣人が、安堵の表情を浮かべて駆け寄ってきた。
「おお……お前が俺の手当てをしてくれたのか?」
しかし、獣人は静かに首を横に振った。
「いいえ……魔王が、いえ……『魔王様』が手当てをしてくださいました。驚くべきことに……我ら獣魔族の死者は、ただの一人も出ておりません」
「……何だと!?」
黄升は己の耳を疑い、辺りの惨状を見渡した。 倒れていた戦士たちも全員息があり、深傷を負っていた者もすっかり介抱されている。本当に、死者は皆無だった。
「魔王様は、あちらに……」
部下が指し示した先では、アビが仲間たちや共生党の逃亡者たちと穏やかに言葉を交わしていた。
黄升はゴクリと唾を呑み込み、静かに、そして重い足取りで彼女のもとへ歩み寄っていった。
◇
「あら、気がついたみたいね」
ワタシは歩み寄ってくる黄升に、ひらひらと軽やかに手を振った。
「お腹の傷は大丈夫? かなり手加減して穿ったつもりだったけど……やっぱり生きてたわね。貴方は見るからに強そうだったか、やったけど。」
「て、手加減……!? あれほどの威力で手加減だと!?」
黄升は絶句し、思わず自分の腹部を撫で回した。
「……なぜだ? なぜ俺を生かした……? いや、それどころか俺の仲間たちまで、一人残らず救ったというのか!?」
その獅子の顔には、隠しきれない困惑と驚愕が色濃く浮かんでいた。
「さっきも言ったでしょ? 言葉を話す者を、無意味に見殺しにはできないって。それに今回は、ワタシが自分から無理筋を通したわけだしね。……それより、改めて提案を聞いてくれない? ワタシの『仲間』にならない?」
「なに……?」
「部下として降るのが嫌なら、対等の同盟関係でもいいわ。この自治領の統治ももう限界でしょうから、貴方たちにここを任せてもいい。ただし条件として……ここに住む人々を『食糧』として襲うことだけは、遠慮してもらうけれどね」
ワタシは柔らかく微笑み、黄升に向かって静かに右手を出した。
黄升はその手じっと見つめ……やがて、その巨躯を折り曲げるようにして、その場に固く膝をついた。
「……不甲斐なし。俺の完全な敗北だ。獣魔族一同……これより魔王アビ様へ、絶対の忠誠を誓います!」
首領の行動に応じるように、周囲を取り囲んでいた獣魔族の戦士たちが、次々と地へと平伏していった。
――その時である。ワタシのスマホにヨクトからの緊急連絡が入った。 また華侯姫との惚気話かと思ったが……画面に映る彼の表情は、一転して不穏な緊張感に満ちていた。
◇
一方その頃――。
「閣下、ショウが全軍を速やかに引いていきます。直ちに追撃をかけますか?」
天幕の外を見つめながら、エイサイが確認を求めた。
「……追撃などするはずがなかろう。万が一、残された陣地にあの『核兵器』が秘匿されていた場合、我が軍は一瞬で爆滅する。敵の撤退に合わせて、我らも静かに陣を退く。これで我が軍の勝利だ」
アマンは冷徹に言い放った。
「もし……ショウ自身が核を携えて撤退していた場合は?」
「その時は、ショウの運命もそこまでということだ。……フッ、奴との長きにわたる決着が、そのような不条理な形で幕を引くのは不本意極まりないがな」
アマンは静かに腕を組み、遠く歪む空を見上げた。
そのとき、アマンの意識がふっと遠くなった。
◇
ヨクトから齎された報せは、私の想像を遥かに超える衝撃的な内容だった。
アマンから極密裏に届いたという書状――そこに記されていたのは、ショウが異世界の破滅兵器『核兵器』を手に入れたという狂気の事実だった。
「みんな、今すぐその場から離れなさい! 凍子、あなたなら何とか感知できない!?」
私は画面の向こうにいる凍子へ、焦燥感を滲ませて問いかけた。
『うーん……核兵器そのものには魔力がほとんど存在しないからね。私であっても広域から感知するのは難しいよ。ショウに直接問い詰めてもいいけれど、私は彼のことをよく知らないし、正直に答えてくれるかも怪しいからね。……一応、聞いてはみるけれど。ただ、私がここに留まっていれば、少なくともこの周りにいる子たちくらいは守ってあげられるよ』
「……そうね。なら、あなたはそこに留まって守りに徹して。ありがとう、また連絡するわ。とにかく皆、引き上げて!」
ワタシは素早く通話を切ると、すぐさまクロの端末へダイヤルした。 短い呼び出し音が響く。
『――はい、どうした?』
画面に映し出されたクロは、なぜか完全な素裸だった。
背景には、顔こそ見えないものの明らかに艶やかな女性の裸体が映り込んでいる。
また、どこかの女とねていたらしい。
「クロ……! ショウの奴が『核兵器』を手に入れたらしいの! 貴方の力を貸してほしい!」
私のその一言で、クロの緩んでいた目つきが一瞬で変わった。。
『……分かった。私に任せろ。お前はアオの傍から離れるなよ』
それだけを短く告げると、クロは通話を切断した。 ――本気になった時のアイツは頼もしい。
◇
「悪い、急用だ。出かけなくちゃいけなくなった」
クロはベッドから勢いよく立ち上がると、魔術で瞬く間に衣服を身に纏った。
「な、何かあったのですか……!?」
ジョイエルとリユウが、シーツから困惑した様子で顔を覗かせる。
「まあ、すぐに戻れるとは思うけどね。もし戻れなかったら、ハクの都で合流しよう。今は説明している時間が惜しいんだ。……じゃあね」
呆然と見送る二人の返事も待たず、クロの姿は歪む空間の彼方へと一瞬で掻き消えた。
◇
「――クロが動いたな」
ショウの本陣が位置する方向を見据え、姒鯀がぽつりと呟いた。
「ええ……? 何も感じないけれど。私も魔力感知の精度には相当な自信があるのだけれどねぇ」
同じ方向へ目を凝らし、ダークエルフの美女・混々(コンコン)が不審そうに首を傾げる。
「ああ、俺様にもさっぱり解らねえな」
巨漢の驩兜も混々に同意するように肩をすくめた。
「神の気配というものは、通常の魔力感知の理から外れているのだ。……だが、クロが動いたということは、こちらの策動に感づかれた可能性が高い。念のため……今すぐ起爆させる。伏せていろ」
姒鯀は冷ややかな眼差しで、ショウの陣営が存在する方角へゆっくりと掌を向けた。
「マジかよお前……!? まだ早すぎるだろ、バレるんじゃねえのか!?」
驩兜が慌てて地面に激しく伏せながら叫ぶ。
「起爆に必要な魔力そのものは微力だ。それに……たとえ察知されたところで、もはや奴らに俺へ構っている余裕など残されていない」
次の瞬間――。
――――――ゴゴゴゴゴガァァァァンッッッ!!!!
天地を激震させる天地崩落の轟音と共に、絶望的な光と巨大な水柱が、遥か彼方の地平を呑み込んで吹き荒れた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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