第246話 ルール
ワタシは共生党が統治する自治領の近接地域へとやって来ていた。
境界線の向こう側では、自治領の住民たちが物々しい鉄柵を固く張り巡らせ、必死の様相で警備に当たっているのが見える。
私は小高い丘の地面にどっかと座り込み、その滑稽な光景を無言で見下ろしていた。
ここは互いに立ち入らぬ約束の『非干渉ライン』。 つまり、双方が相手の領域へと足を踏み入れないという協定が結ばれた境界線である。
境界の向こうから、鋭い嫌悪を孕んだ視線がこちらを射抜いてくるのが分かる。
勿論、私から向こうへ足を踏み入れるつもりなどサラサラないし、無駄に挑発する気もない。
だが――じきに向こうの連中が、泣き叫びながら「こちらへ逃げ込ませてくれ」と乞うてくるのは目に見えているのだ。
「アビ様も……何だかんだ言って優しいですね」
私の隣に、ガリョウが静かに腰を下ろした。
キョウが不在の今、私の両脇には大体彼女かアオが控えている。
もっともアオは退屈に耐えかねて、どこかへフラフラと出かけていることも多いのだが。
「まあね……彼らにとっては短い破滅の楽園だったけれど、最期くらいはこの目で見届けてあげようと思ってさ」
私は境界線の向こうの自治領を見やった。 間もなく、あの一帯は完全に崩壊する。
あの自治領の隣接地域には『獣魔族』と呼ばれる、人や魔人を喰らう知恵を持った凶暴な魔獣の種族が存在する。
基本的には強い個体ほど知性が高く、賢い。
彼らは魔王の領土を犯すような愚は冒さないし、アオや究姫がいる領域には絶対に近づかない。
だが……その飢えた獣魔族たちが大群を成し、圧倒的な『餌』を求めてあの自治領へと向かっているという情報が入ったのだ。
一応、警告として使者を送ってやった。
帰ってきた返事は「話し合いの場を設けてくれ」という甘い懇願。
笑う。
これにも一応付き合ってやり、獣魔族側にも「引き返してはくれないか」と使者を飛ばした。
獣魔族の首領は言った。
『我らが奴らを攻め滅ぼしたなら、お前はどうする?』 『それでも説得を試みる』と答えた。 『……そうか』
対話はそれだけで終わった。
まあ、結末はお察しである。
「……始まったようですね」
ガリョウが呟いた直後、自治領の奥から地鳴りのような喧噪と悲痛な叫びが響き渡った。
「魏炎、あっちから逃げてきて『こっちの国民になる』と言い切った奴らは全員助け出しなさい。極力獣魔族は殺さないように。」
私は隣に威風堂々と寝そべる巨大な巨竜へ向けて命令を下した。
主力の戦力は全員アマンの本陣へ向かっているため、シリュウとこの魏炎が現在の最大戦力だ。
「よし、魏炎、行くぞ!」
魏炎の頑強な背へ、シリュウがひらりと軽やかに飛び乗った
。 この二人、意外にも息がぴったり合っているようだ。 紅蓮の巨竜の背に跨る、銀髪の女魔導士――なかなか絵になる光景である。
「じゃあ、そろそろ私たちも行きますか!」
私もシリュウに続き、魏炎の背へとしなやかに飛び乗った。
◇
「た、たすけてくれぇぇぇッ――!!」
共生党自治領の住民たちが、なりふり構わずこちらへ向かって雪崩を打って逃げ延びてくる。
「魏炎、予定通りに!」
『御意――ッ!』
魏炎の双眸から鋭い熱線がほとばしり、非干渉のラインに沿って地面へと遥か彼方まで続く破滅の亀裂を刻みつけた!
私は押し寄せる逃亡者たちへ向けて、声を張り上げた!
「この線を越えてこちらへ踏み込んだ者は、我が国の正式な国民とみなす! ただし、こちらへ来る以上は、我が国の法に従ってもらうわよッ!」
そう叫んだものの、刻まれた線のすぐ向こう側では、逃げ遅れた獣人たちが巨大な魔獣の群れに襲撃されている凄惨な光景が広がっていた。
獅子のような圧倒的な巨躯に、漆黒の翼を羽ばたかせる怪獣。
虎の猛々しい胴体に、毒々しい蛇の尾を持つ巨大魔獣。
そうした凶悪な獣魔族たちが、逃げ惑う住民たちを次々と押し潰し、牙を剥いて捕食しようと迫っている!
中には間一髪で線を踏み越えてきた者たちもいたが、まさに私の目の前で、一人の老いたばあちゃんが虎型魔獣の巨大な前脚に踏み潰されそうになった!
(チッ……!!)
私は自ら打ち立てたルールを、破り捨てた。
【限界突破・雷神】――ッ!!
紫電の如き速度で眼前へ躍り出た私は、おばあちゃんの前に割り込み、閃光を纏わせた刃を虎型魔獣の分厚い腹へ一閃叩き込んだ!
そのまま殺傷に至らぬ絶妙な加減で、体内へ向けて莫大な電撃の奔流を叩き込む!!
バリバリバリバリッ―――!!
「グガァッ……!?」
白目を剥いた虎の魔獣は、全身を強烈に麻痺させて地響きと共に気絶し、沈黙した。
(……やっちゃった。自分から言っておいてルール違反とは)
あまりの衝撃的な動きに、周囲の獣魔族たちがどよめき、一歩後退する。
「アビッ!」
シリュウが疾風のように駆け寄ってきた。
「ごめん、自分でルールを決めておいて破っちゃったわ」
私は頭を掻きながら、頭を下げてシリュウに謝罪する。
「ありがとうございます……神様、ありがとうございます……っ!」
助かったばあちゃんは、地面に何度も額を擦り付けるようにして私を拝んでいた。
「いや……私であっても同じ行動を取っていたよ」
シリュウは柔らかく微笑み、私の肩をポンと叩いた。
「魏炎、方針変更よ! 自治領から獣魔族を一頭残らず叩き出す!!」
私は見上げるような巨竜・魏炎を見据えて叫んだ。
『畏まりましたッ!!』
魏炎の巨躯の喉元が深紅に膨れ上がり、迫り来る獣魔族の群れの足元へ向けて、爆発的な炎のブレスが放射された!
ドゴォォォォンッ――!!
灼熱の爆風が群れを薙ぎ払い、威圧された魔獣たちが悲鳴を上げて吹き飛ぶ!
「全員、私に続きなさい――ッ!やりすぎないでね!!」
我ながら無茶な命令をする。
私は雌雄一対の双剣を強く握り締め、雷光を全身に纏いながら、獣魔族の大群の中へと疾風のごとく突撃を開始した!
◇
「ガリョウ! 獣魔族の首領の位置は判る!? あいつと直接話を付けるわ!」
私は乱戦の最中、スマホを通話状態にしてガリョウを呼び出した。 向こうの首領が話の通じる相手であることを祈りながら。
『……補足しました。ここから真正面、北へ向かって突破してください。そこに首領・黄升が陣取っています』
黄升――そいつが獣魔族を統べる首領か!
私は襲い来る魔獣たちを殺さぬよう、寸止めと電撃の衝撃波で薙ぎ払い、打ち倒しながら、黄升が待つ絶望の北の地へと突き進んだ!
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