第218話 異世界の幻想
「アビおめでとう!」
キョウはそういうと、ワタシに抱きついてきた。
そのままベッドに倒れ込み、キスをし、上半身を脱ぎだす。
「殿下、次の公務まで10分です。」
妲姫が冷静に時間をつげた。
「1回くらいしておきたかったが、残念だ。」
ワタシも上着をぬいで、彼女を抱きしめた。
「つづきはまた今度ね。」
◇
その後——
キョウの謁見の間。
アマンがキョウに報告をあげた。
「あのアビが旧魔王領のあらたな魔王を名乗ったようです。」
群臣たちがざわつく。
「魔王が復活だと!」
「アビ、あの女傭兵が魔王に!?」
「そうか。」
キョウはニンマリしながら一言答えた。
「何か、あまり驚かれていないような。」
エルフの魔術師リユウが不思議がる。
「いや、アビなら当然だとおもっただけだ。」
キョウは慌てて平静を装った。
「ときに殿下、そろそろ、例の件の返事をされませんと。」
アマンがキョウにひざまずきながら言った。
アマンやキョウと対立する公爵ショウ・エンが、自分の親族をキョウの婿に薦めてきたのだ。
同時にアマンの妹と自身が擁立するカイ王との縁談も持ちかけている。
つまり平和的に恒久的な和平を結ぼうと妥協案を持ちかけてきたのだ。
キョウはそれを体調を理由に先延ばしにしてきた。
アビが魔王になったら、自分を后にするなどと夢物語をいっていたが、まさかこれほど早く魔王になるなどと思わなかった。
それにそんなことをすれば、この国を裏切ることになる。
一国の王女が魔王の妃になるなど前代未聞なのだ。
「殿下、一言よろしいでしょうか。」
アマンが口をひらいた。
「なんだ?」
キョウはそんなことを考えながら返事をした。
「我が妹が陛下の后になるのは、光栄の至りです。しかし、それが叶えば、天下は定まるかもしれません。殿下は重荷を降ろされてもよろしいのではないのでしょうか。一人の人間として、行きたい道を選ばれてもよろしいのでは?」
アマンは燃えるような赤い瞳でキョウを見つめた。
「それはどういう意味だ?」
「断られてはいかがですか。」
「それができれば苦労はせん。ショウのやつにもメンツがあるだろう。」
「ショウの貴族の面子など、殿下個人の『権利』に比べれば小さなものです。」
「『権利』か。異世界の言葉らしいな。人は生まれながらに人間が人間らしく生きるための資格を持っているとか。面白い幻想だが、奇妙なことにその幻想を皆が信じることで、一定の現実になっており、誰も彼もその幻想を主張し、それがなぜか通ることがあるらしいな。」
キョウは笑った。
「もうひとつ、重大なご報告があります。」
アマンは目を伏せる。
「なんだ?」
「陛下が行方不明になられました。」
「なんだと! それはどういうことか!」
キョウは自分のことは忘れて玉座から立ち上がった。
「実は私の妹と陛下との婚姻につき、非公式に進めていましたところ、ショウの方から陛下がご病気ということで、期日の延期の申し出がありました。一方、我々が放っている密偵からも陛下が病気という裏が取れました。」
「だったら問題ないではないか。」
「しかし、宮殿の中には医者の姿もなく、むしろ、王宮外に慌ただしく兵隊が誰かを探しまわっているような様子が見えたと密偵から報告が入っています。さらに、ショウのもとに身を寄せていた、霊教の大司教、ジョカエルが姿を消しました。」
「ジョカエルというのは例の武道大会にもでていたものだな。」
「はい、それに陛下を霊教本国に連れ去ることを計画していたようです。おそらくはその計画を実行したのでしょう。」
「それでは、陛下はすでに国外に連れ去られたと?」
キョウは立ち上がった。
「おそらく。」
アマンは短く答えた。
「そんな。」
キョウは思わず座り込む。
「ですから、殿下の縁談、今なら断りを入れるのも可能です。そして、私、自ら、ショウのもとにおもむき、陛下の安否を確認してまいります。」
「そんなことをすれば、アマン、お前があぶないではないか。」
「私に万一のことがあれば魔王アビをお頼りください。そして、私の仇を討っていただければ結構です。もっともショウも陛下の兄になる私を騙し討ちしたりは流石にしないでしょうが。」
「わかった、アマン。陛下の件は任せる。だが、私もこれからのことは考えよう。」
「御意。」
アマンは再びキョウに頭をさげた。
◇
ショウはどこかの神殿の中を歩いていた。
(ここはどこだ。これは夢だ。)
ショウは自分が夢を見ていることに気がついた。
道の先に何者かが玉座らしき椅子に座っている。
玉座の人物は神々しく光り、その姿が見えない。
(この気配は、クロ様か?)
「あなたはクロ様ですか?」
ショウは玉座の人物に尋ねた。
「真神は汝らが霊神と呼ぶ神の一柱だ。」
「霊神!?」
「ショウよ。この世界にあらたな邪悪な魔王が生まれた。真神は汝にこの弓を与える。かつてヨウトというものに神剣を授けたように。」
霊神はそういうと手に持っていた光り輝く弓をショウに授けた。
ショウは恐る恐るその光り輝く弓を受け取った。
「これは美静弓・魔姫、かつてヨウトに授けた獣剣・蒼月におとらぬ神器だ。」
ショウは授かった弓を弾いてみた。
何の抵抗もなく引くことができた。
「それで魔王を討つのだ。安心しろ。お前の王は真神の元にむかっている。」
「あなたは陛下の居場所をご存じなのですか?」
そのとき、ショウは目が覚めた。
「夢か? 夢にしては。」
ショウは自分の身体を確認する。
不思議なことにここのところ悩まされていた、倦怠感もなくなっていた。
(なんだ? 身体に力があふれてくるような。)
ショウの右手に何かがあたった。
そこには夢で授けられた美静弓・魔姫があった。
(夢ではなかったのか!?)
ショウは思わず弓をとる。
かつてない力が体にみなぎるのを感じた。
そして朝、新たなる魔王、魔王アビが誕生したことを知るのだった。
◇
「ほんとうに何もないのだな。」
小型ドラゴンにひかれた砂漠ソリにのって、カイ王がソリのたずなをもつジョカエルに声をかけた。
地平線まで見渡す限り砂漠である。
砂漠ソリはジョカエルがたずなをひき、カイ王の横にリジュエルが座っている。
三人ともフードをかぶり日光を防いでいる。
「はい。ここから数日何もない砂漠が続きます。昼はこの暑さですが、夜は冷え込みます。魔獣すらもでません。」
ジョカエルは振り返らずに答えた。
「ジョカエル、君はこの砂漠を一人で超えたのか?」
カイ王はジョカエルの背中に声をかけた。
「はい。行きは一人でした。こちらにもどってくるのは一人ではありませんでしたが。」
ジョカエルは振り返らずに答えた。
「この砂漠をこえ、いくつかの国をまたぎ、ようやく、霊教国につきます。」
「霊教国までにもいくつかの国があるのか?」
「はい。いくつかの小国があります。」
「余は余の国以外が存在することなど知らなかった。霊教国もおとぎ話のようなものだと思っていた。」
カイは周りの砂漠を見ながら答えた。
「陛下の国は、自国以外を国と認めていませんからね。国際的には『央国』や『中の国』と自称していますが、霊教国から見れば東のはしの国です。」
「そうだったのか。」
カイは空を見上げる。
空は広く雲一つない。
「さらに陛下の国の東の海には島国があり、そこも魔王が治めていると言われています。」
「なに? 魔王はもうひとりいるのか?」
「一人どころではありません。多少の入れ替わりがありますが、この砂漠のさらに西には四神・白虎竜にして魔王ハクの治める国、さらに北方には広大な領土を支配する北の魔王。さらに南の魔王などもいます。」
「そんなにいるのか? なぜ、そいつらは大人しいのだ。」
「大人しいわけではありません。陛下の国には四神、四凶が数名おり、魔王たちから見れば不可侵領域になっているだけです。」
「そうだったのか。余の国は四神や四凶に守られているのか。」
カイは再び空を見上げた。
「守ってはいません。彼らは彼らの都合で動いているだけです。たとえばこの砂漠にはかつて文明があったと言われています。それを滅ぼし、この砂漠にしたのは四神だと言われています。」
「四神が、そんなことを。」
「それだけではありません。霊教国の伝説では四神は少なくとも世界を数回滅ぼしていると言われています。」
「それはどういう意味だ。」
「直近ではおよそ6500万年前、この世界のすべてを滅ぼしたといわれています。」
「6500万年前!? そんなものただの言い伝えだろう。」
カイは耳をうたがった。
「私も当然、真偽など確かめようもありません。しかし、霊教ではそのように信じられています。」
ジョカエルは淡々といった。
「信じられない。」
カイは空を再びみあげた。
空はただ広く青かった。
「陛下はこれから様々なもの、そして霊教国をご自身の眼でご確認ください。そして帰国されたとき、真の王になられるのです。」
ジョカエルは振り返り、カイに声をかけた。
「あつい・・・」
カイが目を輝かせるとなりでリジュエルはばてていた。
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