第207話 失敗
チミが酒場に来ると、アオが仲間の兵士らしき者たちに囲まれていた。
アオは今は目隠しをとり、兵士たちの会話を聞きながら酒を楽しんでいるようにみえた。
チミは思わず、その美貌に見とれた。
普段であれば、気に入った女はその場でさらって手籠めにしていた。
しかし、今はそれどころではない。
(アビたちに気づかれると面倒だ。)
(ぐずぐずしている時間はない。)
チミは周りを見渡した。
異世界人らしき姿はない。
(今ならいけるか。)
チミはアオに近づいた。
そのうしろをゴブオはフラフラとついていった。
「失礼、アンタがアオか。」
チミは注意を引くようにあえて呼び捨てで呼んだ。
「なんだ、お前。」
案の定兵士の一人が間にはいる。
「今日は、アンタに頼みがあってきた。オレの実力をみたら、オレの願いを聞いてほしい。」
チミは兵士を無視してアオに話しかけた。
「おい、アオ様に失礼だろ。」
兵士がチミをつかもうとしたその瞬間。
チミの拳が兵の頬に入った。
兵はそのまま気を失った。
「貴様!」
兵たちはチミに襲い掛かるが、どの拳もチミの体に触れる前に壁のようなものに防がれる。
そして、チミが放つ拳は、一撃で兵たちの鎧を砕き、骨を砕いた。
アオにへそを曲げられないために一応、急所は外しているが、瞬く間に兵たちは倒されていった。
これがチミのスキル【世界最強】である。
「お前、なにもんだ。」
「ヨクトさんや、ビゼンさんに知らせるんだ!」
兵たちの数名が逃げていく。
どのみち全員を足止めすることはできない。
「どうだい? オレの力がわかった? まずはアンタと勝負がしたい。その上で、アンタにオレの力を思い知ってほしい。」
チミはアオを挑発した。
「いや、嫌だけど。」
アオは一言で切り捨てた。
(だが、これも計算のうちだ。)
「そうかい? じゃあ、これでもか!?」
チミは倒れている兵士の足を踏みつけへし折った。
「ぎゃああああ!」
「おまえ! いい加減に!」
女兵士のショウコが剣で切りかかった。
しかし、その剣ですらチミの前で何故か弾かれる。
そして、チミは短刀でショウコを切り裂いた。
「ショウコ!」
ソウがショウコを支える。
「アオ、あんたが戦わないってんなら、今からここでこの女たちを犯して殺す!」
チミは短刀の切っ先をショウコの喉元に据えた。
しかし、内心は焦っていた。
アオを殺すのであれば簡単だと思っていた。
だが、まずはアオに自分を認めさせ、魔族にさせなければならない。
そして、異世界人が集まる前にかたをつけないといけない。
そんなチミをアオは黙ってみていたが、ショウコを傷つけられたことで、怒りの感情がわいた。
殺すのは簡単だ。
しかし、それ以上の敗北をあじあわせる方法はないかと一考した。
そして、アオは目の前にいるゴブリンに気が付いた。
「そこまでいうんなら。わかったわ、ただし、条件があるわ。」
「条件?」
「あなた、そこのゴブリンと戦いなさいな。私はそのゴブリンにほんの少しだけ力を貸してあげるから。それでそこのゴブリンを倒せたら、私が戦ってあげるわ。なんなら、なんか頼みごとがあるんでしょ。それを聞いてあげるわよ。」
アオはゴブオを指さす。
「なに? ゴブオと?」
そういいながら、チミはゴブオをみた。
ゴブオは怯えるような目でチミを見ている。
「クククク。だそうだ。ゴブオ。悪く思うなよ。」
チミは邪悪な笑みを浮かべ、剣を抜いた。
「そ、そんな、だんな。勘弁してください。」
ゴブオがそういったとき、なぜか体にかつてない力がわいてきた。
「な、なんだこれは。」
先ほどまでの空腹感と倦怠感がなくなり、体に力があふれる。
「さあ、ゴブリン君。あんたもそいつに思うところがあるんでしょ。力を少しだけ貸してあげたから思い切りぶん殴るといいよ。」
アオが指をくるりと回した。
「じゃあな! ゴブオ。」
チミはそういうとためらいなく、ゴブオの頭に剣を振り下ろした。
「いてえ!」
ゴブオが頭をおさえた。
だが、それだけだった。
チミの剣はゴブリンの頭に傷を与えることもできなかった。
「え?」
チミは思わず声をあげた。
スイカのように真っ二つになったゴブリンの頭を見るはずだった。
(ばかな!?)
「くそお! 死にたくねえ!」
ゴブオは右手をとっさに、チミの懐めがけて放った。
チミはまるで防御など考えていなかった。
この世界のものは自分を傷つけることなどできない。
だから鎧もなにも身につけていない。
薄い布一枚だ。
そこに、理不尽にゴブリンの拳が突き刺さった。
「ぐはあ!」
腹がねじれるような痛みがチミを襲った。
(ばかなああ!)
チミは声にならない声をあげた。
「すごい、すごい!」
アオは手を叩いて喜んでいる。
(こんな、ばかな!)
(いや、これが青竜の力か!)
チミは一瞬で理解した。
自分の最強の力が通じない理不尽も世の中にはあるのだ。
自分の力は青竜には通じないのだ。
かつてアビに殴られた痛みが、腹の底から蘇ってきた。
計画は失敗した。
ならば、すぐにここを去らねば。
チミはすぐに立ち上がり、駆けだそうとした。
その瞬間、両足が動かなくなり転倒する。
(なんだ、なにがおこったんだ?)
見ると、両足が凍りつき、膝から下が砕け散っていた。
痛みすらなかった。
「お、オレの両足がアアア!」
チミは叫んだ。
起き上がろうと、地面に両手をつく。
その両腕も、肩から下が凍りついていた。
ついた拍子に、それは音をたてて、砕け散った。
「うわああああ。」
チミは両腕、両足を失い、イモムシのようにのたうち回った。
そこにゆっくりとアオが向かってきた。
何をされたかすらわからなかった。
ただ、自分が神の怒りを買ってしまったということは理解できた。
「ひ、ひい……息ができ、くるしい……」
チミは恐怖のあまり意識を失った。
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