第200話 災王動く
アビたちが呂鋼鬼と接触するしばらく前、
炎王のとあるテリトリーにて――
獅子のたてがみと巨大な体をもつ獣人、それが災王である。
グロロロロ。
災王が喉を鳴らしながら歩くと、部下たちは道をあけ、ひれ伏した。
今、その災王が怒りをあらわにしながら、一人の男の前に立った。
男は酒場で魔族や人間の女たちを侍らせ、酒に酔ったまま災王を見上げていた。
災王がうっとうしそうに手をふると、女たちは怯えながらその場を離れた。
「おい、チミよ。貴様、何度勝手なことをするなといえばわかるのだ。」
災王は鋼のような爪を、チミと呼ばれた男につきつけながらいった。
「勝手なこと? なんのことだ?」
チミは薄笑いを浮かべながら答えた。
「とぼけるな。貴様、またしても俺のテリトリーであばれたそうではないか。」
災王は腕組みをしていった。
その様子に、周りの獣人や人間たちは顔を恐怖で引きつらせていた。
「暴れたとは人聞きが悪いな。あの村の連中のアガリから一割オレによこせと言っただけだ。別にアンタのアガリを削れとはいってねえよ。」
チミは小馬鹿にするようにいった。
「あの村はすでに四割のアガリを俺に納めている。貴様が俺のテリトリーを荒らしてどうするのだ! 荒らすなら刑将のテリトリーを攻め、そこを俺たちのものにするんだ!」
災王はチミに指を突きつけながらいった。
「わかったよ。次からそうするよ。」
チミはめんどうくさそうにいった。
「貴様は最強だ! 忌々しいが、認めてやる! だが、なぜ刑将を倒しにいかんのだ!」
災王は過去に何度もチミに挑んだ。
すべてを裂くはずの爪も、すべてを噛み砕く牙も、チミには髪の毛一本ほどの傷もつけることはできなかった。
それが、チミがレジェンド勇者と呼ばれる所以のスキル【世界最強】である。
この世界のいかなる攻撃も彼を傷つけることはできないのだ。
戦いになれば、徐々に災王はおされ、やがてチミに敗れることは見えていた。
それ故に、災王はチミを力で抑えることができなかった。
だが、これまでのチミは魔王や権力に興味はなかった。
面白おかしく生活できればいいのだ。
そのためには災王を完全に屈服させるよりも利用したほうが良いと考え、傭兵関係となった。
そして、チミは自分のスキルの穴も知っていた。
この世界のいかなる攻撃も自分を傷つけることはできない。
一方で、異世界人に殴られると普通に通るのだ。
その穴を埋めるため、鍛えはしたが、フィジカルと数で押してくる異世界人だけは分が悪かった。
それを災王には絶対に知られないようにすることだけは気をつかっていた。
だが、最近、刑将が自分の過去を知る異世界人をやとったという話を聞いた。
彼らと出会うことだけはさけなければならなかった。
「それより、ダンナよ。例の件はどうなっている。それが先だ。」
チミは前に乗り出しながら聞いた。
「ああ、それについての話だ。なにも説教だけをしに来たんじゃない。」
災王が指をならすと、巨大なソファーが現れ、彼はそこに腰掛けた。
「結論から言うと、今すぐには無理だ。」
「なんだと!?」
災王の返答にチミがいらついた。
「まあ、まて。何も俺がごねているわけじゃない。死翼様が行方不明なのだ。あの方がいないと貴様を魔族にするという秘術ができない。それに俺も、刑将と決着をつけた後、死翼様から魔王への推薦をもらうつもりだったのだ。だから俺も別の案を考えざるをえなくなった。」
災王はそういいながらグロロロロと喉を鳴らした。
「その別案というものが本題だ。気になる情報がはいってきたのだ。こちらの方が重要だ。」
「なんだよ。あんたにしちゃあ、珍しく神妙な顔をしてるな。」
チミはからかうようにいった。
「あくまで噂だが、刑将のやつが青竜様を招いているらしい。」
「青竜? 何者だそりゃあ?」
チミは興味もなさそうに聞いた。
「貴様、知らんのか。四神の青竜様。アオ様とも呼ばれている。おそらくは刑将のやつも死翼様の行方を捜したのだろう。そして見つからなかったのだ。あるいは、死翼様に断られた時の予備として青竜様を招いたのだろう。そして青竜様の推薦を得て、魔王の座につこうとしているのだろう。」
「なるほど、その青竜ってやつも神の一人ってわけか?」
「ああ。だが、四神様は死翼様以上に恐ろしい。刑将のやつは何を考えているのかわからん。」
災王は忌々しそうにいった。
「あんたほどの魔族でもおそろしいのか。それも死翼様以上にか?」
チミは少しだけ興味を持ってきいた。
「ああ、そうだ。我々魔族が人類圏と距離をとっているのは、人類圏には四神様が三人もいらっしゃるからだ。」
「どうおそろしいんだ?」
「例えば、この西域とよばれる魔族圏より、さらに西には砂漠がひろがっているだろう。」
「ああ、なにもないところだな。石と砂しかない。それがどうした。」
「あそこには古にはなんらかの文明が栄えていたと言われている。それも四神様の怒りで滅び、全ての生物が死に絶え、ああなったと言われている。」
「まじかよ。その四神とやらのほうが、魔王よりよっぽどたちが悪いじゃねえか!」
チミは声をあげた。
「貴様、さっきから口が悪いぞ。万一、四神様の耳にはいったら貴様など消されるぞ。」
災王は忠告するようにいった。
(クククク、四神だかなんだか知らねえが、この世界のものである以上、オレのスキルにかなうわけがねえ。)
チミは内心で笑った。
「とにかくだ。これ以上、俺のテリトリーで勝手な真似はするな。今度やったら、貴様との契約は終わりだ。」
「へえ? 終わりだったらどうすんだ? オレを殺せるのか?」
チミは挑発的にいった。
「さあな。だが、なめるなよ。直接殺せなくても、貴様の弱点くらいはわかる。」
災王は冷たい目でチミをみた。
チミはしばらく沈黙してからいった。
「わかった、わかったよ。アンタとやりあう気はねえ。もうしねえ。その代わりと言っちゃあなんだが、いい女を紹介してくれねえか。」
「わかった。何人か用意しよう。」
そういいながら、災王は立ち上がり、店を出た。
(クククク、馬鹿が。だが、こいつとも終わりかもな。)
(死翼がいねえとなると、話は別だ。)
(青竜か。面白い。どんな奴か一度見に行くか。)
(ここももう潮時だな。あの災王の首を土産にもって行くのも悪くない。)
(そして、刑将のやつも殺し、オレが魔王になる。仮にも勇者であるオレが魔王か。面白い。)
(アビ、シリュウ、お前らもたっぷりかわいがってやるからな。)
チミは女たちをつれて、寝室へ向かった。
◇
「呂鋼鬼をよべ。」
屋敷にかえると、災王は呂鋼鬼というオーガ族の女戦士を呼んだ。
「お呼びですか、災王様。」
呂鋼鬼は災王に跪いた。
「貴様、刑将に降れ。」
「どういうことでしょうか?」
呂鋼鬼は意味が分からず聞いた。
「今、チミのやつがうちのテリトリーを荒らしているのは知っているな。」
「は。忌々しいですが。」
「奴は近いうちに殺そうと思う。」
「ですが、どうやって。」
「まあ、それはいくつか方法は考えてある。たとえば、単純だが、落とし穴に落としてしまい閉じ込めるという方法もある。」
「なるほど。ですが、恐れながら、そのような手を使わずとも、災王様であれば奴を討てるのではありませんか。」
真っ向勝負を望むオーガ族らしく、呂鋼鬼は諫言した。
そんな呂鋼鬼の諫言を、災王は否定しつつも苦笑しながらいった。
「無理だ。お前のいうとおり、本来なら姑息な手段は使いたくない。しかし、やつには我が爪も牙も通らん。だが、もはや奴がいること自体がわが軍の損害だ。粛清はやむをえん。」
「わかりました。しかし、それと私が刑将に降ることが、どう繋がるのでしょうか。」
「お前だけじゃない。実際に降ろうとしているやつらもいる。お前の直属の主、鋼祖もその一派だ。」
自分の主である鋼祖が災王を裏切ろうとしていると聞かされ、呂鋼鬼は怒りと驚きをあらわにした。
「そんな! 鋼祖様が!」
「そうだ。だが、問題はチミだ。奴さえ排除すれば、鋼祖の裏切りは止めることができる。それまでは泳がせ、利用するのだ。その中に紛れて、お前も刑将の軍に潜り込め。そして、青竜様に関する噂の真偽をたしかめろ。」
「青竜様が刑将のもとにいるといううわさですか。」
「そうだ。そして可能なら、俺のもとにお連れするのだ。それがお前の任務だ。チミが好き勝手しているのは事実だ。そして、そのせいで忌々しい刑将のもとに寝返ろうとしているやつがいるのも事実だ。疑われる要素はすくない。この状況を可能な限り利用するのだ。たのんだぞ。」
「は。かしこまりました。必ずや青竜様を災王様のもとにお連れします。」
「ああ。チミの奴は近いうちに必ず俺を裏切る。目がそう言っていた。だが、この状況は最大限利用させてもらうぞ。そして、その上でチミを排除し、青竜様をお招きするのだ。そして、青竜様の前で、あの刑将とも決着をつけてやる。」
災王は再びグロロロロと喉を鳴らした。
「鋼祖様、いえ、鋼祖はいかがいたしましょうか。」
呂鋼鬼は災王に自分の主の処遇を確認する。
「奴の処分は全てが終わってからでかまわん。まずは泳がせるのだ。やつの裏切りが本物だからこそ、お前の埋伏を疑うものはおらん。」
災王はニヤリと笑いながら呂鋼鬼の問いに答えた。
呂鋼鬼は鋼祖への怒りをかみしめながらも、災王の知略に敬服した。
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