第187話 暗闇
(そうだ、これだ! これを逆に利用するのだ!)
死翼は立ち上がり、トイレに向かうふりをした。
そして、全力で駆けだした。
「あ、お客様! お勘定!」
店員が声をあげた。
その瞬間、クロが一瞥すると、魔力の鎖が死翼の足をからめとった。
(やった!)
死翼は内心、ほくそえむ。
(自分はこのまま、食い逃げ犯として捕まるのだ)
(そうすれば、このまま逃げることができる!)
「お前だったのか」
クロがゆっくりとたちあがり、死翼に近づく。
「まさか、精神体レベルで人間になっているとは、おもわなかったよ」
(ばかな! 魔力の鎖だけで、私の思考をすべて読んだのか!?)
(そ、そうか! 私は今、ただの人間だった!)
(人間の魔力耐性の弱さとは、ここまでもろいのか!)
(これは、新たな発見だ!)
(いや、そんなことを言ってる場合じゃない)
グサ!
「ぐわああああ!」
最初に、痛みが来た。
何が起こったか、わからなかった。
クロの魔力の刃が、死翼の右手の甲を地面に張り付けた。
右手から血がしたたりおち、地面にうつぶせに貼り付けになる。
「きゃああああ!」
見物人から、悲鳴があがる。
「重要指名手配犯を確保した。警備のやつをよんでくれ。それと饕狼、ここの支払いをたのんだぞ」
クロは店員に指示をした。
グサ!
再び魔力の刃があらわれ、今度は死翼の胴体を地面に串刺しにした。
「か、は、は!」
死翼は、声にならない悲鳴をあげた。
(こ、これが人間の身体か。なんて、もろいんだ)
(次からは、もう少し人間に優しくしよう)
死翼は初めて味わう激痛に、心が完全に折れた。
「急所は外しているから、死にはしないよ。しかし、いくらお前でも、人間のまま死んだらおわりだろ。さあ、拷問の時間だ。ビエムとかいうやつは、どこにいる?」
クロはそう言うと、しゃがんで死翼の頭に手をやる。
「し、知らない! 本当だ! 気がついたら、いなくなっていたんだ」
「あー、いいよ。話さなくても。今のお前の記憶を読むことなんか、簡単だ。これは罰だよ。私の余計な手をわずらわせやがって。……姒鯀? ビエムはそいつとともに消えたと。そいつは、私達を核兵器で殺そうとしていると。なかなか、おもしろいな」
「そ、そうなんだ! 私は本当に、なにもしらない! 殺さないでくれ!」
「どうしようかな……」
クロは一考してニヤリとわらい、魔力の刃を消した。
そして、なにをおもったか、自分で自分の服をやぶる。
胸があらわになった。
「きゃああああ!」
そして、大声をあげた。
「なんだ、お前、なにをやってる!」
そこへ、警備の人間がやってきた。
「大丈夫ですか!」
「この食い逃げ犯が、私をおそったんです!」
「な! クロ! お前!」
「こんな大勢の前でなんて、やつだ!」
警備が、死翼を取り押さえた。
「ちがう! こいつが自分で!」
「わかった、わかった。話は事務所で聞く」
「こっちへこい! おとなしくしろ!」
「な、ちがう! 暴行されていたのは、私のほうだ!」
「なんてやつだ! 街中で女性を襲うとは! しばらく出れないと思え!」
四凶・死翼は、暴行、強姦未遂、食い逃げ犯として連行された。
(私達を殺すねえ。としたら、かなりの確率で、ここにきているということか)
「大丈夫ですか、お嬢さん」
警備の人間が、クロに声をかけた。
クロはそれを無視して、会場中に魔力感知の網を再度はった。
すぐに、闘技場のほうで妙な反応を感知した。
(なんだ、これは。私の霊力がとどかない?)
(怪しいやつは、やはりこいつしかいないな)
クロはふたたび、上空へ舞い上がった。
あとには、警備の人間と——婦女暴行・食い逃げ犯として主・魔王・饕餮王・死翼をつれていかれた上級悪魔、饕狼だけが残された。
◇
「第四試合、これはいったい、なにがおこっているんだあ!」
闘技場は真っ暗な半球状の闇に包まれ、さらに、なにが起こっているのか、音すら聞こえない。
「アオ様、あれはどうなってるのですか?」
貴賓席で観戦しているジョイエルが、アオに聞いた。
「わからないね」
「あなたでも、ですか?」
ジョイエルは驚く。
「解析スキルをつかうには、なんらかの媒介がいるのよ。自分の魔力をあてたり、光を介したり、音を介したり。でも、あれは光も音も魔力もとどかない。わかるのは、全てを遮断しているということ。たぶん、向こうからも、こちらでおこっていることはなにもわからない。でも、一つわかるのは——これをやったコンというのは、解析スキルをしりつくしているね。認識できないものは、さすがに私たちでも、どうにもならないよ」
アオがこたえた。
「会場のみなさんに、今、何がおこってるか見せてあげるよ!」
凍子はそう言うと、身長と同じくらいの氷の刃をつくりだし、半球状の闇に向かってはなった。
刃はそのまま、音もなく闇に飲まれた。
「こちらから、あの中には一切干渉できない。しかし、向こうからこちらも、何も干渉できない。そんな状態だ! あー、これはこまった。こんなに退屈なことはない! はやく、でてこーい!」
それを聞いて、会場からもブーイングが起こる。
「なにがおこってるんだ!」
「金返せ!」
◇
一方、闇の中では、凄まじい攻防戦が繰り広げられていた。
(こいつ、なにものだ!)
両者ともに暗闇のなか、魔力感知で相手の行動をみていた。
徐姫が黒羽の扇を扇ぐと、魔力を帯びた風がコンに降りかかる。
コンは両足を踏ん張り、真正面からそれを受け止めた。
(これほどの結界をはりながら、私の攻撃に対しては、結界で防御すらせず、耐性でしのぐのか)
(いや、この結界を張るからこそ、全魔力を使っていると考えたほうが自然か)
徐姫は自身の髪を伸ばし、全方位からコンをとらえた。
(とどめ!)
徐姫は一気に距離を詰め、扇でとどめの一撃を浴びせにむかう。
そのとき、髪を通じて、凄まじい魔力が徐姫に流れ込んできた。
(あああああ!)
暗闇のなかで叫び声をあげるが、だれにもとどかない。
そして次の瞬間、コンは力任せに、自分にまとわりついていた徐姫の髪を引きちぎった。
さらに、コンの拳が徐姫の胴体にめり込む。
(これは!?)
精神体が本体の悪魔族に、通常の物理攻撃ではダメージがはいらない。
巨大な魔力の塊の魔族に、並みの人間やエルフが魔力で傷をつけることなど、できない。
だが、一つだけ方法があった。
それは、自身の魔力を、直接叩き込むこと。
しかし、徐姫もそれだけは警戒していた。
たとえどんな相手だろうと、そもそも物理無効のシールドを張っておけば、弱点はなくなるはずだった。
だが、コンの一撃は、確実に徐姫をとらえた。
(つまり、この空間は、精神世界のようなものか……。お前、ダークエルフなどではないな)
そう思ったとき、徐姫の意識は消えた。
(安心しろ、殺しはしない。まだ、ゲームを楽しみたいからな)
最後に、コンの声が聞こえた。
◇
暗闇が、晴れた。
そこには、仰向けに倒れた徐姫と、立っているコンがいた。
「勝者、コン選手!」
なにがおこったかわからない観客たちは、沈黙した。
やがて、パラパラと拍手がおこり、歓声となった。
そこに、上空から玄武竜クロが降り立った。
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