第183話 開会式
歓楽都市オアシス——
とある娼館。クロは久しぶりに、自分のねぐらにかえってくる。
「あら、クロ。久しぶりじゃない? ながいこと、どこにいっていたの?」
受付の女がクロを迎える。
赤い髪に紫の瞳が特徴の、娼館らしい淫靡な雰囲気がある。
まるで、そのまま幻想の世界からでてきたよう。
「やあ、マゼンタ。アカ子はいるかい?」
「いえ、数日、いらっしゃらないよ」
「じゃあ、ジョイエルは? 客はとったか?」
「いや。でも、女の子たちの体調をみたり、厄介な客を追い出したり、いろいろ。あなたが居ない間も助かってるよ。ずっといてくれるとうれしいんだけど」
「ああ、あの子は、もっと大勢の人を救える子だよ。部屋にいるかい?」
「ああ」
そう言って、クロは自室に向かう。
自室といっても、大きめのベッドとソファーと小さなテーブルがあるだけだ。
とはいえ、娼館の中ではかなり大きめの部屋である。
VIPな客が高級娼婦を買うときに使用する部屋だが、クロはここを寝床にして、女たちをつれこんでいた。
しかし今は、元霊教の大司教ジョイエルが居候をしている。
ジョイエルはソファーに腰かけて、下着姿で本を読んでいた。
クロが入ってきたことに気がつき、そちらをみる。
「クロ様、いままで、どちらへ?」
もう、親しいものに挨拶をするように、ジョイエルは挨拶をした。
「やあ、ジョイエル。今日はちょっと、デートに誘いに来たんだ」
「デート?」
「まあ、こんなところに毎日いたんじゃ、気が滅入るだろうからね。着替えなよ」
「正直、気が進まないんですけど」
そうは言いながらも、ジョイエルは言われたとおりに着替える。
大司教の衣服は、しまってある。
背中と胸元のあいたドレスだ。
始めは抵抗があったが、みな同じような格好をしているので、今では抵抗はなくなった。
衣装だけ着ていると、いかにも夜の女性で、霊教の大司教にはみえない。
「じゃあ、いこうか。時間だ」
そう言うと、クロはジョイエルを店のそとに連れ出すや否や、空中高くまいあがった。
しかし、周りの人間は、その異常さに気づくことすらできなかった。
◇
結界の中で、ジョイエルはクロに尋ねた。
「空間転移は、どうしたんですか?」
「あれは、転移先に人が多いときはやらないようにしているんだよ。万一、転移先に人やものがあったら、バラバラになる。それに……」
「それに?」
「今日は天気がいい。こっちのほうが、景色がいいだろ?」
地上には美しい景色がひろがり、空も雲がまばらで美しい。
「まあ、確かに……」
ジョイエルは下をみて、おもわず笑顔を見せた。
「ちょっと、協力してほしいことがある」
「私に、ですか?」
「今、霊都にむかっていてね。そこでちょっとしたイベントがある。そこに、霊教のやつが紛れ込んでいないか見てほしい。私たちも、神使ではない、知らない普通の人間がまぎれていたら、気がつかないからね」
「私がお役に立てるのであれば。もう、私の信仰はあなたにあります」
ジョイエルはクロに抱きつきながら言った。
「信仰とかはいいよ。私も、四霊の全部が間違ってると言ってるわけじゃないんだ」
クロはそう言いながら、ジョイエルの背中を抱く。
◇
そのまま、クロとジョイエルは闘技場の貴賓席についた。
闘技場は、まさに開会式が始まろうとしている。
会場は、数万人の観客で埋めつくされている。
貴賓席には、すでに究姫、キョウ、アオの三人、そして警護たちが控えていた。
本来であればアマンもならぶところだが、彼は選手として参加していた。
クロが上空から貴賓席に降り立つや否や、警備のものがすばやくキョウの前に立ちはだかり、そとへ連れ出そうとし、クロを包囲する。
それをみて、アオが制止し、声をかけた。
「クロ。自分で集めておいて、一番最後にくるのはないんじゃない? あら? そっちの子、どこかでみたね」
アオが不満そうにつぶやいた。
正体がわかり、警備たちは、これが玄武竜様かと包囲を解く。
「ジョイエルだよ。お前、人の顔と名前をおぼえろよ」
そう言って、クロはジョイエルを自身の椅子に座らせる。
「というわけで、究姫、アオ。わるいが、キョウといっしょに、この子もガードしてやってくれ。ここから全体をみてもらって、私たちがしらない霊教徒がいないか、みてもらうよ」
「はあ? あんたはどうするの?」
究姫が不満そうに言う。
「しばらくはここにいるが、悪いが途中で、すこし席を外すからね」
クロはそう言って、開会式に目をやった。
◇
「さあ!皆さま、大変長らくお待たせいたしました! 魔導武術大会、決勝! ついに、開幕だああああ!」
わあああああああっ!
会場を、地鳴りのような歓声が満たした。
数万の観客がいっせいに立ち上がり、闘技場の空気がびりびりと震える。
「実況および審判は、この凍子がぜんぶ仕切らせてもらうよー!」
「凍子様ーっ!」
「こっち向いてー!」
「かわいいーっ!」
イベント用に黒猫にコスプレした凍子が、しっぽを振ってポーズを決めると、観客席から割れんばかりの黄色い声援がとんだ。
悪魔王、四凶の一人が愛嬌を振りまいている。
本来なら悲鳴があがってもおかしくない光景だが、祭りの熱狂がそんな理屈を吹き飛ばしていた。
観客たちは、たこ焼き、ハンバーガー、串に刺さった得体の知れない肉——世界中からかき集められた異世界のファーストフードを片手に、選手の登場を今か今かと待ちわびている。
香ばしい匂いと、歓声と、熱気。
闘技場はもはや、戦いの場というより、巨大な祝祭のるつぼだった。
「それじゃあ、いくよー! 記念すべき第一試合はこちら! アマン軍が誇る親衛隊長、鉄壁のオウライ選手ッ! 対するはああ、村一番の力持ち、下剋上の星、オウコ選手だああ!」
どっ、と会場がわいた。
大斧をかついだ大柄の戦士オウライと、棍棒を手にした青年オウコが、それぞれの入場口から姿を現す。
(ここまできたんだ。かならず、優勝するぞ!)
オウコは緊張に喉を鳴らしながら、観客席を見回す。
「オウコーッ! がんばれよ!」
「村の誇りだ!」
「アマンの親衛隊長なんざ、殴り飛ばしちまえ!」
聞き慣れた声、村の仲間たちが、身を乗り出して自分の名を叫んでいる。
(かならず、期待に応えてみせる!)
オウコは声援に手を振ってこたえた。
「オウライの旦那ーっ! たのんだぜ!」
「隊長ーっ!やっちまえ!」
一方のオウライも、部下や同僚たちの声援を背に受け、貴賓席のキョウに向かって深々とお辞儀をする。
「お、なかなか、あいつ礼儀がわかってるじゃないか。こっちにむかって礼をしたぞ」
その様子をみて、究姫が満足そうにわらう。
「なにいってるのよ。彼はキョウに向かって礼をしたのよ。どこかの馬の骨に、礼なんてするはずないでしょ」
究姫に、アオが突っ込みをいれる。
「さーて、続いては第二試合! 早くも大注目のカードだよー! 霊都が誇る才媛、魔導長官リユウ選手ッ! 対するは、謎多き美少女剣士、霊教大司教ジョカエルちゃんだああ!」
「リユウちゃーん! 負けるな!」
「ジョカちゃん、もえええええっ!」
「僕を踏んでくれえええ!」
エルフの美女リユウと、容姿だけは可憐な美少女のジョカ。
対照的な二人には、早くも熱狂的なファンクラブが出来上がっていた。
しかし当の二人は、そちらを見向きもしない。
その取り付く島のなさが、かえってファンの性癖を的確に刺していた。
(「ジョカ」で参加したのに、正体をばらすとは。まあ、いいけど)
ジョカはいらだたしげに凍子をにらむが、凍子はどこ吹く風だった。
(予選ではなにもできなかった。その実力、アマン坊やの役に立つならよし。邪魔になるなら、ここで殺す。たとえ、私が失格になっても)
リユウは、殺気を込めた目線でジョカを射抜く。
しかしジョカは、それに気づいているのかいないのか、無表情のまま声援に小さく手を振っていた。
そんなジョカエルをジョイエルは相変わらずだと、尊敬と呆れのこもった目線で見た。
(ジョカエル様、単身堂々と、敵地ともいえるこの地に来るなんて、あいかわらず、あの方には恐怖というものがないのかしから。)
「そんでもって第三試合はァなんと、この方の登場だあ! 我らが宰相、アマン閣下ッ! 対するは、天才の名をほしいままにする魔導士、ホウコウ選手ォォォ!」
会場から、ひときわ甲高い——それも大半が女性客の——黄色い声援がどっとあがった。
赤毛の貴公子アマンと、黒髪の美丈夫ホウコウが、肩を並べて登場する。
「政治家というのは、嫌われもののはずだが。アマン殿、あなたはずいぶんと人気なようだ」
ホウコウが、横目でアマンをからかった。
「貴様と手合わせするのも、士官学校以来か。どれくらい成長したか、みてやろう」
アマンはそう返しながらも、その目は油断なく観客席を走査していた。
(どこだ。かならず、どこかにひそんでいるはずだ)
(ここではないのか……たのんだぞ、ジユン、エイサイ)
歓声の底で、たった一人、彼だけが別の戦を戦っていた。
「さあ、そしてェ!大トリ、第四試合ッ! なんとまさかの、悪魔族が登場だあ! 妖艶なる悪魔、徐姫選手ッ! 対するは、正体不明のダークエルフ、仮面の戦士コン選手ォォォ!」
その瞬間、会場の空気が、変わった。
浮かれきっていた祝祭の熱気が、すっと引く。
会場の温度が、一瞬、つめたくなった。
闘技場の中央、床から黒い霧が音もなく湧き上がる。
次の瞬間、その霧の中から、黒い髪に白い肌、異国風の衣装をまとった女悪魔が姿を現した。
徐姫である。
「……おおおおおおっ!」
「あ、あれが、悪魔か!」
「はじめてみたぞ……!」
「な、なんて美しいんだ……!」
恐怖と陶酔が入り混じったどよめきが、波のように広がる。
男たちは一瞬で、徐姫の妖しい美しさの虜になっていた。
「なんだ、あいつ。ずいぶん人気じゃないか」
究姫が、むうっと不満そうに見つめる。
「あの子は、人間社会ともうまくやってるようだからね。いつも人に迷惑をかける社会不適合者とは、えらいちがいだ。眷属の爪の垢でものんだほうがいいね」
いちいち、アオが究姫に突っ込みをいれる。
徐姫は、貴賓席から注がれる主の殺気を感じつつも、気がつかないふりを決め込んでいた。
「見た顔もいるようだけど……ふふ、一番おもしろそうなのは——妾の相手だな」
徐姫はそう言うと、反対側の入り口からゆらりと現れた戦士に目をやる。
全身、黒の装束に仮面。表情はおろか、性別も年齢も、うかがい知ることができない。
だが、その静かな立ち姿だけで、歴戦の強者であることを雄弁に物語っていた。
「悪魔なんぞに、まけるなよ、兄ちゃん!」
「おれたちの意地、みせてやれえっ!」
ホビット族に、ゴブリン賊、オーク賊、亜人たちから、この日いちばんの、腹の底からの声援があがった。
正体不明の仮面の戦士に、彼らは何かを託しているようだった。
「さーて、決勝トーナメント、役者は出そろったァ! この八人の中から、栄えある優勝者——私たち神々に挑戦する権利を勝ち取るのは、いったい誰だあ!?」
凍子が、ぐるりと闘技場を指し示す。
「しかもしかも! 優勝者をズバリ、そしてその優勝者が私たちに勝てるかどうか——見事、両方を当てたお客様には! なんとォ、金貨一万枚ッ! どーんと進呈しちゃうぞおおお!」
「「「うおおおおおおおっ!」」」
金貨一万枚。
その一言で、会場の興奮は完全に沸点を突き破った。
観客たちは口々に贔屓の選手の名を叫び、賭けの札が飛び交い、闘技場全体が一つの巨大な生き物のようにうねりはじめる。
——誰も気づいていない。
この浮かれきった祝祭のどこかに、そして遠く賑わうグルメ会場のどこかに、招かれざる者たちが、静かに紛れ込んでいることに。
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