第170話 疲労/想定外
「あの、ホウスウさん? お気持ちは嬉しいのですが、別に大丈夫ですよ。それに刑将様の名前を出せば、こいつらも下がると思いますので」
ワタシはホウスウさんの背中からそっとささやいた。
「いえ! そういう問題ではないです! お前ら! 去れ!」
ホウスウさんは一歩も引かなかった。
だいたい、ホウスウさんも、ワタシたちはともかく、アオをどうこうできるはずがないとわかっているはずだが……
「ホウスウ! 助けて! 私、こわい」
アオがホウスウさんにのっかって、背中にかくれた。
おいおい。
「アオ様、安心してください! 僕があなたを守ります!」
「ああ、ホウスウ!」
ホウスウさんものってきた。
なんなのだ、この茶番は。
「おう、ゴブリンども。まずは、この野郎どもを女の眼の前で殺すというのはどうだ?」
リザードマンがゴブリンに提案する。
「それはおもしれえ」
「いやまて、兄弟。オレは男もいけるんだよ」
ゴブリン達が迫ってきた。
「きゃあ、こわいこわいこわい」
アオがホウスウさんの後ろに隠れる。
あんたがその気なら、もうこいつらは塵になってるだろうが。
だが、ちょうどいい。
ホウスウさんのお手並み拝見といこうか。
「おら、とりあえず、おめえは死んどけ!」
リザードマンがホウスウさんに手斧を振り下ろした。
彼はそれを華麗によけ、練習用の剣でリザードマンの横腹を打ちつけた。
リザードマンの鎧が大きくへこみ、そのまま横腹に食い込んだ。
「お、このや……」
リザードマンはそのままうずくまり、動かなくなった。
「野郎!」
リザードマンたちがいきり立つ。
「みなさん! さがってください!」
ホウスウさんは剣で、リザードマンを殴り飛ばした。
剣と言っても、木でできた練習用のものである。
人間でも、よほど当たり所が悪くないかぎり、命に別状はないはずだ。
ましてリザードマンは全身が固い鱗に覆われ、並みの剣なら止められてしまう。
そこに鉄の防具を身につけている。
木製の剣の物理攻撃などはじくはずだが、ホウスウさんの剣の一撃で、リザードマンの腕がへし折れた。
リザードマンがのたうち回る。
「やべえぞ! こいつ! 覚えてやがれ!」
ゴブリンたちが逃げ出した。
その瞬間——ゴブリンたちが凍りつき、砕け散る。
ゴブリンたちは、きらきらと美しい氷の粒になって、宙に消えた。
ざわざわ。
見物人たちは何が起こったかわからず、ざわつく。
もちろん、アオの仕業だ。
「アオ様! なぜあんなまねを! 殺す必要はなかった!」
ホウスウさんがアオに噛みついた。
(あまいな、この人は)
「今の連中は、災王の手先だったんだよ」
「え?」
ホウスウさんが唖然とした。
(なるほどね)
「災王の魔力の波動を感じたからね。もめ事を起こして、それを口実に暴れるか、戦争を吹っ掛ける気だったんでしょ」
「クッ、だからって、他に方法が……!」
「洗脳するというのも方法だけどね。そっちのほうがよかった?」
ホウスウさんは肩を落とす。
「今日は疲れました。これで失礼します……」
ホウスウさんはそう言うと、トボトボと歩いて去っていった。
「悪いやつではないな」
ビゼンがぽつりと言った。
「たしかにね。でも、仲間にするのはむずかしいかもね」
◇
ショウ・エンは先日きたアマンからの書面を思い出しながら、今後の動きについて頭を悩ませていた。
そこにあったのは、異世界の兵器、核兵器による被害についての多額の賠償請求、および、カイ王をアマンとキョウ王女のもとに引き渡せというものであった。
そして、断った場合は、キ州の惨劇の真相のすべてを世間に公表するとのことだった。
王を引き渡した場合は、犯行はすべて元革命軍指導者のビエムによるものと発表する。
これは嘘ではないが、引き渡した場合は、ここまでで止めると。
しかし断れば——そのビエムを囲っていたのはショウ・エンだったというところまで、公表するというのである。
ショウは知っていた。
その情報のすべては、玄武竜クロがもたらしたものだと。
(アマンは正しかったかもしれん)
(やつは徹底的に神との接触を避けていた)
(神々と関わると、ろくなことにならないと)
「あなた、この戦い、どうなると思います?」
「……あなた?」
横にすわる正妻、リュウ夫人の声に、ショウははっと我に返る。
「いや、ははは。どうかな」
夫人の声に対し、ショウは生返事を返した。
目の前には、満席になった闘技場。
これから、北の勇者カクトと、四神玄武竜による公開決闘が行われようとしていたのだった。
(こんなことをしている場合ではないのに)
(なぜ、こんなことになってしまったのか)
会場には、伝説の四神と北の勇者を一目見ようという観客であふれていた。
通常、四神の姿など拝めるものではない。
ショウですら、つい先日までは見たことがなかったのだから。
果たして、どちらが勝つのか。
賭けが行われ、そのオッズはフィフティー、フィフティーになっていた。
しかも、今回の決闘は特殊な形式であると、事前に知らされていた。
そのジャッジは、最後に立っていた者ではなく——観客が下すというのである。
自分たちが勇者と神の戦いの審判になれるということで、観客は大いに盛り上がっていた。
しかし、ショウはそんなものは上の空だった。
少し離れて座る愛妾シンのほうを、ちらりと見る。
最近は多忙のため、彼女のところにも通っていない。
彼女だけではない。
ショウは複数の愛妾を囲っているが、その彼女たちは、クロの話で盛り上がっていた。
それが、クロが常時発している【誘惑】によるものだとは、ショウは知る由もなかった。
「さあ、皆さま! お待たせしました! これより、北の勇者カクトと、伝説の神・玄武竜クロによる、公開決闘が始まります!」
会場に、決闘の始まりを告げるアナウンスが鳴り響いた。
◇
二つの門が、同時に開いた。
一つの門から、黒い鎧甲冑をまとった老戦士が現れた。
「おい、あれは、伝説級の装備——黒竜の装備だぞ!」
「現役時代のカクトが装備していたという、あれか!」
観衆がざわつく。
黒い甲冑は、ところどころ汚れこそ見えるものの、傷ひとつなかった。
そして、カクトはゆっくりと剣を抜いた。
黒い刃が、にぶく光っている。
「あれは伝説の竜、ファフニールの爪や牙でできていると言われているものだ」
「実在したのか……」
会場がざわつく。
一方、反対の入口からは、クロが現れた。
「おお」
「ああ……」
観客から、ため息のような声があがる。
胸元は大きく開かれ、乳房が零れ落ちそうになっている。
それでいて凛々しく、淫靡さを感じさせない。
下半身を覆うローブの深い切れ目から、美しい脚がのぞいていた。
「あれが玄武竜様か」
「なんとお美しい」
「きゃあああ!」
観客の声援に、クロは手を上げて答える。
(おのれ、玄武竜め!)
「それでは、あらためてルールを解説します」
タキシード姿の少女が、なにかの拡声スキルを使っているのか、会場中に聞こえる声で言う。
「この戦いは特別バトルになります。試合のジャッジは、観客の皆様が行います。そしてもし、カクト選手が勝利すれば——なんと、こちらの玄武竜クロが、この場でカクト選手に土下座するそうです!」
「おおおおお!」
観客が歓声をあげて笑う。
「さらに、副賞として、金貨千枚がカクト選手に支払われます!」
「おおおおおお!」
「カクト! カクト! カクト!」
思わぬ副賞に、カクトコールが巻き起こる。
しかし、カクトの心中は穏やかではなかった。
(おのれ、クロめ! どこまでも愚弄しおって!)
「まて!」
カクトが声をあげる。
「このクロは人を洗脳し、おのれの都合の良いようにあやつるのだ! 観客のジャッジなど、無駄だ! 決闘はあくまで生か死か! あるいは、どちらかが負けを認めるまでだ!」
その時——会場に、声が鳴り響いた。
「フフフフフ。それならば安心しろ。この私が正しくジャッジしてやろう。この私、究姫が!」
天空から、東方の異国風の衣装をまとった美女——究姫が舞い降りた。
金色の目が、カクトを見る。
会場がざわつく。
「おい、究姫と名乗ったぞ……」
「あの悪魔の王とかいう!」
「噂では、例の異変もあの四凶のしわざとか!」
「に、にげろ!」
会場がパニックになりかける。
「まて。殺すぞ、お前ら!」
究姫の声に、会場の人間がシンと止まる。
「私は何もしない。あくまで、この決闘の見届けをするだけだ!」
究姫は拡声スキルで叫んだ。
「あの異世界の兵器をつかい、キ州の民衆を虐殺したのは、ビエムというやつだ! そこのショウ・エンの配下だった男だ! 私たちじゃない!」
(あ・・・)
クロは心の中で、そうつぶやいた。
その瞬間、会場の空気がとまった。
「ショウ様の……配下?」
「どういうこと?」
観客たちが、貴賓席にすわるショウのほうを見る……
ショウは、まったくの想定外の事態に、脳内が凍り付いていた。
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