第167話 密通
ショウ・エンは複数の妃を抱えていたが、正妻をリュウ夫人といい、王家とも繋がる女性だった。
エン家は名門であったため、ショウの意思よりも家同士の意思が優先されることもあった。
しかしショウの意思が無視されるわけでもない。
多くの女性を見初めてきたが、女性や家族の意思も尊重した。
自分が妾の子であったため、妾の女やその子の苦労もわかっていたのだ。
家には十分な結納金を支払い、不自由のないよう手配した。
それでもショウの申し出を断る家や女性は少なかった。
シンもそうした女性の一人だった。
◇
リュウ夫人は自室にシンを呼び出した。
「シン、あなたクロ様と親し気に話していたけど——どういうご関係なのかしら」
リュウ夫人はシンを威圧するように聞いた。ショウがシンを寵愛しているのは周知のことだった。
「実は私が幼いころ、クロ様に助けていただいたことがありまして」
シンは正直に答えた。
「あなたが?クロ様に?どういうこと?」
「家族の使いで山道を歩いていたとき、魔獣に襲われたのです。そこに偶然現れたのがあの方でした。私と魔獣の間に立って、守ってくださったのです」
「それでクロ様が魔獣を退治されたと?」
「まあ、厳密には魔獣の方から逃げ去っていったんですが。それから数年、クロ様はいろんなものを見せてくださいました。星々の夜空を駆けたり、海に連れていってくださったり、とてつもない山のような魔獣の背に乗せてもらったり。私だけじゃないですよ、友達も一緒に」
シンは懐かしそうに語った。
「それから家の事情で引っ越してしまい、連絡先もお伝えできなかったので——まさかこんなところで再会できるとは思ってもいませんでした」
そんなシンの話を聞いてリュウ夫人は忌々しそうに言った。
「なるほど。あなたの思い人はクロ様だったと、そういうわけですね。この件はショウ様に報告しておきます。もう下がっていいですよ」
「いえ、そんなことは。クロ様とは子供のころのよきお兄さんというか、お姉さまというか、そういう関係だっただけで……」
「もういいといったでしょ!早く下がりなさい!」
リュウ夫人はシンを下がらせた。
◇
シンとクロのやりとりはショウの耳にも入ってきた。
最初はショウも、偶然もあるものかと笑って聞いた。
しかしリュウ夫人から「シンとクロが密通している可能性がある」などと聞かされ、心穏やかではいられなかった。
そもそも、それが真実であったとして、どうすることもできないのだ。
クロを責めても、否定されればその証明を求めることもできない。肯定されても自分はクロに何もできない。
誰かと密通した妾なら追放か死罪にするしかない。
自分の沽券としても、エン家の名誉にもかかわることだ。
しかしクロと密通しているのが真実であれば、シンを罰したらクロから報復されるに決まっている。
勝てるはずもなし。
そんな鬱々とした思いを抱えたまま自室で物思いにふけっているところへ、カクトが戻ってきたという知らせが入った。
◇
謁見の間。
「おお!カクト殿、無事だったか!」
ショウは両手を上げてカクトを迎えた。
クロはその様子を傍らで眺めていた。
「感動の再会のところ悪いんだが、死翼とあのヨウトはどこへ行ったんだい?」
「うむ、クロ様のおっしゃることはもっともだ。まずは何があったか聞かせてほしい」
ショウもカクトに詰め寄った。
「わかりません」
「わからない?」
「死翼とあのヨウト——いえ、ビエムはいずこかへ去りました」
「なに!?ビエムだと!?あの革命軍の幹部ではないか!あいつが偽ヨウトの正体だったのか!」
「はい」
カクトは短く答えた。
「ショウ様、今日は筋として、これまでのお礼に伺いました」
「それはどういうことだ」
「邪神!玄武竜クロよ!わしは——いや、オレは改めて貴様に決闘を申し込む!」
カクトはそう言うと、決闘状代わりの白布を刺したナイフをクロに投げつけた。
しかしナイフはクロの前でぴたりと止まり、そのまま落下した。
「貴様、あくまでオレを愚弄するのか!」
「いや、カクトさあ、それはアンタの誤解なんだって……」
「だまれ!貴様はオレから仲間を、女を、力ずくで奪い——オレから力まで奪ったのだ!」
ざわ、と周囲がどよめく。
(女を奪った……!?)
ショウはカクトの独白が、今の自分と重なった。
「力ずくとは人聞きの悪い……」
「だまれ!知っているぞ!貴様は人の心を操作できるのだ!そして、オレの能力に恐怖して奪ったのだ!」
クロは眉間にしわを寄せた。
「あのなあ、いいかげんにしろよ。力ずくっていうんなら、当時のお前の方がよっぽど——」
クロは言いかけて止まった。
周りが自分とカクトのやりとりを見ている。
カクトの言う通り、思考操作を行い周りを信じ込ませるのは簡単だ。
ここにいる全員を消すのもたやすい。
しかし難癖をつけられ、名誉を貶められ、神の力で対抗するのは——違う気がした。
「わかった。お前の決闘に乗ってやる。だがこちらにも準備がいる。ショウ、お前が立会人になれ。日時を決めろ」
突然振られてショウははっとした。
「わ、私がですか?」
「そうだ」
(やった!)
カクトは内心ほくそ笑んだ。
勝機などないことはわかっていた。
しかし自分がクロと戦って死ねば、クロは女を奪い自分を殺した悪神として名が残る。
もしクロが力ずくで真実をねじ伏せれば、奴の誇りに傷をつけることができる。
それで自分は胸を張ってあの世へ行くつもりだった。
「まあ、とにかく、死翼の行き先がわからないならここにいても仕方ない。ショウ、できるだけ大々的なイベントにしてくれ。私は自分の名誉を守るためにこいつと戦う。だが安心しろ、戦いじゃない。私は誤解を解くだけだ。このじじいの命は奪わないと約束する」
(なに!?)
「ふざけるな!神聖な決闘を汚すのか!」
カクトがクロに向かって吠えた。
「あーうるさいうるさい。じゃあ、近いうちにまた来る。じゃあな」
クロはそう言うと、消え去った。
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