第163話 王の資質
「クロ様」
リユウとエイサイが兵を連れ、クロの前にひざまずいた。
「おや、君、なかなかかわいいじゃないか」
クロはリユウの前にしゃがみ込み、視線を合わせ、三白眼でのぞき込んだ。
その視線を浴びただけで、リユウの胸が高鳴った。
美しい黒髪に黒い瞳。
恋愛感情や性欲に乏しいエルフですら、その美しさに引き込まれる。
「おっと、残念ながら今回はそれどころじゃないんだった。とにかく立ちなよ」
クロの言葉にリユウははっとした。
「あの——死翼というものが異世界の兵器を使用したのですか」
「いや、実際に使ったのはヨウトの顔をしていたやつだな。ここに、わずかに奴の魔力の残滓を感じた」
「そうなのですか」
(私には何も感じない。私の魔力感知でさえとらえられないものを、クロ様はとらえている)
「つまり、この事件にはショウが絡んでいるということですか」
エイサイが二人を見て言った。
「さあ、どうかな。とはいえ、知りませんでしたも通じないと思うけどね。私はこれからショウのもとに行くよ。もう、あいつらは戻らない気もするけどね」
「彼らの目的は一体なんでしょうか?」
「死翼のやつは異世界の知識やものを集めるのが趣味でね。それをこっちの世界で実験するんだ。でも、こっちの文化を無視してやるからだいたいうまくいかない」
「ということは、最悪、あの兵器を量産するということも……」
リユウの顔色が変わった。
「やりかねないね」
クロがため息をついた。
「とりあえず、私はショウに釘を刺しに行くよ。あの偽ヨウトを差し出せってね」
「差し出したら、どうされるおつもりですか?」
「もちろん、少なくとも死んでもらうさ」
クロは当たり前のように言った。
「我々に引き渡していただけませんか?裁きを与えるために」
クロは少し考えた。
「まあ、いいよ。もっとも、もう姿を消してるだろうけどね」
「あのカクトとは、何かあったのですか?」
「あいつは昔、女と抱くほど自分とその女を強化するというインキュバスじみたスキルを持っていてね。避妊すらしなかったから、とんでもないことになったんだよ。それでシロ——白虎竜のやつが、試合で勝ったら言うことを聞けと勝負を挑んだわけだ。ところがあいつ、負けちまって、ますます調子に乗ったんだよ。だから私は——あ!」
「どうしました」
「あー、そういうことか。そうかそうか」
クロは一人で納得した。
「こっちの話だ。あいつが私を恨んでいる理由もわかった、それだけだ」
「そうですか」
(なんだというのだ)
リユウは訳がわからないという顔をした。
その瞬間、クロがリユウの唇を奪い、抱き寄せた。
一瞬で身体が熱くなる。
エルフの中で眠っていた、忘れていた性の感覚がよみがえる。
「それじゃあ、またな」
クロはそう言うと、空間を転移した。
リユウはクロが消えた方をしばらく黙って見ていた。
「リ、リユウ姉、大丈夫か?」
エイサイがリユウの顔をのぞき込んだ。
そこには、今まで見たことがない女の顔をしたリユウがいた。
兵たちも思わず固まってその様子を見ていた。
次の瞬間、リユウははっとして、思い切りエイサイを平手打ちした。
「いてえ!オレが何をしたっていうんだ!」
エイサイは頬をさすりながら、その理不尽に叫んだ。
◇
ショウの居城、会議の間。
アマン、キョウとの今後について、カイ王も交え話し合っていたその場に、クロが空間転移で現れた。
「クロ様!」
突然の訪問に、ショウも家臣たちも一斉にそちらを向いた。
「突然邪魔してわるいね。核爆弾を使ったやつがわかった。ヨウトの顔をしたやつだ。心当たりがあるだろ?」
「なんですと!?」
ショウが驚き、ジョカエルは言葉に詰まった。
ショウは思わず席を立ち、内心やはりかと思った。
「その反応——そこの神使、君はうすうす気がついていたということか?」
クロは腕を組んで目を細め、ジョカエルを見た。
(嘘をついたら、即座に殺される。こいつにはアオのような甘さがない)
「ええ、そうよ。でも勘違いしないで。私は本当に何も知らなかったのよ」
「へえ、そうかい?でも、疑わしきは消えてもらう」
クロはそう言うと、ジョカエルに向かって指先を突き出し、闇を創造した。
超小型のマイクロブラックホール。
いかなる魔法障壁をも掻い潜り、光さえも吸い込む。発動すれば、何者であれ魂すら残らず消滅する。
ジョカエルは闇の先に死を見た。
何度も死線をくぐり抜けてきた。しかしこれは違った。本物の終わりだった。抗う手段がなかった。受け入れるしかなかった。
「待って!」
クロが攻撃する、その直前だった。
ジョカエルの前に、誰かが立ちふさがった。
小さな体。両手を広げ、闇に向かって立っていた。
少年の光が、闇を止めた。
いや、クロが術式を止めたのだ。
「……君はカイ王か?」
「ジョカエルは本当に知らなかったんだ。これは僕の——いや、余の責任だ。殺すなら余を殺せ!」
カイ王は震えながら、それでも退かなかった。
「クククク」
クロはしばらく黙ってカイ王を見ていた。
「わかったわかった。君は立派だよ。私もキョウに嫌われたくはない。君に免じて、そのジョカエルとやらは不問にしてやる」
「陛下……!」
ジョカエルはカイ王の小さな背中を見た。
ジョカエルだけではなかった。
ショウも、その配下も、その場にいた者たちが皆、カイ王を見た。
誰一人、玄武竜クロの前に立つことができなかった。
それがこの王は——クロを引かせたのだ。
王の両手が、細かく震えていた。
「陛下、もう大丈夫です。クロ様はわかってくださいました。ありがとうございます」
ジョカエルは王の肩にそっと手を置いた。
「陛下、ジョカエルの申す通りです。今日はお疲れでしょう。誰か、陛下をお部屋へお連れしろ」
ショウが配下に命じた。
(なかなか立派な坊やだ。だからこそ——悲劇は避けられないのかもしれないな)
クロは部屋へ下がっていくカイ王の後ろ姿を、静かに見ていた。
「ショウ、もうやつは戻ってこないと思うが、念のため数日ここに滞在させてもらうよ。部屋を借りていいか」
「は、かしこまりました!すぐに用意いたします!」
ショウは即座に手配を命じた。
そして同時に、胸の中で一つの認識が静かに固まっていた。
(陛下もまた——王の資質があるのかもしれん)
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