第160話 決着/ためいき
「ヨクト! その檻は地中深くまで潜っていないわ!!」
ワタシの叫びが響いた瞬間、檻の内部で異怒の鉄仮面がピクリと強張るのが見えた。
図星だ。
「……だから、何だというのだ……っ」
異怒が苦肉の強がりを紡ぐが、すでに遅い。
「なるほどな! ならば底をブチ抜くだけだ!! 【蛇矛牙】!!」
ヨクトの咆哮と共に、漆黒の槍から全方位ではなく「直下」へと超質量の魔力衝撃波が放たれた。
監獄の根底、闘技場の石畳が凄まじい轟音を立てて爆砕し、強固な檻の基盤が文字通り根こそぎえぐり抜かれる。
「なに……っ!?」
異怒の顔が驚愕に染まる。
完全に檻が揺らいだ。
「遊んでる暇はないのよ! 【魔神雷撃】!!」
ワタシは天に向けて人差し指を突き立てた。
刹那、鼓膜を狂わせるほどの爆音と共に、凶悪な極太の雷霆が天空から垂直にドガガガガッ! と牙を剥く。
それは、蠢く三体の「良」を狂いなく同時に巻き込み、爆煙の中に呑み込んだ。
「良!」
籍が血を吐くような声を上げる。
「さっき触れた一瞬で、あんたたちの能力はすべて解析させてもらったわ! 同時に戦闘不能にすれば分裂のトリガーは引けない!。そしてそのスキルを使用中――やつの魔法・物理防御力は、実質ほぼゼロだったのよ。」
爆煙が晴れる。肉体を激しく焦がし、白目を剥いた「良」の三体が、ドサリと崩れ落ちながら一体の肉体へともどっていく。
一応、死なない程度には手加減してあげたつもりけれど。
「……そこまで一瞬で見抜くか。さすがは、あの『ブラック』……!」
籍が、ワタシの過去の名を呼んだ。
ワタシの真骨頂は、この解析スキル【翻訳者】。
かつては視界に入れたスキルを暴くだけだったが、今のワタシには【触診】がある。
触れた対象の能力を脳内で強制的に言語化できる。
複雑な概念の書き換えには時間がかかるが、こういった極端な制限系の能力に対しては、文字通りの天敵になれる。
今までの経験が教えてくれる。
強力に相手の行動を縛るようなスキルほど、その裏には本人を縛る致命的な制限を孕んでいるものらしい。
「さあ。これで二対一ね」
不敵に言い放った瞬間、隣の地面が派手に爆ぜた。
モグラのように地面を穿ち、檻の直下から這い出てきたヨクトが、槍を肩に担いで不敵に笑う。
その泥塗れの姿を見て完全に詰みだと悟ったか、異怒が忌々しげに手のひらを引いた。
ヨクトを縛っていた魔力の格子が霧のように霧散する。
「……言い直すわ。三対二、ね」
すると異怒は、予想外に冷徹な声で告げた。
「いや、私は降りる。良の治療が先だ」
未だピクリとも動かない良の巨体を強引に肩へ担ぎ上げると、異怒は一瞥もくれずに闘技場の階段を降りていった。
「まさか、ここまで一瞬で瓦解するとはな。……少し、いや、正直、かなり見くびっていたようだ」
残された籍の全身から、それまでとは次元の違う、赤黒い濃密な魔力がボコボコと噴き出した。周囲の空気が、肌を刺すような重圧でギチギチと軋鳴をあげる。
【残されしもの】 結界内における同盟者の敗北・戦闘不能をトリガーとする。
失われた人数に比例し、自身の身体能力および全魔力量を引き上げる。
奴の隠し札が発動した。
(――速ッ――!?)
思考が追いつく前に、視界が奴の巨大な拳で埋め尽くされる。
音速の壁を突破した一撃。 だが、それが奴の決定的な敗因だった。
【限界突破】によって神経系まで過電流を流されたワタシの肉体は、もはや脳の命令を待たずに「自律防御」を開始していた。全身の細胞に電撃が走り、強制駆動された身体が、紙一重――ほんの数ミリの差で重戦車の突撃を躱し去る。
間近で、籍の目が信じられないものを見るように見開かれた。
勝負あり、よ。
ワタシは容赦なく、奴の無防備な胴体目掛けて、全魔力を乗せた剣を横一線に薙ぎ払った――。
◇
――ガギィィィィィィンッ!!!
(……ッ!? 斬れない……!?)
ワタシの刃が完全に制動され、空中でピタリと止められていた。
全身がまるで糸に絡まれたよう。
しまっ――反撃が来る!
身構えたが、籍の拳は放たれなかった。
(魔力の質が違う……。ひな壇の、刑将のよこのあのエルフの女か)
あいつが横槍を入れたのだ。手のひらをこちらに向けて、魔力の糸をはなっている。
「おいおい先生、神聖な真剣勝負に横槍は野暮なんじゃないか?」
文句を言ったのはワタシではない。
刑将が、いかにも愉快そうに肩を揺らして笑っていた。
「私が止めなければ、あんたが止めていただろう。」
「まあ、違いないな」
刑将がゆっくりと巨体を立ち上がらせ、闘技場全体を見下ろした。
「そこまでだ! この勝負――勝者、アビ、ヨクト、ビゼンの三人とする!!」
その宣言が下った瞬間、割れんばかりの地鳴りのような歓声が闘技場を包み込んだ。
良くも悪くも、これが魔族の、この地の絶対ルール。
強いものが正義。持たざる弱者は従うか、去るか、あるいは死ぬか。
かつてのワタシは、この反吐が出るほど野蛮な力至上主義の文化についていけず、ここを去った。
それなのに、運命の皮肉か、またこの血生臭い場所に舞い戻ってきている。
強者といえばアオを思い出した。。
飛び立ったっきり一向に音沙汰がないけれど……。
一体どこで、どんな道草を食っているのよ。
◇
「体も異常ないわね。もう大丈夫」
ジョイエルが女の口の中を見て言った。
「先生、ありがと。じゃあ、また男のアレをしばいて稼ぐか」
「私でも治せない病気はあるのよ」
「まあ、そのときはクロのやつに頼むよ。じゃあね」
派手な女はそう言うと、銀貨をいくつか置いて部屋を出ていった。
「お、やってるねえ」
薄い衣装をまとったクロとアオが現れた。
「ジョイエル。こんなところにいたの」
アオが意外そうな顔で言う。
「もう、私は霊教の大司教ではありません。ジョイと呼んでください」
ジョイはため息をつくように言った。
「信じられない。異世界の兵器を、霊教会の者が使ったなんて」
「君は知らなかったんだろ。気に病むことはないよ」
クロがベッドに腰掛けて言う。
「で、君はこれからここで生きていくのかい。娼婦として?それとも医者にでも?君なら客もとれると思うけど」
アオがクロに絡みつきながら言った。
「それもいいかもしれませんね」
ジョイはまたため息をついた。
「怒るかと思ったのに。張り合いがないなあ」
そう言いながら、アオはジョイの手に自分の手を重ねた。
「アオ様。あなたは私に敵対心はないのですか。私は霊神様にお仕えしていた——今でも、心では霊神様を信じているのですよ」
「面白いことを言うね」
アオは少し笑った。
「そんな小さなこと、気にしてたら人間を何人殺しても足りないよ。それにもう、君と私はこういう仲じゃないか」
そう言うと、アオはジョイエルの耳にキスをした。
「おいおい。勝手に人の女を取ってもらっちゃ困るな」
クロがジョイの頭を抱き寄せる。
「ほら、お前はこれが好きなんだろう?」
クロはジョイの頭皮に指を置き、脳に直接、快感を伴う波動を当てた。
「ああ……っ!?」
ジョイは快感に体を歪める。
「クロ。それはずるいよ」
アオが咎めるように言う。
「中毒性があるわけじゃない。体にはむしろいいことだぜ。アビにもしてやれよ、喜ぶぞ」
「もうやったよ。あとでぶん殴られたけど」
「やったのかよ!」
クロが思わず突っ込んだ。
「そりゃやるわよ、何度でも。あの子の表情を思い出すだけで——」
そう言いながら、アオはクロからジョイの体を奪ってベッドに押し倒した。
「お前、真面目に核兵器の犯人を探す気あるのか?」
クロは呆れたように言った。
「あとはきっと人間たちが解決するよ。私だってアビとキョウに頼まれたからやったけど——知らない人間のことを私が助けるのは、本当は避けたかったんだけどね。四霊が言ったわけでもないし」
「私はちょっと爆心地の様子を見てくるよ。真犯人は現場に戻るというからな」
クロはそう言うと部屋を出ていった。
「ほらほら、お口が空いてるよ」
アオはそう言うと、ジョイの口にアイスキャンディーを突っ込んで遊び始めた。
「ちょ、アオ様、冷たい!」
クロと入れ替わりにスカーレットが戻ってきた。
「あんたら、何やってんの……」
スカーレットは赤く冷たい目で二人を見た。
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