第159話 力試し
「うなれ、冷艶鋸!」
ビゼンの咆哮と共に、大身の薙刀が猛然と空を切り裂いた。
魔人「良」のフードごと、その肉体を横一文字に叩き斬る。
だが、血飛沫が地面に落ちるより早く、ワタシの脳内で解析スキル【翻訳者】が警告を乱打した。
【分裂体】——物理的破断をトリガーとした超高速自己複製。本体の任意解除まで無限に増殖する。
「やばい!ビゼン、それ以上斬るな!!」
手遅れだった。上下に分かれた「良」の半身が、それぞれ凶悪な肉塊として膨れ上がり、一瞬で二人の暗殺者へと変貌する。
間髪入れず、二人がかりの超高速のナイフがビゼンに襲いかかった。
「なに!?」
火花が激しく散る。
ビゼンは冷艶鋸の柄でナイフを弾きながら泥を噛むように後退した。
斬れば斬るほど敵が増える。最悪の天敵だった。
「なら、俺がブチ抜く!」
ヨクトの槍から、漆黒の魔力と鋭利な斬撃が渦を巻いて噴き出した。
スキル【蛇矛牙】。
あれなら分裂しても精神体にダメージを与えられる——そう確信した瞬間だった。
ガシャアアアアアン!!!
天から降り注いだのは、禍々しい漆黒の格子。ヨクトと、その対面に立つ魔人「異怒」を強引に幽閉する檻。
【封印の監獄】——対象一体と自身を完全隔離。檻の内側からの全攻撃は、発動者自身へと百パーセント反転反射される。
「フッ……」
フードの奥から、嘲笑の気配が漏れた。女の、冷徹な声だった。
「こんな鉄格子!【蛇矛牙】!!」
ヨクトが制止を聞かず、荒れ狂う魔力の顎を檻の壁面に叩き込んだ。
「ヨクト、やめろォ!!」
叫んだ。
遅かった。
内壁に激突した蛇矛牙のエネルギーが、鏡に反射するように反転し、寸分の狂いもなくヨクト自身の胸元へと牙を剥く。
「まじかよッ!?」
ヨクトは紙一重で二撃目を放ち、己の全力と己の全力を激突させて相殺した。
凄まじい衝撃波が檻の中で爆発し、ヨクトの衣服をボロボロに引き裂く。
「アビが警告してくれなかったら、やばかったぞ……っ!」
戦況は一瞬で塗り替えられていた。
敵は実質三人。こちらはまともに動けるのがワタシ一人。
ビゼンは分裂する特性に刃を封じられ、ヨクトは己の火力が凶器に変わる檻の中で身動きが取れない。
吐き気がするほど、合理的で嫌な戦い方をする。
「ずいぶん嫌な戦い方をしてくれるじゃない。——なら、こっちは正攻法でブチ破るわよ!」
ワタシは魂の底から【限界突破】を絞り出した。
ドクン、と心臓が爆発的な鼓動を刻む。手足が引き締まり、視界の打点が一気に跳ね上がる。
周囲を取り囲む観衆から、地鳴りのようなどよめきが沸き起こった。
「お前も強化系か!?」
籍が獰猛に笑った瞬間、全身の筋肉が爆縮し、鋼鉄の装甲へと変貌した。
【自己強化】——身体能力の爆発的上昇、および全魔力攻撃に対する絶対的耐性の獲得。
籍が踏み込んだ地面が、クレーター状に爆ぜた。
速い。
残像すら置き去りにした超質量が視界を埋め尽くした。
ワタシは反射的に剣を交差させ、やつのベアナックルを受け止める。
ガギィィィィィン!!
金属同士が衝突したような乾いた爆音が響き、衝撃が両腕の骨を伝って脳を揺さぶる。ミシ、と嫌な音がした。
(こいつ、まさかの正攻法……!)
純粋に強化し、純粋に殴り倒す。
ギミックなし、小細工なし。
だからこそ強い。傭兵稼業で嫌というほど味わってきた不変の真理だった。
「アビッ!」
視界の端で、ビゼンが三体に増殖した「良」の波状攻撃に血を流している。
斬れば増える。冷艶鋸は使えない。
だが、ビゼンのスキル【軍神】は敵のあらゆる防御を無効化する。
「おのれ!」
ビゼンが放った渾身の正拳突きが「良」の一体の頭部を横に吹き飛ばした。
だが直後。
飛び散った肉片が空中で糸を引き、あっという間に三体目の「良」へと肉付けされていく。
(打撃でも増える!?)
「どこを見ている、余所見か!」
籍の重戦車のようなローキックが、ワタシの無防備な脛を捉えた。
ドゴッ、と鈍い音が響き、骨が軋む激痛が走る。
(いッてえええええ!!)
痛みをアドレナリンでねじ伏せ、超高圧の電撃を叩き込んだ。
パチパチと皮膚が焦げる臭いが立ち込める。
籍の顔面が苦悶に歪んだ。だが——膝は折れない。
「やるな……痺れたぞ」
魔力耐性まで上げている。効果が薄い。
必死に思考を回しながら、横目でヨクトの檻を確認する。
力任せにこじ開けようと吼えているが、びくともしない。しかし異怒もまた、自らのスキルで同じ檻に縛り付けられていた。
両者相打ちの形で完全停止状態。
自分を犠牲にして、こちらの最高火力を完全に封じるスキル。
厄介極まりないが——なるほど、見えてきた。
(こいつら、あの『レジェンド』を殺すために編成されてる……!)
魔力攻撃が無効なレジェンドに対し、異世界人の素手による物理攻撃は通る。
異怒の行動封印ならレジェンドの動きを止められる可能性があり、良の分裂スキルも有効だ。
この三人は、レジェンドをハメ殺すためだけに特化した暗殺チームだ。
面白い。
だったら、なおさらここで負けるわけにはいかない。
「なるほどね。じゃあ——こっちもさらにギアを上げるわよ」
「ほう?まだその細腕で足掻くか!」
籍が余裕の笑みを崩さず、再び拳を握り込む。
当然だ。強化系スキル同士が正面から激突すれば、基礎の肉体スペックが高い方が絶対に勝つ。
鋼の肉体を持つ籍に、ワタシが正面から挑んで勝てる道理はない。
しかし。
元勇者パーティーのリョーコさんから受け継いだスキル【限界突破】は、その「システムの限界」すらも置き去りにする。
ワタシは己の脳、すべての神経、全筋肉線維へ、直に超高電圧の電撃を流し込んだ。
肉体が焼き切れる一歩手前。強制的な超過負荷。
次の瞬間、ワタシの肉体が稲妻の速度を持つ。
「な——ッ!?」
籍の驚愕の声すら置き去りにする踏み込み。
やつの懐へ完全に潜り込み、下から上へ、すべてのエネルギーを乗せたアッパーカットを叩き込んだ。
鋼の顎が激しく跳ね上がり、籍の巨体が脳震盪を起こしてがくりと崩れ落ちる。
膝が地面を叩いた。
だが、ワタシは止まらない。
限界を超えた速度のまま地を蹴り、ビゼンを囲んでいた「良」の一体の背中に強烈な前蹴りを叩き込んで弾き飛ばす。
その反動を利用した反転のステップで、異怒の檻へと肉薄した。
冷徹な魔力の格子に、ワタシの手のひらを叩きつける。
【触診】——完了。
さあ。ここから、一気に逆転といこうか。
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