第156話 地獄
ショウの支配領域で、何かが起こった。
最初に気づいたのは、川下に住む領民たちだった。
川が腐乱し、赤く染まった。
しかしそれは、前触れに過ぎなかった。
◇
爆心地では、すべてが一瞬だった。
光が来た。
音より先に、光が来た。
見ていた者の目が焼けた。空を見上げていた子どもが、そのまま光の中に消えた。
次の瞬間、熱が来た。
炎ではなかった。炎よりも速く、炎よりも深く、皮膚の奥まで焼き尽くす熱だった。
人々の着物が燃えた。皮膚が燃えた。燃えながら剥がれ落ちた。
「あつい」
「あつい、あつい、あつい」
走り回る者がいた。皮膚が腕から垂れ下がったまま、それでも走り回った。
転んだ。
起き上がれなかった。
地面に顔をつけたまま、ただ「あつい」と繰り返した。
母親が子どもを抱いていた。子どもの顔の皮膚がなくなっていた。
母親はそれでも抱きしめたまま離さなかった。二人とも、地面の上でゆっくりと動かなくなった。
老人が水を求めた。
川の水を飲んだ。
その場で吐いた。
血が混じっていた。
爆心地から離れた者も、逃げ切れなかった。
数日後から、髪が抜け始めた。
歯茎から血が滲んだ。
皮膚に赤い斑点が浮かび、水膨れになり、破れて膿んだ。
食べ物が喉を通らなくなった。
血を吐いた。
苦しんで、苦しんで、死んだ。
そして——
死んだ者が、起き上がった。
焼けただれた顔のまま。皮膚の剥がれた腕のまま。「あつい」と言いながら死んだ口のまま。
苦痛と無念が魂に縫い付けられたまま、死者たちは立ち上がり、生者へ向かって歩き出した。
喰らった。
喰らわれた者がまた立ち上がった。
死の輪が広がっていった。
◇
「なんだ、これは……」
ショウは馬を止めた。
地平の果てまでアンデッドの群れが続いていた。
ショウは長く戦場を生きてきた男だった。血も、死も、見慣れていた。
しかし、これは違った。
死体が新しすぎた。
焼けただれた顔で、皮膚の剥がれた手で、こちらへ向かって歩いてくる。
農具を持ったままの男。子どもを抱いたままの女。まだ小さな、子どもの形をしたもの。
「やれ」
ショウは怒りを込めた声で兵に命じた。
兵たちが剣を抜き、斬り伏せていく。斬るたびに、顔が見えた。
少し前まで生きていた顔だった。
生き残った者たちはわずかだった。
皮膚が爛れ、髪が抜け落ち、それでもまだ息のある者を兵たちが運び出す。
水を求める声がした。「あつい」と呻く声がした。
子どもを呼ぶ声がした。
ショウは声をかけようとした。
言葉が出なかった。
どんな言葉も、この場には届かないとわかっていた。
テントに戻ったショウは椅子に座り込んだまま、動けなかった。
水を差し出されたが、口をつけることすら忘れた。
手が汚れていた。
アンデッドを斬った手が、生きていた頃の誰かの血で汚れていた。
(何が起きた。これは何だ。神の怒りか。悪魔の仕業か。しかし——)
それにしては、あまりにも無差別だった。
朱雀竜は十万の兵を消し飛ばした。
だが、あれは兵だった。
しかし、これはまるで何者かが実験を行ったよう。
「閣下、心中お察しします」
憔悴したショウのもとに、ヨウト(と称するビエム)が訪れた。
ショウはこの男がビエムだとは知らなかった。
「ああ……」
それだけ答えた。
「おそらくこれは、アマンの新兵器でしょう」
ヨウトが静かに言った。
「馬鹿な」
ショウは首を振った。
「アマンがこんなことをするはずがない」
そして、気づいた。
(待て——なぜこの男は、神や悪魔の仕業ではなく、兵器だといったのだ?)
ショウはゆっくりとヨウトを見た。
「ヨウト。お前、何か知っているのか?」
低い声だった。
「閣下、そんなことより、これをアマンの仕業として民に知らしめるべきです」
「待て」
ショウは立ち上がった。
「そうとは限らん。証拠もなくアマンを断じることはせん。まずはこの惨状をなんとかする。調査はそれからだ」
ヨウトは何かを言いかけたが、ショウの目を見て口を閉じた。
ショウは再び戦場へ向かった。
「あつい」と呻く声が、まだショウの頭に聞こえていた。
◇
何かが起こった。
その報告は、都を預かるカギとキョウたちの耳にも届いた。
最初の報告は簡素だった。
「ショウの領地で大規模な被害が発生。アンデッドの大群が確認された」
次の報告で、皆の顔色が変わった。
「生存者の証言——突然の光と熱の後、皮膚が燃え、剥がれ落ちた。のたうち回りながら死んでいった。死者はそのまま起き上がり、生者を喰らっている」
「さらに——爆発から生き延びた者にも、数日後から異変が生じている。髪が抜け、血を吐き、皮膚が腐るように爛れて死ぬ。原因不明」
絶望的な報告が次々と上がってくる。
被害の規模、アンデッドの数、生存者の症状——読み上げるたびに、室内の空気が重くなった。灯りが揺れた。
エイサイは現場の指揮に向かった。
カギとリユウは都の守備のため残った。
この混乱に乗じてショウや別の敵に攻め込まれる可能性があった。
「こうしてはおれん。私も行くぞ」
キョウが立ち上がった。
「お待ちください、殿下」
カギがキョウの前に立った。
「アマンが戻るまで待ってなどおれん!あそこには民がいるんだぞ!」
「わかっています」
カギは静かに、しかしはっきりと答えた。
「しかし殿下——報告にある症状は、通常の呪いや毒とは異なります。爆発から逃げ延びた者までが、数日後に同じように死んでいます。何が人を殺しているのか、まだわかっておりません。殿下が現地に赴けば、同じ目に遭うかもしれません。」
「それでも——」
「殿下。」
カギが短くいった
キョウは口を閉じた。
「……わかっている」
キョウはゆっくりと椅子に座った。
報告書がまだ手の中にあった。
——皮膚が燃え、剥がれ落ちた。のたうち回りながら死んでいった。
民の顔が浮かんだ。
会ったこともない民の顔が浮かんだ。
「では、質問を変えよう」
キョウは声を落とした。
「これは誰の仕業だと思う?」
「わかりません」
「仮にショウの仕業だとしたら——カイは、王はどうなる?」
「それは……」
カギは言葉に詰まった。
幼いカイ王に責任はない。
しかし、カイ王を戴くショウが虐殺を行ったのであれば、王の名の下で行われたことになる。歴史はそう記す。
「そうだな。たらればの話をしても仕方がない」
キョウは目を閉じた。
「今日は疲れた。休む」
静かに立ち上がり、自室へ向かった。
自室にはアビの部屋につながる秘密の扉があった。
(まずはアビとアオ様に報告しないと。)
キョウはひそかに扉をくぐった。
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