第144話 業火
「陛下、その、ハオ殿より使いのものがまいりました。」
コウロは勝手に王を名乗り、自分の家臣には陛下と呼ばせていた。
「なに!?ハオからの使いだと、あの小娘、何を言ってきた!」
「その、なんともうしますが、大変申し上げにくい 内容でございまして。」
家臣は歯切れ悪く答えた。
「いいから、読み上げろ。」
コウロはわずかな期待を込めて命じた。
ひょっとしたら援軍に来てくれたのではないかと。
『哀れな偽王コウロへ。己の無能さもわきまえず、分不相応な偽の玉座にしがみつく姿は、滑稽を通り越して哀れでさえあるよ。今すぐ無条件で降伏し、地を這って許しを乞え。そうすれば、南の魔物領域への追放という、君には贅沢すぎる「生」の選択肢を与えてやろう。もし一秒でも躊躇うなら、君が誇るそのボロ城を、一粒の灰も残さず地獄の業火で焼き尽くす。どちらを選んでも君の破滅だ。好きな方を……』
家臣が読み終わるまでもなく、コウロは立ち上がり剣を抜いた。
「ふざけるな、あのガキめ!使者をこの手で切り殺してやる。連れてこい!」
「いや、それが、すでに死んでいまして。」
「なに!?どういうことだ?」
「スケルトンが書状だけ持ってまいりました。」
家臣のその言葉にコウロはますますいきり立った。
「あのクソガキ!余への使者に骸骨をよこしおったのか!許せん!やつだけは許せん!余、自らあのガキを討ってくれる!兵の準備をしろ!」
コウロはそういうと、みずから兵を率いて出陣した。
◇
「ハオ、コウロは案の定、怒り狂って出てきたようだ。」
コウキは上空から偵察していたハーピー部隊の情報をハオに伝えた。
「そうか、じゃあ、いくか。」
ハオは魔物や腕利きを中心とした精鋭のみ五百体、ひそかにコウロの城の近くに潜めていたのである。
「しかし、コウロの城の外壁はボロボロだな。もろいぞあれは。」
ハオは遠くに見えるコウロの城を【望遠】のスキルで見ながらいった。
「ああ、朱雀竜様が破壊したものがまだ修繕されていないらしい。」
「へー、スカーレットの姉ちゃんか。いつか私も戦ってみたいな。」
「馬鹿か、お前は。台風とか地震と戦うのかお前は。」
「冗談だよ。じゃあ、いっちょおどかしてやりますか。お前ら、準備はいいな!」
「オオ―!」
ハオの部隊はコウロはまだかと雄たけびをあげた。
◇
森の中、コウロの軍勢一万が南に向かって進軍している。
ハオはそのようすを森の中で静かにうかがっていた。
(まだだ、まだあせるな。)
ハオは闘志を内に秘める。
敵の軍はハオの兵の二十倍である。
しかし、恐怖はなかった。
そして見えた。
遠くに、コウロ自身が馬に乗る姿が。
「いくぞ!」
五百の精鋭が雄たけびを上げた。
ハオは先頭に立ち、コウロめがけて突進した。
◇
「へ、陛下! 敵ですっ!」
コウロは部下が怯えきった指先で示す方角を見た。
「なんだ、あれは……っ!?」
視界を埋め尽くしたのは、天を衝くほどの炎の竜巻だった。
突撃したハオの放った業火が、瞬く間に渦を巻き、コウロの兵たちを肉も鎧もまとめて焼き尽くしていく。
一万という数など、神の怒りのような大火の前には何の意味もなさなかった。
肉の焦げる激しい臭気。
竜巻は人間の防壁を文字通り焼き尽くしながら、凄まじい爆音を轟かせてこちらへ向かってくる。
「熱い! 熱いぃぃぃっ!」
「助けてくれ! ぎゃああああ!」
四方八方から上がる、この世のものとは思えない絶叫の嵐。
コウロはその光景に、激しい悪寒とともに見覚えがあった。
(あれはレツオウか!? いや、やつは死んだはずだ……!?)
その時、渦巻く炎のさらに上空から、特大の火球がこちらへ向かって一直線に飛来するのが見えた。
標的は自分だ。
「陛下! お下がりください!」
リングがとっさに前に飛び出し、ありったけの魔力で防御結界を張る。
だが、飛来した劫火は結界を紙切れのように踏みつぶし、リングの身体を直撃した。
「ぐわあああああっ!?」
防ぎきれず、瞬く間に全身を炎に包まれたリングが地を転げ回る。
「うわちちちち! 熱い、熱いっ!」
コウロの豪華な衣服にも火が飛び火し、慌てて周囲の魔導士たちが消火魔法を浴びせた。
「陛下、早く……お逃げ、ください……!」
リングが焼けただれた顔で、悲鳴のような声をあげる。
「ひぃっ……退け! 城まで引き返すぞ!」
コウロは完全に腰を抜かし、情けない悲鳴をあげながら、城に向かって全力で馬を走らせた。偽王の逃走により、一万の軍勢の統制は完全に崩壊した。
◇
【朱雀炎着(イグニション!)】
ハオは全身に爆発的な紅蓮の炎をまとい、パニックに陥ったコウロの陣へと突入した。
「あちいいいいっ!」
「こっちに来るな、化け物ォ!」
魔法の防御すら満足にできない一般兵たちは、ハオが通り過ぎる際の熱風だけで衣服に火がつき、近づくことすらできずにのたうち回る。
「見つけたぞ、コウロ!」
ハオは遠くに見えるコウロに向けて、天空から特大の炎の塊を叩きつけた。
ドガァァァン! と遠くで凄まじい着弾音が響く。
「ちっ、まだ遠いか! 防御されたな!」
爆煙の向こうで、必死に盾を掲げた護衛兵の死体を踏み越え、コウロの馬がさらに遠ざかっていくのが見えた。
「逃すか!」
ハオは背中に炎の翼を広げるようにして、上空からコウロを猛追しようと跳躍した。
「いたぞ! あれが敵の大将、ハオだ! 魔法部隊、撃て、撃てぇぇぇ!」
回復魔法を受けながらリングがなおも火傷をこらえて執念深く叫び、生き残った魔導士部隊に迎撃を命じた。
ハオに向けて、無数の魔法の矢弾が容赦ない弾幕となって降り注ぐ。
「チッ、敵の中にもやるやつがいるじゃないか!」
ハオは迫り来る弾幕を前にしながらも、好戦的にニヤリと笑った。
「ハオ様! あまり前に出すぎないように!」
地上を駆けるコウキが焦燥を含んだ声で叫ぶ。
「ここは私が!」
その時、暁喬が眩い金色の魔力を帯びながら宙に舞い、ハオの前に割り込んだ。彼女の両手から、美しい半球状の魔力障壁が展開される。
「暁喬!? 危ない、来るんじゃない!」
「いえ、いつもそばにいることが妻の役目です」
暁喬はハオの隣にピタリと並び、凛とした声で微笑んだ。
彼女が金色のシールドで敵の矢弾を完璧に弾き返し、その隙にハオが地上に向かって容赦なく炎を叩き落としていく。
二人の完璧な連携による猛火の前に、もはや対抗手段のない敵軍は、いくら数が多かろうが、ただ天災が通り過ぎるのを待つしかない案山子も同然だった。
コウロの兵の多くは、無理やり徴兵されて連れてこられた哀れな農民だ。
目の前で仲間が灰になっていく惨劇に精神が耐えられるはずもなく、武器を放り出して蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
「ヒィィ、化け物だ!」
「逃げろ! 巻き込まれるぞ!」
戦場は、敗走する人間の悲鳴と怒号だけで満たされた。
しかしその時、敵の精鋭魔導士たちが飛翔板に飛び乗り、決死の覚悟でハオを包囲せんと迫ってきた。
「チッ、いったん下がるか! 暁喬、下がるぞ!」
「かしこまりました!」
それを合図に、ハオと暁喬は鮮やかに反転して急速に後退した。
「よし、俺たちも下がるぞ! 本隊と合流し、コウロを城ごと攻め落とす!」
コウキの号令を受け、五百の精鋭たちも深追いせず、一糸乱れぬ動きで撤退を開始した。
この一戦で、コウロ軍は数千という甚大な死傷者を出し、対するハオ軍の損害は数名にとどまった。
コウロは、軍の大半を消し炭にされた恐怖に震えながら、命からがら城へと逃げ帰るしかなかった。
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