第143話 偽王
オウライの大斧がジユンの頭に迫る。
かと思いきや、オウライは大きくバランスを崩し、大斧は轟音とともに空を切った。
脚が滑る。
巨体が、地響きとともに倒れた。
「何だ!?」
足元を見ると、ぬかるみの中に強靭な糸が絡みついている。
引きちぎろうと掴んだ瞬間——
バチリ。
電撃が全身を貫き、筋肉が石のように固まった。
「今だ!」
ジユンの合図で、周囲の兵が一斉に網を投げた。
「うお……卑怯な!」
オウライは叫んだが、身体が言うことをきかない。
「はい、いっちょあがり~。」
糸を操っていたのはリユウだった。
苦無に魔力を宿して操る封印術である。
「流石だな、リユウねえ。」
ジユンは思わず昔の呼び方で笑った。
「みんな、ご苦労だったな。」
アマンが歩いてきた。
静かな足音だった。
兵たちは勝利を喜びながらアマンに跪く。
「よい。私はこのものと話がしたい。解いてやれ。」
兵たちは顔を見合わせたが、黙って従った。
◇
「どういうつもりだ。オレを殺さないのか。」
縛を解かれ、座り込んだままオウライがいった。
殺気は、もうなかった。
「卿のような勇敢なものを殺すつもりはない。」
アマンはオウライの前に立ち、静かに続けた。
「私の配下にならないか。力を貸してほしい。」
「ふざけるな。こんな勝ち方をして恥ずかしくないのか。」
オウライは拳を握りしめた。
怒りではなく、悔しさに近い声だった。
「恥ずかしくはない。」
アマンは笑った。
柔らかい笑いだった。
「卿があまりに強いから止むをえなかった。我々は弱い。強者には力と知恵を合わせて挑まねばならん。それだけのことだ。」
「……なに?」
オウライは眉をひそめた。
強いから知恵を使った。
当たり前のことのように言われたが、それは彼の知っている「強者の理屈」とは真逆だった。
「いいか、オウライよ。この世界は弱い人間同士で戦っている場合ではないのだ。」
「どういうことだ。」
「私は四神と四凶の戦いを間近で見た。」
その名を聞いて、オウライの眉がピクリと動く。
「彼らから見れば、我らなどアリ以下だ。束になってかかっても、一目睨まれただけで消し飛ぶかもしれん。」
「アマン殿、あなたはあの神々の戦いを見たのか!?」
「ああ見た、人にとってはもはや天災だ。戦いはおろか防ぐことなどできん。できることと言えば、被害を防ぐだけだ。」
オウライは何も言えなかった。
「聞いた話では霊都の霊教会が崩壊したのも玄武竜の気まぐれが遠因だったとかいう噂を聞いた。どこまで真実かわからんがな。」
オウライは、自分が命をかけて追い求めてきた「強さの頂点」が、その言葉で遥か遠くに押しやられた気がした。
「だからこそ、我らは団結して揺るがぬ国を作らねばならん。神に翻弄されない、人間の国を。」
「……あなたの目的は、神を倒すことか。」
「そうではない。」
アマンはゆっくりと首を振った。
「王族も貴族も、卿も——人として平等な世界を作りたいのだ。」
「……オレが、貴族と同じだと?」
その言葉が、オウライの胸の奥に刺さった。
コウロに取り立てられた日のことを思い出した。
高い玉座から、見下ろされながら、命令された。
手柄を立てるたびに、また見下ろされながら、命令された。
一度も、同じ目線で話されたことはなかった。
「そうだ。」
アマンはひざを折った。
オウライの肩に、静かに手をやった。
「あらためて言う。卿の力を、私に貸してほしい。」
ジユンもエイサイも、リユウも、黙ってオウライを見ていた。
オウライはしばらく、アマンの目を見つめていた。
それから、両手を地につき、頭を下げた。
「……わかりました。この命、アマン様にいただいたものです。今よりあなたにお仕えします。」
「そうか。」
アマンは立ち上がり、オウライの手を取って引き起こした。
「これから卿も同志だ。」
◇
同じ頃——
「おお、リングよ!アマンの首を持ってきたか!?」
コウロは女を膝に乗せたまま、上機嫌で振り返った。
手にはワイングラス。
頬が赤い。
「それが……」
リングの一言で、コウロの表情が変わった。
報告を聞き終わる前に、ワイングラスが飛んだ。
ガシャン。
リングの額に当たり、砕けた。
血が、額を伝う。
「子供の使い以下か貴様は!斬れ!こいつを!」
「閣下!お待ちください!敵をまだ倒していないのに味方を——」
「閣下、そうです!悪いのはアマンとハオです!」
周囲が一斉に声を上げる。
コウロは舌打ちし、グラスを持っていない手で宙を払った。
「ええい!だいたい、ワシはその閣下、というのが嫌いなのだ!」
「では……コウロ様と?」
「なぜあのガキが陛下で、わしが閣下なのだ!」
誰も答えられなかった。
「そうだ!よく考えれば私はもう公爵ではない。王家の家来ではないのだ。ということはわしが王を名乗ってもよいのではないか!?そう思うだろ!?」
コウロは膝の上の女に同意を求めた。
女は苦笑いしながら、小さくうなずいた。
「コウロ様……お考え直しを……」
額の血をぬぐいながら、リングがいった。
「黙れ!陛下と呼ばんか!それより貴様、さっさとアマンのもとに行ってやつの首を持ってこい!目障りだ、さがれ!」
コウロは女たちを連れて別室へ消えた。
残されたリングと臣下たちは、しばらく誰も口を開かなかった。
「……大丈夫ですか。リング殿。」
「問題ない。」
血はまだ止まっていなかった。
「それより——カンユ殿を追って出陣しようと思うが。」
「それが……カンユ殿はすでにアマンに降ったかと。屋敷はもぬけの殻です。家族も使用人も、親戚も。」
「何!?……コウロ様にそのことは?!」
「言えません。言えばわれわれも——」
誰も続きを言わなかった。
もはや有力な武官はリングしかいない。
全員がわかっていた。
「……われわれが今更降っても、許してもらえるか。」
「何か手柄があれば、あるいは。」
「手柄とは。」
「例えば……。」
臣下が声を落とした。
「コウロ様の首とか……。」
別室から、コウロの笑い声が聞こえた。
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