第142話 豪傑
「アマン様、こちらのゲンリュウ殿が進言したいことがあるそうです。」
ジユンはゲンリュウをアマンのもとに連れてきた。
「なんだ?」
「ありがとうございます。実は、コウロの軍の中にひとりだけ優秀なものがおりまして、できればアマン様にご紹介し、彼を説得したく存じます。」
ゲンリュウはアマンに一礼し、進言した。
「ほう。コウロのもとにまだそんなものがいたのか。どのようなものか。」
「オウライという私の友人で、強さでは彼より強いものを見たことがありません。いわゆるAランクの魔獣すらも一人で倒す化け物のような男です。」
「そんなやつがいるのか?世間は広いな。人となりはどんな男だ?」
アマンは興味をもち、少し前のめりになった。
「忠義に熱い男で、コウロに忠義を誓っております。しかし、実際にはわずかな報酬でこき使われています。」
「面白い。だが、そんな男が降伏などするかな?」
「だからこそです。彼は身分の低い出でしたが、その強さでコウロに取り立てられました。それを恩義に感じているのですが、実際にはいくら手柄を立てても安い報酬でこき使われているだけなのです。」
ゲンリュウは話すうちに熱が入り、その様子を見てアマンもうなずいた。
「なるほど、貴殿がそれほどいう男なら、会ってみたいものだ。貴殿がここに連れてきてくれるのか?」
「いえ、恐れながら、これから戦うことになると思います。この近くの軍にいると思いますので。このままではアマン様の兵も彼も無駄に命を散らすことになります。それは避けたく、このような機会をいただいた次第です。」
「そうか。では、こちらもそれなりのもので迎えよう。ジユン、エイサイ、リユウとともにそのオウライというものにあたってくれるか?私も向かおう。」
「かしこまりました。そのようなやつがいるなら腕がなります。」
ジユンは思わずニヤリと笑った。
◇
「オオオオオ!」
鼓膜を震わせる咆哮。
次の瞬間、空気が衝撃音とともに切り裂かれた。
――轟!
男が振るった大斧が、大気を爆縮させる。
アマンの兵が三人、鎧ごと木の葉のように宙へ巻き上げられた。
ぐしゃり、と嫌な音がして地面に叩きつけられ、二度と動かない。
砂塵の向こうから現れたのは、二メートルをゆうに超える壁のような巨体。
鋼のように引き締まった上半身をさらしたまま、身の丈ほどもある大斧を、まるで小枝のように片手で無造作に提げている。
「人間め! 調子にのりおって!」
地鳴りと共に躍り出たのは、アマンに雇われたオーガの戦士だ。
丸太のような棍棒が、空力を引き裂きながら振り下ろされた。
まともに受ければ岩すら爆ぜる一撃。
のはずだった。
「ぬうん!」
男は、斧を持たない左手を突き出した。
――ズン! 肉厚の掌が、オーガの棍棒を正面からガシィィンと受け止める。
止まった。
衝撃波で周囲の砂が吹き飛ぶ中、オーガの渾身の一撃が、完全に、ミリ単位も動かずに静止した。
「なに!?」
それが、オーガの最期の言葉になった。
男の右腕が、視認できない速度で横に一閃した。
ザン、という鈍い音。
破裂とともに、肉と臓腑が全方位にぶち撒けられた。
オーガの巨躯は、上半身と下半身が別々の方向へ、凄まじい質量を保ったまま吹き飛んでいく。
血の霧が立ち込めるが、それが地面に落ちるより早く、男の獣じみた眼光が次の獲物を求めてギラリと周囲を見回した。
◇
少し離れた場所。
ジユン、エイサイ、リユウの三人は、息を呑んでその惨劇を見ていた。
「なるほど、あれがゲンリュウのいっていたオウライか。たしかにすさまじいな」
ジユンは腕を組み、険しい表情で目を細めた。
「だが、力だけの男なら、俺たちの敵じゃねえ」
短髪の戦士、エイサイは不敵に笑み、背の弓に手をかけながら言った。
「二人とも、油断をするんじゃないよ」
エルフの魔導士、リユウも静かに指先に魔力を集め始める。鋭い魔力の粒子が、彼女の周囲で青くまたたいた。
「まずは私が声をかけてみます。もし説得が無理なら、皆さんで取り押さえてください」
ゲンリュウはそう言い残すと、愛馬の手綱を引いて駆けだした。
ジユン、エイサイも即座に馬を走らせてそれに続き、リユウは飛翔板で宙を滑るようにその後を追った。
◇
「オウライ、オレだ! ゲンリュウだ!」
怒号と金属音が渦巻く戦場の喧騒の中、ゲンリュウは喉が裂けんばかりに叫んだ。
オウライがピクリと反応し、振り返る。
一瞬、その凶悪な大きな目が激しく揺れた。
「ゲンリュウ! 貴様……! コウロ様を裏切ったのか!」
地を揺るがすような怒声。
それと同時に、血に濡れた大斧の切っ先が、容赦なくゲンリュウへ向けられた。
「そうじゃない、聞け! もうコウロのために戦うなんてやめろ!」
ゲンリュウは武器を持たない両手を大きく広げ、無防備を示しながら馬を止めた。
「ふざけるな! 男がそうホイホイと、尻軽に仕える主を変えられるか!」
オウライの咆哮した。
その怒りは本物だった。
「ゲンリュウよ、こいつは口で言ってもわからんぜ」
エイサイが馬を横に並べ、鋭い視線をオウライに固定した。
「腕づくで説得しねえとな。ジユン、リユウ、手ぇ出すなよ。まずはオレがいかせてもらう」 言い終わるより早く、エイサイは馬を飛び降りオウライにむかって駆けだした。
「オウライとやら! オレ様はアマン様の一番家来、エイサイってもんだ! オレがお前に勝てば、大人しく言うことを聞け!」
オウライが、突進してくるエイサイを冷酷に見下ろす。
「ハ! 面白い! 貴様のようなチビに何ができる!」
エイサイも百八十センチを超える長身の戦士だ。
しかし、規格外のオウライの前では、文字通り子供のように見えた。
「お前を倒せるよ!」
エイサイはオウライめがけて弓を引き絞った。
だが、矢はつがえられていない。
ただ、引き絞られた弦の奥で、濃密な魔力が一条の照準となってオウライの胸へと重なる。 「魔力三矢!」
シュパパパン、と空を切り放たれた三本の光の矢が、鋭い弾道でオウライへ殺到した。
「こんなもの!」
オウライがフンと鼻を鳴らし、全身に凄まじい魔力をみなぎらせる。
その瞬間、肉体に触れることすらできず、三本の光の矢はガラス細工のようにパリンと弾け散った。
「やつは生まれつき魔力の耐性が異常に高く、並の魔法はすべて弾き返すのです!」
後方から追いついたゲンリュウが、並走するジユンに緊迫した声で告げた。
「なるほど。あれは技術というより、生来のバケモノか」
「食らえい!」
会話を打ち破るように、オウライの太い腕が大きくしなり、大斧を投げ飛ばした
巨躯から放たれた大斧が、まるで大砲の弾丸のような速度と轟音で空をぶっ飛んでくる。
「まじか!」
エイサイは全神経を尖らせ、横っ飛びに泥土へ伏せた。
――ビュンッ!!
頭上すれすれを、空気を引き裂く質量が通過していく。
完全に回避した、はずだった。
「まだ伏せていてください!」
ゲンリュウの悲鳴のような絶叫。 エイサイは反射的に、さらに深く頭を地面にこすりつけた。
直後、鼓膜をツンと刺すような風切り音。 投げ出されたはずの斧が、あろうことか軌道を反転させ、猛烈な勢いでオウライの手元へと吸い込まれるように戻っていったのだ。
「あれがやつのスキル【豪引力】です! やつの魔力を受けたものは、すべてやつの方へ引き寄せられる!」
「それを先に言え!」
地面から跳ね起きたエイサイが、冷や汗を流しながら怒鳴り返した。
「お前ひとりでは手に余るな!」
見かねたジユンが馬から飛び降りかけた。
疾走の勢いのまま鞍から跳躍し、背負った大剣を抜く。
「ジユン! オレに任せてくれって――」
「お前を死なせるわけにいかん! 二人で行くぞ!」
ジユンの構えた大剣が魔力をまとい、青白く、目も眩むような輝きを放った。
「何人できても同じだ!」
オウライが再び斧を投げた。
今度は直線ではない。ブーメランのように楕円の弧を描き、地表すれすれの低空を猛スピードで滑空する。
「ぐわあああ!」
「ひ、ぎゃあ!」
斧の軌道上にいたアマンの兵たちが、次々と紙切れのように薙ぎ払われ、肉塊となって吹き飛んでいく。
そして狂気の軌道を描いた斧は、何事もなかったかのようにオウライの分厚い掌にビシッと収まった。
(あれは正面から防げる代物ではないな……!)
ジユンは内心で舌を巻いたが、その脚は止まらない。
ズシン、ズシンと地面を踏み砕くような足音が響き、オウライとジユンの距離が一気に縮まる。
(だが、戦いとは一人でするものではない!)
「これで終わりだァ!」
オウライが手のひらから魔力をジユンに向けて放った。
ジユンは咄嗟に大剣を掲げ、強固な魔力の盾を展開した。
衝撃に備え、重心を深く落とす。
直撃――。
だが、衝撃はこなかった。
不気味なほどの無音。 (なに……!?)
次の瞬間、ジユンの身体が猛烈な力で前方へひきつけられた。
踏みしめていた足が、強引に地面を離れる。
シールドに触れたオウライの魔力が、攻撃ではなく、ジユンを強制的に引き寄せる「見えない鎖」――【豪引力】の媒介と化したのだ。
自らオウライの懐へと、文字通り吸い込まれていく。
「くそ!」
ジユンは足を踏ん張るが、オウライに吸引されていく。
「死ねえええい!」
オウライの凶悪な笑みが迫る。
限界まで引き絞られた大斧の刃が、視界のすべてを埋め尽くすように、横一文字に薙ぎ払われた。
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