第125話 饕狼
「クアアアアアア!」
狼のような背中に鋭い爪。巨大な牙を生やした悪魔、饕狼が駆ける。
地面が割れた。
その一歩ごとに、アマン軍の兵たちが切り裂かれ、敗走を続けていた。
◇
カギとジユンは兵たちを鼓舞しながら、ここ数日、自分たちも饕狼と戦い続けていた。
「俺たちの役目は陽動だ。勝つ必要はない。しかし、損害が多すぎるな。」
カギは生き残った兵に回復魔法をかけながら言った。
ジユンは大剣で饕狼に食らいついていた。
饕狼には、剣も矢も効かなかった。
しかし、ジユンだからこそしのいでいた。
【隻眼の四次元定理】
ジユンの左目は魔力を集中させると、数秒後に起こる可能性を全て解析することができた。
解析できるのはわずか数秒。
しかし、近接戦闘においては強力無比だった。
敵が絶対に回避できない攻撃を放ち、自分への攻撃は肉体が限界を迎えるまで回避できる。
「ちょこまかと!だが——おもしろいぞ!!」
饕狼は戦闘を楽しんでいた。
両の爪が空気を切り裂く。
ジユンの左目が光る。
軌道が見えた。
紙一重で躱す。
着地と同時に一撃を放つ。
しかし——饕狼の肌にはまったく傷がつかなかった。
(剣が通らない。)
ジユンは歯を食いしばった。
わかってはいた。
しかし、実際に叩きつけた剣が弾かれる感触は、何度経験しても堪える。
「クハハハハ!どこまでやれるかなあ!」
饕狼が本気でやれば、勝負はとうに終わっていた。
しかし饕狼は遊んでいた。
人間の心が折れるのを楽しんでいた。
勝てないとわかり、命乞いをするなり絶望するなりして、敗北を認め諦めたところにとどめを刺す。
それが饕狼の流儀だった。
しかしジユンとカギは折れなかった。
勝つつもりがなかったからだ。
足止めできればよかった。
◇
「まだ、終わらんよ!」
『氷弾!』
ジユンが氷の刃を放つ。
「クハハハハ!無駄、無駄だ!」
饕狼は構わず突っ込んでくる。
(読んでいる。)
ジユンの左目がその未来を解析した。
『炎障壁!』
カギが炎の壁を展開する。
氷の刃が炎に触れた瞬間——
白い水蒸気が爆発的に広がった。
「小癪な!」
饕狼の視界が奪われる。
その刹那——
カギが饕狼の側面に回り込んだ。
「今だ!」
【封棺!】
掌打が饕狼の側面を打つ。
「クア!またこれか!」
饕狼が叫ぶ。
黒い四角い結界が饕狼の身体を包んでいく。
四方から。
上から。
下から。
完全に封じられた。
「ふう。今回もなんとかしのいだな。」
ジユンがカギに声をかけた。
息が上がっていた。
「でも、また24時間後には復活するわ。退かないと。」
「よし、引くぞ!」
ジユンの声に兵たちが反応する。
◇
ジユンとカギはここ数日、こんな戦いを繰り返していた。
カギによる封印術で封印し、時間を稼ぐ。
その間に距離をとる。
封印の中で、饕狼は人間の戦い方に感心していた。
勝てないなりに、こういう戦い方もあるのかと。
(だが、ずっとつきあってやるわけにもいかん。)
饕狼は封印の解析を進めていた。
(それにしても、徐姫のやつはなにをしている?)
(たいしてあてにはしていなかったが、やはりこんなものか。)
◇
ジユンの陣——
兵たちが負傷の治療などを行っている。
ジユン、カギなど幹部たちが饕狼の対策を練っていた。
「カギよ。お前の封印術、どれくらいもつ?」
「正直なところ、いつ解析されてもおかしくはないでしょうね。」
カギは悲観的な答えを伝えた。
「今までのところ整理すると、やつには剣戟も魔法すらも効かん。しかし、そんな都合のいいものがあるはずがない。逆に何か弱点があるはずだ。誰かなにか気がついたものはいないか?」
ジユンは幹部たちに問いかけた。
「人間にしては優秀だね。饕狼様の弱点は銀だ。」
影から子供の声が聞こえた。
「何者だ!」
ジユンが構えると、そこには子供がいた。
しかし、よく見ると翼が生え、どう見ても人の子ではない。
「私はとあるお方の使い魔だよ。お前たちがここで一番強そうだからな、たしかに伝えたぞ。じゃあな。」
悪魔は去ろうとした。
「まて、貴様は何者だ!」
ジユンは去ろうとした悪魔を呼び止める。
「いっただろ、とあるお方の名もない使い魔だよ。」
使い魔はめんどくさそうに答える。
「銀が弱点だと?」
「ああ、そうだ。徐姫様が解析したんだ、間違いないよ。」
「なに?徐姫だと?」
ジユンは思わず詰め寄った。
「あ、いや、知らん。徐姫様など知らん。今のは間違いだ。」
使い魔は慌てて訂正する。
「では、そういうことにしておいてやる。」
ジユンは一歩引いた。
「問題はなぜそれを我々に教える?」
「徐、いや、わが主は饕狼様が嫌いなんだよ。負けてくれるに越したことはないと思っている。もういいだろ。あとは好きにしろ。」
使い魔はそういうと去っていった。
しばらく、誰も口を開かなかった。
「……信じますか?」
カギが口を開いた。
「信じるも何も、試してみるしかないだろう。」
ジユンは答えた。
「銀の武器などどうやって作りますか?。」
「それはこちらで考える。お前はカギ、念のため次の封印術の準備をしておいてくれ。」
「承知しました」
カギは短く答えた。
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