第107話 ハオとスカーレット、チュウエイとロフと徐姫
スカーレットはアビのもとから去ったあと、10万の軍勢を消し飛ばした現場に向かって飛翔していた。
(犯人は現場に戻るってね。)
軍がオアシスを襲撃する。
そんな噂を流した黒幕がいたとするなら、成果を確認するために見に来るだろうと考えたのだ。
(みつけた。)
スカーレットの魔力感知は隠形の術をかいくぐり、わずかな魔力を感知した。
◇
「みごとになにもないな。」
ハオはスカーレットが起こした惨劇のあとを見て呟いた。
ある場所から急に緑がなくなり、荒野になっていた。
ハオとコウキはわずかな家臣を連れ、現場を見に来ていた。
「これが朱雀竜様のお力か……」
オーガの戦士、周鬼も思わず呟いた。
(これに私たちが絡んでいると知られればおわりだな。)
コウキは心の中で墓まで持っていこうと誓った。
実際、仲間たちにすら作戦の詳細は知らせていなかった。
万が一のときには自分の命を朱雀竜に捧げる覚悟があった。
その時だった。
何の音もなく、メイド姿の女が目の前に降り立った。
(魔力感知にすら反応しなかった。こちらの隠形の術も効かなかったのか!?もしやこいつが——!)
コウキは直感でこの女の正体に気がついた。
周鬼が剣に手をかける。
暁喬と宵喬が思わず構える。
魔物たちの間に緊張が走った。
しかし——
「スカーレット姉ちゃんじゃないか!」
ハオはメイド姿の女に向かって、旧友に会ったように駆け寄っていった。
コウキたちは顔を見合わせた。
「なんだ、ハオじゃないか。何してるんだ、こんなところで。お前、大きくなったな!」
スカーレットはハオに向かって笑顔で答えた。
場の緊張が、一気に抜けた。
いや、抜けたのはハオだけだった。
コウキたちはわけがわからず、ただ固まっていた。
◇
「スカーレットはね、オアシスの酒場で働いてる姉ちゃんだよ。子どものころは親父にたまに連れていってもらってね。それで魔法とか教えてくれたんだよ。」
ハオは屈託なく説明する。
「なつかしいな。最近どうしてたんだ。親父さんも見ないけど。」
スカーレットは笑顔で聞いた。
「親父は死んだよ。」
「そうなのか。残念だな。いいお客さんだったんだけど。」
スカーレットは表情を変えずにいう。
二人の会話は軽やかだった。
まるで久しぶりに再会した友人同士のようだった。
その横で、コウキたちは誰も口を開けなかった。
(この女は何者だ。魔力感知を完全にすり抜けた。隠形の術も効かなかった。それに、この存在感——)
コウキの背筋に冷たいものが走った。
「で、こんなところで何をしてたんだ?」
「実は……」
ハオは経緯を話した。
今、コウロの元で働いていること。官軍と戦争中だということ。そして、朱雀竜が官軍10万の兵を消したというのが真実なのか確認に来たということを。
「それは本当だよ。私が間違いなく消したから。」
「え?それはどういう意味だ?」
意味がわからず、ハオが聞く。
コウキたちはまさかと思いながらスカーレットを凝視する。
(ま、まさか、と思ったが、やはり、この女は、いやこの方は……!?)
「いわなかったけど、私が朱雀竜なんだよ。あ、これ内緒ね。ハオには教えるけど。」
「えーそうだったんだ!」
ハオは驚いた。
おもわず大きな声が出る。
その瞬間、魔物たちが一斉にひれ伏した。
周鬼も地に膝をついた。
コウキもつられてひれ伏しながら、頭の中で必死に状況を整理していた。
(あ、ありえん!しかし——魔力感知に一切かからず、隠形の術も全く効かなかった。こいつが朱雀竜であればすべて説明がつく。)
「どおりでスカーレットが教えてくれたスキルは【朱雀】って名前がついたわけだ。」
ハオはけろりと言った。
(あの朱雀はこの朱雀だったのか!由来を聞いておくべきだった!)
コウキは心から後悔した。
地面に頭をたれたまま、後悔だけが頭を占領していた。
「そのチュウエイとかいうやつが、親父さんの仇なのか。なんなら私が殺してきてやろうか。」
スカーレットはハオに思いがけない提案をした。
「いや、いいよ。実際のところ、コウロが仇かもしれない。わからないんだ。何より仇討ちは自分でやりたい。」
「そうか。じゃあ、私にできることならなんでも言ってよ。できることなら協力するから。」
「じゃあ、私たちの軍がオアシスの近所を通って都に攻め上っても、攻撃せずに素通りさせてほしいんだ。」
「なんだ、そんなことか。いいよ。ハオの仲間だとわかる目印とかあるかい?」
「私が自分で率いるから、すぐわかると思う。」
「なるほど。わかったよ。」
相変わらず二人は気楽に昔話をしていた。
その横でひれ伏したまま、コウキたちは身じろぎ一つできなかった。
(我々は今、朱雀竜様と交渉している……? いや、ハオが交渉している。なんだこの状況は!?)
「じゃあ、私はそろそろバイトに行かなくちゃいけない。ここで働いてるんだ。よかったら来てね。」
そういって、スカーレットはメイドカフェの名刺を渡した。
「なんだよ、これ。『メイドカフェ』って。」
名刺を受け取ったハオは笑った。
「異世界人のマスターがやり始めたんだよ。コーヒーやオムレツに魔力を入れるんだってさ。おもしろいでしょ。」
「おもしろいね、ぜひ行かせてもらうよ。」
「それじゃあね、またね!」
スカーレットはそういうと、また大空高く飛翔していった。
その背中が消えた瞬間、コウキたちはようやく息をついた。
「ハオ、お前、朱雀竜様と知り合いだったのか……」
コウキは信じられないという表情でハオに話しかける。
声が少し震えていた。
「あー、そうみたいだね。」
ハオは笑って答えた。
「さすがはハオ様!わたしの旦那様です!」
暁喬はおもわずハオの手を握った。
「ハオ様なら当然ですね。」
宵喬もなぜか胸を張っている。
そんな様子にコウキはまだついていけなかった。
地面についた膝の泥を払いながら、コウキはため息をついた。
(こいつに仕えている限り、心臓が持たないかもしれない。)
◇
王都、宰相室——
「アマン討伐の件はご苦労だったな。褒美だ。とっておけ。」
チュウエイがロフをねぎらい、ロフの前に金塊を積んだ。
「ああ。」
ロフは一言だけ答えた。
アビの件はチュウエイには報告していない。
「ところで、アビの傭兵団が姿を消したんだが、お前、なにか知らないか?」
「知らんな。」
ロフは半分嘘をついた。
しかし実際、アビがどこに行ったかなど知らなかった。
「これで、妾は自由。そういう約束だったな。」
徐姫はチュウエイに確認した。
「ああ、ご苦労だったな。徐姫、お前は自由だ。お前にも礼だ。」
そういって、チュウエイは使いの者に徐姫の眼の前に金塊を持ってこさせた。
「おお、話がわかるな、お前は。」
徐姫はそういってひざまずき、目を輝かせ、金塊を手にした。
「ところで、ロフよ。お前に預けた獣剣・蒼月を返してくれるか。」
「わかった。」
そういって、ロフはチュウエイに獣剣・蒼月を返した。
次の瞬間だった。
チュウエイは何も言わずに、金塊に夢中になっている徐姫の頭部に向けて獣剣・蒼月を振り下ろした。
ギィン!
激しい金属音が宰相室に響いた。
ロフが抜刀し、チュウエイの剣を弾き飛ばしていた。
ロフの剣先は獣剣・蒼月によって切り飛ばされたが、刃の軌道は変わって床に突き刺さった。
一瞬の出来事だった。
事態を把握した徐姫は後方に跳んだ。
「貴様!」
チュウエイがロフを怒鳴りつけた。
「てめえ!何しやがる!」
徐姫もチュウエイに殺気のこもった視線を向ける。
「お前は自由だ。ここはオレに任せろ。金を持ってどこにでも行け。」
ロフは徐姫のほうを見ずに言った。
「しかし……!」
徐姫は手に魔力を込めた。
「いいから、早く消えろ!」
「……わかった。」
徐姫はそれだけ言うと、金塊を手に消え去った。
宰相室に、ロフとチュウエイだけが残った。
「どういうつもりだ、ロフ。」
チュウエイはもう一度聞いた。
声は静かだった。
「契約が終わった相手を殺すな。悪魔とはいえ、二度と契約するものがいなくなるぞ。」
ロフはチュウエイをまっすぐ見て答えた。
「あんな危険な悪魔を世に放っておいていいわけがないだろう。」
「それを召喚したのはお前だ。」
ロフは引かなかった。
「それに——」
ロフはチュウエイの眼を見た。
「徐姫よりも、お前のほうがよほど危険な悪魔に見えたぞ。」
沈黙が落ちた。
チュウエイは何も言わなかった。
「フン。まあいい。お前もその金を持って消えろ。」
チュウエイはそれだけ言うと、もうロフの方を見なかった。
ロフは金塊を手に取り、宰相室を出た。
扉が閉まる音がした。
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