第106話 公爵と青竜その2
「ショウ公爵がワタシとアオに会いに来た?」
「はい。なんでもご挨拶だとか。」
アマンの軍に雇われて、出立準備をしているときにリョーカから声をかけられた。
(ショウ公爵といえば、コウロの弟でアマンの後ろ盾みたいなやつだったな。)
ワタシはアマンの顔を立て、一応ショウに会うことにした。
◇
「はじめまして、アビ殿。私はショウ・エンというものだ。」
コウロと兄弟とは思えない精悍な顔立ちだ。
貴族風のたたずまいはあるものの、コウロのように過剰に人を小馬鹿にした感はない。
「はじめまして、ショウ殿。アビ・キョウカと申します。一応、傭兵団のリーダーをやっています。」
「貴様、ショウ様または閣下とお呼びせんか!」
ショウの家臣がワタシを指さして叱りつける。
「良い。アビ殿は私の家臣ではない。私人として同等だ。」
ショウは家臣を制する。
「申し訳ないです。異世界人なもので礼儀知らずで。」
めんどうくさいので、ワタシは一応頭を下げる。
「閣下はどういったご用件でこんなところに?」
「こちらこそ急に来て申し訳ない。いや、噂で聞いたのだが、こちらに青竜様がいらっしゃると聞いて参ったのだ。もし事実ならばぜひ一度、ご尊顔を拝見し、アビ殿と同様ご挨拶させていただきたいのだが。」
(なるほど、アオの噂を聞いたというわけか。)
一応アオについては口止めはしているが、人の口はふさげない。
そもそもアマンはアオの正体を知っているのだから、こういうこともあるだろう。
「わざわざご足労いただいて申し訳ないんですが、今はお会いにならないほうが……失礼があると思いますので。」
今はちょっとアオに会わせられない事情があるのだ。
「うむ、突然アオ様に拝謁しようなど、失礼は重々承知なのだが、ぜひひと目だけでもお願いしたい。」
そう言ってショウは深々と頭を下げる。
そこまで言うなら仕方ない。
「わかりました。あとでワタシに怒らないでくださいよ。」
ワタシは釘をさしたうえで、ショウ公爵をアオのもとに案内した。
◇
「う、これは……」
ショウの配下が声をあげる。
それは地獄のような光景だった。
兵たちが酒を飲み酔いつぶれている。
そして、アオも半裸になって酔っぱらい、別の兵と飲み比べ合戦をしていた。
「ほーら、次はあなたの番よ。」
「ア、アオ様、勘弁してください。」
そういって、また兵の一人が倒れる。
本来、酔うことなど彼女にはないのだが、解毒をわざと無効化して酔っぱらっているらしい。
兵たちを順番に酔い潰して遊んでいるのだ。
「ちょっとあんた、いい加減にしなさいよ。」
ワタシはアオに声をかける。
「あら、アビ。あなたがつきあってくれないから悪いんじゃない。」
「ワタシはいろいろ仕事があんのよ。アンタみたいに昼からお酒なんか飲んでられないのよ。」
そんなやりとりをみてショウ一行は唖然としていた。
「閣下、こんなものが青竜様とは思えませんが……」
家来がごもっともなことを言い、ショウが返事に困る。
「アオ、あなたにお客さんみたいよ。ちゃんとして。」
「はい~。なんでしょうか?あなたも一杯どう?」
「ワタシとアマン殿の顔に傷がつく。頼むからまずは酔いを覚ませて。服もちゃんと着て。」
「しょうがないわね。」
ワタシが頭を抱えると、アオの顔から一気に酔いが消え、髪の毛の艶が戻り、貴族風の衣装になった。
まるで、どこかの貴族の令嬢のようだ。
最近はワタシの世界の知識を読み取ったようで、姫カットがお気に入りのようだ。
「おお……」
これにはショウ公爵の一行も声が出た。
「で、私に用とは?」
先程の酔っぱらいの駄目女はそこにはいなかった。
聖女と呼ばれるにふさわしい威厳が戻っていた。
「貴方様が、青竜様でいらっしゃいますか。」
ショウがアオに声をかける。
「そうよ。アオと呼ばれているわ。あなたもそう呼んで結構よ。であなたはどちら様?」
「私はショウ・エンというものです。こちらにアオ様がいらっしゃると聞きまして、ぜひともご尊顔を拝謁したくご挨拶に伺った次第です。」
ショウはへりくだってアオにひざまずく。
あのコウロの弟とは思えない。礼儀正しい人だ。
「閣下、お立ちください。こちらのものが青竜様だとは私はにわかに信じられません。なにか証明いただかないと。」
ショウの家来がひざまずいたショウをかばうようにアオに言う。
「ふーん、だったら、あのアカがやったように10万人ほど消し飛ばせばいいのかしら?」
「やめなさい。」
ワタシはアオをひじでつつく。
「いや、しかし、そうは言われてもですな。もし万が一にでも、アオ様の偽物であれば、それこそ不敬極まりない。閣下もひざまずかせた責任を取っていただかないと……」
「そもそも、青竜様がこのような傭兵団ごときに同行されるなど、ありえない話だ。」
別の家臣が口を開いた。
「傭兵団ごとき、だと。」
まわりからヨクトの声が聞こえた。
ワタシは嫌な予感がした。
「青竜様がこのような場所で、このような格好で、このような者たちと酒を飲まれるわけがない。これは明らかに偽物だ。閣下、騙されてはなりません。」
「そうだそうだ。」
家臣たちが口々に言い始めた。
ワタシの仲間の兵たちの顔色が変わっていく。
ヨクトが槍の柄を握り直した。
(あー、これはまずい流れだ。)
「勝手にやってきて、私が楽しんでいるのを邪魔して、勝手にひざまずいて——そしてお前は偽物だと。それがあなたたちの礼儀なのか?」
アオの声は静かだった。
美しいその目が、家臣たちが一斉に口をつぐんだ。
止めないと。
(やばいな。ちょっと怒ってるな。)
「では、すいませんが、なにか奇跡でも見せていただけませんでしょうか?先程の解毒や早着替えであれば、魔術師や手品師でもできる。」
それでも一人、震える声で言い切った者がいた。
その勇気は称えてやってもいいかもしれない。
「ではお前の命で証明してやろう。」
「ちょっとアオ!」
ワタシは慌てて彼女を止めようとするが——
「万物よ消滅せよ——(アブソリュート・デリート)」
「おおおおお!」
その瞬間、アオに難癖をつけていた者たちの服だけが灰のように消え去った。
「なんてね。」
アオがクスリと笑った。
思わず大事なところを隠す者、座り込む者。
裸になってどうしていいかわからなくなる者。
家臣たちが慌てふためく。
「ハハハハハ!」
その様子にワタシの仲間たちが爆笑する。
「ハハハハハハ!これはお前たちが悪い!この程度ですんで良かったな!」
ショウも一緒になって笑った。
(この人もなかなかやるな。ここで怒ってしまえばアオと戦争になりかねない。)
「アオ様、アビ殿、改めて失礼しました。本物の青竜様だとよくわかりました。急な話ですが、アマンではなくぜひ、うちの陣営にお越しいただけませんか。」
ショウはワタシとアオを見て言った。
「お言葉はありがたいですが、アマン殿とは新たに契約したばかり。ショウ殿のところも魅力ですが、すぐに再契約というのは難しいですね。」
ワタシは丁寧にお断りする。
「なるほど。ごもっともなことです。それでは、ご縁があればぜひ、私どものところにお越しください。それではお楽しみのところお邪魔しました。」
ショウはそういうと家臣を連れて去っていった。
素っ裸にされた家臣たちはうつむきながらショウのあとを追った。
◇
「閣下、あのような無礼、許せませぬ。」
帰り道、素っ裸にされたショウの配下が、かろうじてマントにつつまれながらショウに不平をもらす。
「いや、私はあのような奇跡を見たことがありません。」
ショウの参謀の一人が制した。
「肌をまったく傷つけずに、服だけを文字通り消滅させた。燃えカスすら残っていません。おまけにまったく魔力を感知できなかった。」
馬に乗りながらうつむいて答える。
「どうやればあのようなことができるか理解できません。青竜様がその気なら、我々全員あの場で死んでいましたぞ。」
「あのアビの部隊、どう扱うべきだろうか。」
ショウは参謀たちに聞いた。
「まずは、アマンのもとにいるというなら、我々の敵ではないでしょう。しかし、折を見て理由をつけて、あのものを招待してはどうでしょうか?」
「なるほどな。」
ショウは頷いた。
(だが、青竜が実在したということは、オアシスに朱雀竜がいるという噂も本当だろう。)
(朱雀竜を我が陣営に招くというのも面白いな。)
ショウは配下には告げずに内心呟いた。
(アマンごときの好きにはさせんぞ。)
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