62 隠された秘密?
ロビーでの話をいったん切り上げ、ROOTSの専門医が鏡見を診察するというので、俺たちは彼女の部屋へ向かった。
エレベーターを降り、鏡見の部屋のドアをノックしようとした、その時だ。
唐突に扉が内側から勢いよく開かれ、弾かれたように鈴が部屋から飛び出してきた。
「茜が目を覚ましたのじゃ!」
室内へ入ると、奥のベッドルームで鏡見が上半身を起こし、マネージャーと静かに言葉を交わしているのが見えた。
「茜ちゃん!」
それを見た藤宮が、真っ先にベッドサイドへと駆け寄っていく。
このまま目を覚まさなかったら……と最悪のケースまで考えていただけに、ひとまずは一安心だ。俺も胸の内で小さく安堵のため息をついた。
専門医が藤宮に続いて室内へ入り、手際よく診察の準備を始める。
鏡見の様子はまだ弱々しかったが、こちらの呼びかけに応じる程度には意識もしっかりしているようだった。
藤宮が鏡見のそばに付き添うというので、彼女をベッドルームに残し、俺たちはリビングへ移動して鈴に詳しい話を聞くことにした。
「それで、襲われた理由はわかったか?」
椅子に腰を下ろす間も惜しみ、俺は鈴に向き直った。
「うむ。やつの狙いは、やはり“宝珠”じゃった……無理やり抜き出そうとした形跡があった」
「やっぱり、そうか……」
死猿たちとは別に、宝珠を狙う勢力が存在する――その予想は最悪な形で的中した。
目的は、宝珠という「遺物」を奪い、自分たちの管理下に置くため……いや、封印か。
「それで、宝珠は無事なのか?」
「今はな。……じゃが、問題がある。茜の胸に浮かんだあのアザじゃが、あれは恐らく『マーキング』じゃ」
「マーキング? 犬が縄張りを主張するような、あれか?」
「意味合いとしては近い。じゃが今回の目的は、『また奪いに来る』という、奴からの宣戦布告じゃろう」
鈴の言葉を受け、リビングに緊張が走った。
「……つまりフェンリルはまだ諦めていないってことだな」
俺の言葉に、鈴は苦い表情で頷く。
「奴の目的が宝珠なら、鏡見から取り出してどこか別の場所に隠すことはできないのか?」
「すぐには無理じゃ。あの宝珠は神の力により、茜と一体化しておると言ってもよい。無理に引き離せば、最悪のケースも考えられるのじゃ」
おそらく、フェンリルは鏡見の身体への負担など微塵も考慮しないだろう。
(ったく。どいつもこいつも、自分の目的のためなら他がどうなっても構わないってやつばかりだ……!)
傲慢に笑っていたフェンリルの顔と、その背後に透けて見えるセイヴィアの冷酷な影。俺は怒りで拳を強く握りしめた。
「……となると、すぐにフェンリルの襲撃に備えて守りを固めないとな」
防衛陣形を考え始めた俺の言葉を、今まで黙って聞いていた鬼頭さんが遮った。
「奴の都合に合わせる必要はない。こちらから打って出る」
「……打って出るって、フェンリルの居場所が分かりませんよ?」
俺の問いに、鬼頭さんは視線を鈴へと向けた。
「マーキングがあるんだろう? ならそれは、裏を返せばアザを通じて奴と繋がっている『糸』だ。逆探知の依代にならないか?」
鬼頭さんの指摘に、鈴の目が鋭く光る。
「なるほど、奴の『氣』を辿るというわけか。確かに、試してみる価値はあるの」
鈴は小さく頷くと、鏡見たちのいるベッドルームの方へ向かっていった。
しばらくして、部屋からROOTSの職員と藤宮が追い出されるようにして出てくる。
「……『気が散るから出ていけ』って言われちゃいました」
藤宮が困ったように答える。
俺は藤宮に、今話し合っていた状況を伝えた。彼女は最初こそ驚いていたが、すぐに表情を引き締め決意を口にする。
「茜ちゃんのこと、絶対守ってあげるからね!」
やがて戻ってきた鈴が、険しい表情のまま口を開いた。
「……微かじゃが、掴めたぞ。南の海の彼方――。そこから、わずかに共鳴する反応がある」
「南の海……。洋上か、あるいは島か」
鬼頭さんが即座に端末で地図を開き、海図と照らし合わせながら座標を絞り込んでいく。
しばらくして、鈴から得た微かな『氣』の情報を解析し終えたのか、鬼頭さんが指示を出す。
「おおよその見当はついた。……準備ができ次第、出るぞ」
その言葉で、俺たちは作戦の準備に取り掛かる。
◇◆◇
今回の迎撃チームは、俺、鬼頭さん、藤宮、そしてサポートとしてブッチ。そこに探知役の鈴、戦力の鬼灯さんを加えた、少数精鋭の編成となった。
残りのメンバーには、ホテルに残って鏡見の護衛に全力をあげてもらう。宝珠を狙う別の勢力が、手薄になった隙を突いてくる可能性も否定できないからだ。
「準備はいいか?」
「大丈夫です」
鬼頭さんの確認に短く答え、俺たちはROOTSが用意してくれた船に乗り込んだ。
向かう先は、島ではなかった。
そこは、大海原のど真ん中。
ROOTSの偵察衛星による解析を試みるも、その海域は巧妙にカムフラージュされ鮮明な映像は得られなかった。
裏を返せば、そこには何かがあることを裏付けている。
さらに各国のデータベースを照合したところ、この海域では昔から多くの船舶が消息を絶っているという事実も判明した。
目的地に近づくにつれ、周囲には薄い霧が立ち込め始める。
波は次第に収まり、風もほとんど感じなくなる。不自然なほどに静かな海だ。
「気味が悪いですね、先輩」
「ああ。この海域だけ、世界から切り離されているような感覚だな」
藤宮の不安げな言葉に、俺は周囲を警戒しながら答えた。
やがて、霧の向こうに巨大な円形のシルエットが姿を現した。
それは、鈍色の光沢を放ち、表面には無数の光の筋が脈打つように走り、まるで巨大な心臓の鼓動のごとく、深く、重く明滅している。
ドローンによる上空からの映像がモニターに映し出された瞬間、俺たちはその異様な全貌に息を呑んだ。
「これって……」
そこに映っていたのは、島でも、船でもなかった。
海中へ突き出した四本の足。重厚な甲羅を想起させる巨大な円盤状の胴体。そして、意志を感じさせない無機質な頭部と、海を裂くような長い尻尾。
『まさか、亀……か?』
――神話から抜け出してきたような、鈍色の巨亀。
それが、音もなく大海原に鎮座していた。
接近すればするほど、その巨大さは圧倒的な質量となって俺たちにのしかかってくる。
「これって、一体何なんですかね……」
俺は、隣で険しい表情のまま亀の形をした遺物を睨みつけている鬼頭さんに問いかけた。
「さあな。だが、公の記録には存在しない代物であることは間違いない」
鬼頭さんの視線は、遺物の表面を走る光の脈動を冷徹に分析しているようだった。俺は視線をモニターへ戻し、隣の鈴に確認を取る。
「鈴。場所はここでいいんだな?」
「うむ、間違いない。茜に刻まれたアザとの繋がりが、共鳴しておる」
鈴の言葉を裏付けるように、船の計器類が異常な数値を弾き出し始めた。
――そして。
海面付近の外殻(甲羅部分)が音もなく左右に分かれ、まるで俺たちを招き入れるかのように巨大な「口」を開いた。




