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56 めんそーれ、沖縄!

『めんそーれ、沖縄!』


 飛行機を降りて、最初に俺たちを迎えた言葉。


 もう、お分かりだろう。

 ――いま俺たちは、沖縄に来ている。


 なんでいきなり沖縄かって?

 それは、Sweepで鏡見からの依頼を引き受けたあと、鏡見の当面のスケジュールを確認したところ、なんと沖縄でのミュージックビデオ撮影が組み込まれていたからだ。


 今回のROOTS組の同行者は、俺の他に藤宮とブッチという、いつもの面子。

 ちなみに鬼頭さんは、例の家宝を巡る件で実家の事後処理が長引いており、今回は残念ながら欠席だ。


「先輩! 沖縄ですよ、お・き・な・わ!」


 藤宮は、機内から沖縄の島影が見え始めた頃からずっとこんな感じで、ハイテンションだ。


「いや、嬉しいのは分かったから少し落ち着け……」


「日差しが眩しいクワッ!」


 そう言ってサングラスの奥の目を細めたのは、派手なアロハシャツに身を包み、頭の皿に麦わら帽子をちょこんと載せたブッチだ。


 こいつら、完全にバカンス気分だな……。


 これから得体のしれないストーカーへの対策をしないといけないってのに……。

 後からついてくる依頼主の鏡見は、そんな俺たちの様子を見て、おかしそうにクスクスと笑っている。


「なぁ、撮影って無人島でやるんだったよな?」


「はい。今日は那覇のホテルに一泊して、明日の早朝に出発する予定です」


 そう答える鏡見の背後では、撮影スタッフが機材の最終チェックや関係各所への連絡を、慌ただしくこなしているのが見えた。


「しかし、すごい人数だな。撮影っていつもこんな感じなのか?」


 ざっと見渡しただけでも、スタッフの数は二十人を超えている。機材車や荷物の量も尋常ではない。


「今回はドラマとタイアップした新曲のMV撮影なので、事務所もかなり気合が入っているんです!」


 鏡見はそう言って、キュッと拳を握ってみせる。その瞳には、表現者としての強い意気込みが見えた。


「鏡見さん、そろそろホテルへ向かいます」


 スタッフの声に、鏡見が「あ、はい。分かりました」と短く応じる。


「じゃあ、またホテルでね」


 鏡見は俺たちに小さく手を振ると、大勢のスタッフと共にマイクロバスに乗り込んでいった。


 それを見送った俺たちも車に乗り込む。

 会社が用意してくれたのは、ハイヤーを思わせる黒塗りの社用車だ。


 空港からホテルへと続く道。

 車窓の外にはヤシの木やガジュマルといった南国特有の街路樹が立ち並び、突き抜けるような青空には一切の容赦がない太陽が輝いている。


 そんな景色を眺めているうちに、車は十分も経たずに那覇市内のホテルへ到着した。


 手早くチェックインを済ませ、割り振られた自室に入る。

 今回は俺と藤宮で二部屋用意してもらった。ブッチに関しては俺の部屋に泊まる予定だが、本人は「今日は一日中沖縄の街を満喫するクワッ!」と鼻息荒く張り切ってどこかへ行ってしまった。今ごろ沖縄の街を練り歩いているに違いない。

 まぁ、あいつはあくまでアドバイザーで、事件解決は俺と藤宮の仕事だから良いんだが……。


 荷物を置いてひと心地ついたところで、まずはSweepへ無事に沖縄へ到着した旨を報告する。その後、俺は改めてROOTSへと連絡を入れた。


 実は今回の沖縄入りに際して、個人的に気になって調査を依頼していたことがあった。


 最近SNSの一部で、密かに熱を帯びて語られている奇妙なトピック。


『浦島事件』


 ――それは、最近になって沖縄周辺で『過去から来た人間』が次々と発見されているという、にわかには信じがたいオカルト話だ。


 以前の俺なら鼻で笑い飛ばしていただろう。だが、この数ヶ月で多くの超常現象を嫌というほど目の当たりにしてきたためか、なぜだかその内容が気になった。


 SNSの噂によれば、発見された人たちは揃ってこう証言しているという。


『宇宙人にさらわれた』


 ROOTSでも独自に照合を行った結果、驚くべき事実が判明した。確かに過去、その人物たちが主張する年代に、同姓同名の人物が行方不明になったという記録が、いくつも見つかったのだ。


 だが、そこには決定的な矛盾があった。

 行方不明になった当時の年齢と、証言した本人の外見――その「年齢」が、流れたはずの歳月と全く噛み合っていないのだ。


 数十年前に行方不明になった人間が、当時の姿のまま現代の沖縄で発見されている。ROOTSには引き続き調査をお願いしたが、実際そんな事がありえるのか半信半疑だ。


 正直に言って、今回の依頼とこの奇妙な噂に関連があるかは分からない。内容からすれば、無関係である可能性のほうが高いだろう。


 ――しかし、どうしても胸の奥にざらついた感覚が残り、その事件への引っかかりを拭いきれずにいた。


 その後、夕食を食べ一息ついたところでスマホが鳴った。

 画面を見ると藤宮からだ。

 嫌な予感しかしないが、電話に出る。


「先輩! いまから茜ちゃんと那覇の街に遊びに行くんで、すぐロビーに降りてきてください!」


「おい、ちょっと待て――」


 そう言って、俺の返事を待たずに電話は切れた。


 八月も終わりだというのに、外はまだまだ熱帯夜だ。

 俺は溜息をつきつつも、これも仕事だと自分に言い聞かせ、貴重品だけを掴んでロビーへと降りた。


 そこには、すでに準備万端の藤宮と鏡見が待ち構えていた。

 二人はお揃いの帽子を被り、色違いのメガネをしている。


(……変装のつもりだろうか?)


 当然、その足元には白狐の鈴と結も控えている。


 ……なんというか、このシチュエーションに既視感があるんだよな。


「おい、お前ら。まさかとは思うが、俺を荷物持ちにする気じゃないだろうな?」


 半ば確信を持って釘を刺すと、藤宮はあからさまにわざとらしい笑顔を浮かべた。


「そんなわけないじゃないですかー。ねえ、茜ちゃん?」


「そ、そうですよ……神楽くん」


 鏡見の返答は、明らかに目が泳いでいた。どうやら彼女は、あまり嘘が上手い方ではないらしい。


「はぁ……買い物はほどほどにしろよ?」


「はーい!」


 元気よく答えると、二人は嬉しそうに手を繋いで街へと繰り出していく。

 その後ろ姿を、俺はため息交じりに追いかけた。



 ◇◆◇



 ――とある高層ビルの一室。


「しかし、ヘルのやつ。あいつらに目をつけられるヘマをしやがって。……おかげで、こっちの仕事が増えちまった!」


 吐き捨てるように言ったのは、銀髪に青いメッシュが走る短髪、口元から鋭い犬歯を覗かせた大柄の男――フェンリル。


「ヘルが担当していた遺物は監視させてますし、脅威も低いので急ぎませんよ」


「まぁ、タイミングが合えばついでに処理してやる」


「お願いします。……ですが貴方も気をつけてくださいよ。例の『彼ら』がそちらへ向かったようですから」


 フェンリルの愚痴に応えたのは、ヨルムンガンドと呼ばれる男だ。


「はっ、俺様がそんなヘマをするかよ! だいたいヘルのやつ、ちょっと顔に傷がついたくらいで逆上しやがって」


「……で、結局ペナルティはあるのか?」


「現在、『先進五大種族会議』にて審議中です。……幸い、暴発する前に“管理者”によって止められましたが、『彼ら』への過度な干渉は、“あちら”との協定で禁止されてしまいましたからね」


 ヨルムンガンドは、どこか冷ややかな苦笑いを浮かべて肩をすくめる。


「ふん、めんどくせぇな! まあいい、こっちの遺物はもう少しで場所を特定できそうなんでな。もう行くぜ」


 興味を失ったように背を向けると、フェンリルは空間に生じた黒い渦の中へと、その巨体を溶け込ませて消えていった。


 残されたのは、ヨルムンガンド一人。直後、彼の表情から先ほどまでの笑みが綺麗に剥がれ落ちた。


 その貌(かお)は、もし目撃者がいれば背筋を凍らせ、気の弱い者なら心臓が止まりかねないほどの、苛烈な笑みを浮かべていた。

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