↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
55/66

55 タイムトラベルは可能?

 ――浦島太郎。


 日本人なら誰もが一度は耳にする、あまりにも有名な御伽話(おとぎばなし)。



 それは、昔々のお話。


 浦島太郎は、子供にいじめられていた亀を助けたお礼として、海の底にある『竜宮城』へと招かれる。


 乙姫による豪華な饗宴に、時を忘れて過ごす夢のような日々。

 しかし、いざ地上へ戻ってみれば、そこはすでに長い歳月の流れ去った見知らぬ世界だった。


 変わり果てた故郷に絶望し、決して「開けてはならない」と言われていた玉手箱を開けると、中から溢れ出した白煙を浴び――一瞬にして老人になってしまう。


 めでたしめでたし……で括るにはあまりに救いのない、奇妙な物語。



 ――そして現代。



 ある物理学者が言った。

 時の流れは、光の速度へ近づくにつれて遅くなるのだと。


 例えば、宇宙船に乗って光速の99%の速度で一年間旅をしたとする。その船が地球へ帰還したとき、地上では“約七年”もの歳月が流れている計算になる。


 では、その速度が光速の99.9999%にまで達したなら?


 答えは、なんと“七百年以上”の時間が過ぎ去っていると言うのだ……。


 そう、これを俗に“ウラシマ効果”という。

 まさに、アインシュタインの特殊相対性理論が証明する『浦島太郎』の世界だ。



 ◇◆◇



 もうすぐ大学の夏休みも終わり。

 カレンダーを見れば、大学が始まるまであと十日ほど。


「なんで休みってのは、こんなに速く過ぎるんだろうな……」


 俺の夏休みだけ光速で過ぎ去っているんじゃないか。そんなことを考えながら、俺はエアコンの効いた部屋でベッドに寝転がり、残りの休日でどの積みゲーを片付けるべきか真剣に頭を悩ませていた。


「今年の休みは結構忙しくて、思ったより消化率悪いんだよな……」


 原因ははっきりしている。度重なるROOTSの事件に、文字通り命がけで駆り出されていたからだ。もっとも、その見返りとして支払われた報酬のおかげで、軍資金に困らなくなったのはありがたい話なのだが。


 その象徴が、先週届いたばかりの最新型・大画面テレビだ。

 部屋の主役と言わんばかりの存在感を放つテレビ。これでするゲーム体験は、これまでの環境とは比較にならないほど最高だった。


「さて、とりあえず朝飯でも買いに行くか」


 重い腰を上げてベッドから起き出し、コンビニに向かおうとしたところでスマホが震えた。

 着信画面に表示されたのは、Sweep(スイープ)の星乃社長の名だ。


 星乃社長からの電話の用件なんてひとつしかない。

 そう思いながら、通話ボタンを押す。


「はい、神楽です」


「Sweepの星乃よ。朝早くからごめんなさいね」


「いえ。それで、どうかしたんですか?」


 俺は身構えながら、彼女の次の言葉を待った。


「実は神楽くんたちに、指名の依頼が入ったんだけど……お願いできないかしら?」


「指名ですか。……相手は誰なんです?」


「鏡見さん。彼女から調査の依頼よ」


 調査?

 あの『死猿』の件は片付いたはずだ、また何かに巻き込まれたのか?

 いや、それを言うなら俺も人のことは言えないが……。


「詳しい内容は電話では話せないから、一度会社まで来てもらえるかしら。あと、藤宮さんとブッチくんにも連絡をお願いできる?」


「分かりました。二人にはこちらから連絡を入れておきます」


「ええ、お願いね。待ってるわ」


 簡潔にそれだけ告げると、星乃社長は電話を切った。


 政府や国際機関からの要請で動くROOTSに対し、Sweepはあくまで民間からの依頼を請け負う会社だ。

 聞いた話によると、民間からの依頼は結構あるらしい。

 中には勘違いや、完全に警察の管轄であるような相談も少なくないらしいが、そのうちの何割かには、“本物”が混ざっている。


 こうして怪異の疑いが濃厚だと判断された案件が、俺たちROOTS扱いとなるわけだ。


 俺は、支度をして家を出る。

 移動の合間に藤宮とブッチにも連絡を入れる。


 藤宮はすぐに電話に出た。

 すると、すでに鏡見と合流してSweepへ向かっている最中だという。

 最近の二人は、ちょくちょく遊び歩くほどの仲になっているらしい。たまに楽しげなツーショット写真をLINEで送ってくるくらいだから、今回の件を真っ先に藤宮が相談されたとしても不思議ではないか。

 というか、藤宮がSweepへの依頼を勧めたんじゃないかとさえ思える。


 一方、ブッチは電話にこそ出なかったものの、すぐにLINEに返信が返ってきた。


『今ライブ配信中クワッ!』


 ……何のライブかは知らないが、とりあえずSweepに集合だとだけ伝えておいた。



 ◇◆◇



 Sweepに到着し、そのまま会議室へと通される。

 広い室内には、すでに星乃社長と社長秘書。そして藤宮と鏡見、そのマネージャーに、守護存在である“白狐ズ”が勢揃いしていた。

 スマホを確認すると、ブッチからも「もうすぐ到着するクワ」と連絡が入っていた。


 ほどなくしてブッチも合流し、今回の依頼についての説明が始まった。


「それでは鏡見さん、状況を説明していただけるかしら?」


「……はい。分かりました」


 星乃社長が説明を促すと、まず口を開いたのは鏡見ではなく、彼女に付き添うマネージャーの女性だった。


「最初に、前回の『死猿』の件では、本当にありがとうございました」


 マネージャーの女性は深々と頭を下げ、それから表情を険しくして言葉を継いだ。


「それで今回の依頼内容ですが……実は、前回の“ストーカー”が、また現れました」


 部屋の空気が、一瞬で凍りついたように引き締まる。


「えっ!? また“死猿”が現れたってことか?」


 俺は思わず身を乗り出して聞き返した。あの化け物の軍勢、そして猿神を思い出し背筋に冷たいものが走る。

 だが、マネージャーは首を横に振った。


「いえ、おそらく死猿ではありません。そもそも、前回のストーカー事件は、初めから死猿とは『別件』だったのではないか。……っと、鈴さんがおっしゃるんです」


 マネージャーの視線が、鏡見の隣に座る白狐・鈴へと向けられる。

 鈴は頷くと、話を引き継いだ。


「あの時は、あまりにもタイミングが重なりすぎておった。ゆえに、我も茜を狙うストーカーと死猿共を、同一の存在と判断しておったのじゃが……」


 鈴は一旦言葉を区切り、相棒である結(ゆい)を見る。


「そもそも、奴らの狙いだと思っておった鏡見家の“宝珠”じゃが……結局のところ、死猿どもはそれを必要としておらなんだ」


 確かに、あの事件の始まりは「宝珠の力で猿神を復活させること」が目的だと思われていた。

 だけど蓋を開けてみれば、結が死猿たちに力を分け与えたことで、宝珠などなくても猿神は復活してしまったのだ。


 ――そして。


「あの時、我は見誤ったのかもしれぬ。……あの事件の裏で本当に糸を引いていたのは、猿神などではなかったのではないか」


 鈴の静かな声が、会議室に重く響く。

 猿神という巨大な脅威の影に隠れて、もっと“別の何か”がずっと鏡見を狙っていた――。

 その可能性に、部屋は深い沈黙に包まれていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。