54 事件の収束と新たな脅威
――巨人を撃退した翌々日。
鬼頭さんの祖父であり、鬼灯家先代当主の葬儀は、予定どおりしめやかに執り行われた。
葬儀のあと、鬼頭さんは「実家で話がある」と言って、そのまま屋敷に残ることになった。
姉の凛さんも戻っているし、絶縁状態に近かったとはいえ、久しぶりの実家だ。積もる話も、片付けるべき因縁も山ほどあるのだろう。
最初に顔を合わせたときは、正直言って空気が凍りついていた。
鬼頭さんが家を破門になった詳しい理由は聞いてないけど、あの人の性格からして古臭い家系のしがらみや、型に嵌まった生き方が我慢ならなかったんだろうということは容易に想像がつく。
まぁ、今回の件がきっかけで、うまくまとまってくれればいいとは思うけど。
◇◆◇
――そして俺は。
葬儀の翌日、事後報告のためにROOTS中央支部へと戻っていた。
巨人との戦闘終了直後、一度連絡を入れた際に聞かされたのだが……。
俺たちが死闘を繰り広げていた裏で、藤宮たちもまた鬼灯家を巡る事件の渦中に放り込まれていたらしい。
そのため、ここには俺と藤宮、真神支部長、そして事件に関わった数名のスタッフが集められていた。
「まず、現場の状況を詳細に報告してくれ」
真神支部長は、鬼灯家で起きた一連の出来事について、詳細を求めてきた。
俺は、鬼灯家へ向かってから起きた出来事を、順を追って説明していく。
途中まで黙って耳を傾けていた支部長だったが、分家で遭遇した“女”の話に差し掛かったところで口を開いた。
「つまり、その女は自らを“ヘル”と名乗り、2Eのことを“ヨルムンガンド”と呼んだのだな?」
「はい。間違いありません」
「なるほど……ロキ、ヨルムンガンド、そしてヘルか。北欧神話におけるトリックスターとその血族の名で統一されているわけか」
そう言って、真神支部長は藤宮の腕で静かに輝く『ミョルニル』へと視線を移した。
「あ、えっと……その名前を聞いてから、ミーちゃんもちょっと不機嫌みたいで」
藤宮が困ったように笑うと、ミョルニルが同意を示すかのようにピカピカと明滅し、自己主張するかのように反応する。
「さらに、その光球のことを“ウォッチャー”と呼んだんだな?」
俺がミョルニルのことを考えていると、真神支部長が続けてウォッチャーについて問いかけてきた。
そうだ――今回、ウォッチャーに関しては新しい情報が出てきたんだった。
「え? あ、はい。確かにそう言っていました。“ウォッチャーの管理者”だとも」
「ウォッチャーの……管理者、か」
真神支部長は腕を組み、その言葉の意味を噛みしめるように黙り込む。
すると、その沈黙を破るように、藤宮が口を開いた。
「えっと、私たちの前に現れた光球も、先輩の話と特徴が一致します。たぶん、同じものだと思います」
藤宮たちの戦場にもヘルは現れ、そして突如出現した光球によって、無理やり戦場から排除されたという。
ヘルが去り際に残した言葉――
『ちょうど“目的の物”が見つかったって連絡も入ったし』。
俺たちの前から姿を消したあと、ヘルは藤宮たちのもとへ転移した。そう考えるのが自然だ。
「ヘルたちとウォッチャーは、敵対関係にあるように見えたか?」
「いえ……どちらかと言えば、不本意ながらもルールに従っている“知り合い”のような印象でした」
俺はあの時の、どこか事務的なやり取りを思い返しながら答える。そして、最も重要なキーワードを付け加えた。
「あっ、そう言えば……」
「どうした?」
「ウォッチャーが、ヘルに対して『協定違反』だと告げていました」
「協定違反……。奴らの間で、何らかの契約が結ばれているということか?」
「そう言えば、私たちの時も“協定違反”って言ってました!」
藤宮の言葉に、支部長の眉間の皺が深まる。
「なるほど。ヘルが戦線から消失したのは、両者が定めたルールによって排除された可能性も考えられるか」
ヘルとウォッチャーの間に存在する『協定』。
協定違反で退場。
俺たちの知らないところで、勝手に世界のルールが決められているような、得体の知れない薄ら寒さが胸の奥にこびりつく。
「しかし……強大な力を持つヘルを、いとも簡単に排除できる存在、か……」
真神支部長の呟きを聞き、背筋に冷たいものが伝う。
その後も議論を重ねたが、結局はどれも憶測の域を出ない。断片的な情報は得られたものの、ウォッチャーの真の目的は、依然として深い霧の向こう側だった。
「今回得られた情報については、本部でも至急調査を進める。何はともあれ、鬼灯家の至宝は守られた。ひとまず、全員ご苦労だった。解散してよし」
支部長の言葉で、張り詰めていた会議室の空気がようやく緩んだ。
◇◆◇
報告が終わったあと、俺と藤宮は鏡見に連絡を取り、「お疲れ様会」を開くことにした。
言うまでもなく、言い出しっぺは藤宮だ。
とはいっても、内容はいたってシンプル。
事件のせいで台無しになったショッピングを、仕切り直そうというものだった。
端から見れば、女の子二人に囲まれた両手に花のデートに見えるかもしれない。だが現実は非情だ。
茜と結に振り回されて飲食店をハシゴし、藤宮と鏡見の果てしない服選びに付き合わされ、挙げ句の果てには「荷物運び要員」としてフル稼働させられただけだ。
「……なぁ、これ、明らかにおかしくないか?」
両手に抱えた紙袋の山を掲げて抗議するが、藤宮は笑って受け流す。
「何言ってるんですか。茜ちゃんたちは関係ないのに手伝ってくれたんですから、これくらいのお礼は当然ですよ?」
それは分かる。ぐうの音も出ないほど正しい。
だが、なんで藤宮の買い物袋まで俺が持たされてるんだ?
藤宮いわく、「女の子に重たそうな荷物を持たせて男の子が手ぶらだったら、周りからどう思われると思います?」だそうだ。
……完全に嵌められた。反論する気力すら奪われ、俺はトボトボと彼女たちの後ろをついていく。
そんな、名ばかりの慰労会の最中。休憩がてら立ち寄ったカフェで、何気なくスマホのニュース画面をスクロールしていた俺の指が止まった。
――見える女優“美零”、電撃引退。
衝撃的な見出しとともに、美零の写真と所属事務所の公式声明が掲載されていた。
藤宮の報告によれば、美零――すなわち“ヘル”は、ウォッチャーによって消失したはずだ。
だが、これですべてが終わったとは、どうしても思えない。
写真の彼女は、すべてを見透かしたような笑みを浮かべている。
根拠のない、けれど確信に近い予感が、苦いコーヒーと共に喉の奥に沈んでいった。
[調査報告書・抜粋]
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Case 07《Oni to Oni》
|結 論
・全国的な小鬼の活性化を確認。
・鬼灯家当主(先代)死亡事件の調査要請を受け、ROOTSが介入。
・調査中、正体不明の女性が“ヘル”と名乗り出現。対象2Eを“ヨルムンガンド”と呼称。
・同時に複数の小鬼、および巨大霊的存在(以下「巨人」)の顕現を確認。
・巨人は高い再生能力を有していたが、上空からの落下と鬼化した鬼頭による一撃により完全消滅を確認。
・藤宮たちとの戦闘中、ヘルは突如出現した発光体(通称:光球)により強制排除される。
・当該発光体は“ウォッチャーの管理者”と呼称され、ヘルを「協定違反」として排除する。
・ヘルは消失したが、完全消滅ではなく、何らかの形で存続している可能性あり。
・鬼灯家および周辺地域における怪異活動は沈静化を確認。
以上をもって、本事案の一次調査を終了する。
記録者:ROOTS 捜査員 H.K/M.F
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