53 壮絶とは、まさにこの事
巨人が地面を蹴り砕いた。弾丸と化したその巨体が、視界を塗りつぶすほどの圧力で襲いかかってくる。
「おいおい……その巨体でその機動力は、反則だろ!」
「力も桁違いだ。一撃でも直撃すれば、ただじゃ済まんぞ」
俺の言葉に答えた鬼頭さんの警告は、誇張でもなんでもなかった。
巨人の攻撃を辛うじてかわした直後、背後で轟音が響く。
振り返ると、地面はえぐり取られ、岩盤ごと押し潰されたような巨大なクレーターができている。
つまり――見かけ通り、相当な質量を伴った攻撃だということだ。
それほどの重量を持ちながら、なおこの機動力。
常識では考えられない現実に、驚きを通り越して寒気すら覚える。
三対の瞳がそれぞれ独立して動き、俺と鬼頭さんを常に視界に捉える。
二手に分かれて攻撃を仕掛けるが、素早い動きと鋼のように硬い外殻に阻まれ、打撃は弾かれてしまう。
――次の瞬間、巨人の腕が横薙ぎに一閃される。
「くっ――!」
空気が裂ける音と同時に、暴風のような衝撃が叩きつけられた。直撃こそ免れたものの、余波だけで身体が浮き、背後の斜面へと叩きつけられる。
受け身を取り、転がりながら距離を取る。視界の端では、鬼頭さんが正面から果敢に攻め立てていた。
拳と外殻がぶつかり合い、金属同士が衝突するような音が鳴り響く。
だが巨人は怯むことなく、力任せに剛腕を振り下ろした。
「チッ……!」
鬼頭さんが地面を蹴って後退する。
直後、さっきまで立っていた場所が叩き潰され、土砂が派手に宙を舞った。
巨人は止まらない。
三対の瞳が一斉にこちらを向き、標的を俺に定める。
一歩の踏み込みで、距離が致命的なまでに詰まった。
「――速い!」
咄嗟に近くに立っていた、直径一メートル以上はある太い木の幹に隠れる。
だが、巨人の拳はその幹をいとも簡単に撃ち抜く。瞬間、衝撃が全身を貫いた。
「ぐっ……!」
砕かれた木の幹が直撃し、身体が後方へ弾き飛ばされる。
地面を削りながら滑り、ようやく止まった時には、意識がぼやけ息が詰まりかけていた。
念装を使っていなければ確実に、終わってたな……。
「神楽! 避けろ!」
鬼頭さんの鋭い声で、意識を引き戻す。
俺が立ち上がるより早く、巨人の影が覆いかぶさった。
――踏み潰す気だ。
地面を蹴り、間一髪で横へ跳ぶ。
直後、足元が陥没し、地響きが棚田全体を揺らした。
攻撃をかわし続けるだけでも、体力が削られていく。
このままじゃ、ジリ貧だ。
――なら、止めるしかない。
俺は歯を食いしばり、次の一手を決めた。
「鬼頭さん! 念動で動きを止めてみます! 攻撃はお願いできますか!」
「了解だ。まかせろ!」
俺は巨人を鬼頭さんと挟むように位置取りすると、意識を一点に集中する。狙うは足――地面ごと縫い止めるイメージで、念動を解き放つ。
――重い。
想像以上の質量が、強烈な抵抗となって伝わってくる。
巨人は力任せに踏ん張り、地面が悲鳴を上げる。
「鬼頭さん! 完全に動きを封じるのはキツいです!」
「十分だ。動きが鈍れば、それでいい!」
言葉が終わるより早く、鬼頭さんが踏み込んだ。
全身から噴き上がる白い闘気。その一歩だけで、地面が爆ぜるように陥没する。
――そして、次の瞬間。
巨人の腹部に叩き込まれたのは、すべての力を一点に凝縮した、一撃粉砕のストレートだった。
――ドガァァァンッ!
拳とは思えない衝撃音が空気を引き裂き、衝撃波が周囲を揺さぶる。
巨人の巨体が念動の拘束から引き剥がされ、嘘のように宙へ浮いた。
そのまま土手を削り取り、稲を巻き込みながら、数十メートル先まで吹き飛ばされていく。
巨人の力も凄いけど、鬼化した鬼頭さんの力も大概だ。
視線の先では、吹き飛ばされた巨人が、体の半分を地面に埋めたまま沈黙していた。
「やったか……!?」
小鬼の数が減って余裕が出てきたのか、俺たちの戦いを見ていた分家の誰かが、そんなフラグ全開の台詞を口にする。
――その言葉を待っていたかのように、泥の中から巨体がゆっくりと起き上がった。
「ですよねぇ……」
バトルものにおいて、その言葉は禁句なんだよ。
これはもう、神が定めた不文律のようなものだろう。
「やはりな」
鬼頭さんは、最初から分かっていたかのように言う。
「何発か打ち込めば、いけそうですか?」
「いや、やつを見てみろ」
促されるまま、巨人に視線を向ける。
促されるまま巨人に視線を向けると、俺は頬を引きつらせた。
抉られていた皮膚が、みるみるうちに修復されていく。まるで時間を巻き戻しているかのようだ。
「修復能力……ですか。厄介ですね」
「無限ではないだろうがな。……神楽、さっきの攻撃、威力が分散されているのが分かるか?」
「あ……棚田の土、ですか」
「そうだ。柔らかい土がクッションになり、衝撃を逃がしてしまっている」
確かに、これだけ地面が柔らかいと、威力が地面に逃げてしまう。
「神楽。動きを止めるんじゃなく、上空に浮かせることはできるか?」
「上空ですか? ……えっと、出来るとは思いますけど、空中で動きまで封じるのは無理ですよ」
「問題ない。やつをできるだけ高く飛ばしたら、一気に地面に落とせ」
「落とす……? 分かりました、やってみます!」
正直、それだけでダメージが入るとは思えなかったが、鬼頭さんの目には確信がある。
俺は念動を発動し、巨人の身体を掴んで一気に上空へ持ち上げた。
「……っ、重い!」
全身に強烈な負荷がかかり、奥歯が軋んだ。
巨人は空中で暴れ、腕を振り回して抵抗してくる。
「鬼頭さん! そろそろ限界です!」
高度三十メートル。力の制御が乱れ始めたところで合図を送る。
「よし! そのまま地面に叩き落とせ!」
「はいッ!!」
今度は巨人を、地面に向かって引き落とす。
その落下地点へ、鬼頭さんが滑り込んだ。
闘気が白から赤へと変質していく。
右腕が、まるで本物の『オニ』のように、赤い外殻に覆われていく。
「これで終わりだデカブツ! 天拳!」
――轟音。
放たれた拳が天を突き、落下してきた巨人を正面から貫いた。
巨人の身体は穿たれた風穴から崩壊が始まり、それは一気に全身へと広がっていく。
やがて形を保てなくなり、粉々になって空へと霧散した。
爆音が消えたあと、静寂が戻る。
「……終わった……」
誰かの、掠れた呟きが耳に届いた。
鬼頭さんは鬼化が解け、その場に膝をついている。満身創痍といった様子だ。
周囲を見渡せば、鬼灯家の人々も、救援の面々も、今の光景にただ呆然としていた。
「ふぅ……きっつ……」
俺も、その場に座り込む。
張り詰めていた糸が切れ、遅れて押し寄せてくる疲労。
全身が鉛のように重く、しばらくは立ち上がれる気がしなかった。




