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51 なに? えっ ?オニ?

 ――神楽たちが第二ラウンドに突入する、少し前のこと。


 鬼頭さんの姉――

 鬼灯 凛さんを先に追跡している鈴ちゃんの気配を、結ちゃんに探ってもらいながら、私たちは後を追っていた。


 しばらく進んだところで、池のある大きな公園に辿り着く。

 そして、すぐに鈴ちゃんの姿を見つけた。


「鈴ちゃん、ご苦労さま」


「来たか。やつらは、そこじゃ」


 鈴ちゃんが示した方向へ、そっと視線を向ける。


 距離は、だいたい二十メートルくらい。

 街灯に照らされた公園の一角で、黒い犬と赤髪の女性が、互いに距離を保ったまま睨み合っていた。


 その犬は全身を黒炎で包み、胸元には赤い炎が揺らめいている。

 そして、向かい合う赤髪の女性の額には、銀色の角が一本生えていた。


「え? あれって……オニ?」


 思わず、声が出た。


「ああ、“先祖返り”のようなものじゃろうな」


 先祖返りってことは……昔、オニの血が混じったってことなのかな?

 そんなことを考えつつ、視線を戻す。


「ねぇ、あれが鬼灯 凛さんだよね?」


「うん、そうでしょうね」


 私の問いに茜ちゃんが答える。


「ねえ……あの犬、何か咥えてない? もしかして、あれが例の荷物かな?」


 それは、細長い黒い袋に包まれていて、中身は見えない。

 少し湾曲していて、長さは一メートルくらいありそう。


「真琴ちゃん、どうするの?」


 茜ちゃんがそう聞いてくる。


「いきなり出ていっても、怪しまれるだけだよね……」


「そう言えば真琴ちゃん、オレンジ色のハンカチを預かってなかった?」


「あ、そっか!」


 私はポケットにしまった、オレンジ色のハンカチを取り出す。

 あの時は気づかなかったけど、よく見ると鬼灯の刺繍が入っている。


 物陰から一歩踏み出し、ハンカチが見えるように握ったまま、凛さんに近づく。

 すると、先に黒い犬の方が私に気づき、じろりと視線を向けてきた。


 それにつられるように、凛さんもこちらを振り向く。

 そして――目が合った。


「あの……ROOTSの藤宮です。鬼灯家の人に頼まれて追いかけてきました」


 そう言って、ハンカチを持った手を前に掲げる。

 それを見た凛さんの目が、一瞬だけ見開かれ――


「そのハンカチ……そう。あなたが藤宮さんなのね。蓮が世話になってるわね」


「え? あ、いえ。こちらこそ鬼頭さんにはお世話に――って、今は呑気に挨拶してる場合じゃないですね」


「後ろの人たちは、あなたのお仲間かしら?」


「え? あ、はい。茜ちゃんと……白狐の鈴ちゃんに、結ちゃんです」


 凛さんのオニ姿に、つい見惚れていた私は、慌てて後ろに視線を送る。

 物陰からみんなが出てくるのを待って、改めて凛さんに聞く。


「……あの黒い犬みたいなのって、何なんですか?」


「分からないわ。ただ、おそらく最近頻発している“小鬼”と関係があるのは確実ね」


 小鬼って言えば……。

 確か、先輩たちがあちこちで退治して回ってるって話してたよね。

 その調査で、鬼頭さんの実家に行くって言ってたし。


「それで、あの犬が咥えてるのが、盗まれた荷物なんですね?」


「ええ、鬼灯家の家宝よ」


 え、家宝!?

 ものすごく興味がある!


 凛さんのオニ姿も気になるけど、家宝も捨てがたいよね!

 うーん……家宝を取り返したら、角とか触らせてもらえたりしないかな?


 ……なんてことを考えていたら。


「藤宮さん。あなた、かなり強いって聞いてるんだけど――頼りにしても、いいのかしら?」


「はい! 任せてください!」

 思わず即答していた。


「ミーちゃんも最近出番がなくて、腕が鈍ってるって言ってたんです。あ、ミーちゃんっていうのは、このミョルニルのことですけど」


 そう言って腕に付けたミーちゃんを見せる。


「え……そ、そうなのね」


 一瞬だけ戸惑った表情を浮かべてから、凛さんは小さく微笑む。


「……期待してるわ」


 凛さんと並び、黒い犬と正面から対峙する。

 黒い犬は、こちらを睨みつけたまま姿勢を低くし、微動だにしない。


 背後では、茜ちゃんを守るように、鈴ちゃんと結ちゃんが警戒態勢に入っていた。

 私はミーちゃんを銃型に変形させ、いつでも撃てるように構える。


「よろしくね、ミーちゃん!」


 そう声をかけると、ミーちゃんから――

『任せておけ』とでも言うような、頼もしい気持ちが伝わってきた。


 うん。

 ミーちゃんも、やる気満々だね。


「私が仕掛けるから、藤宮さんはサポートをお願いね」


「了解です」


 そう言うや否や、凛さんは地面を蹴り、一気に黒犬へと迫った。


 ――どんな攻撃をするんだろう。


 期待して見守っていると、凛さんは高く跳び上がり、そのまま黒犬へ蹴りを叩き込む。


 ドンッ!


 凄まじい音と衝撃。

 黒犬はギリギリでその攻撃をかわすけど、着地点の地面が大きく抉れるように陥没した。


 ……ううん、陥没っていうか――

 爆発した、って言った方が近いかも。


 そして凛さんは、着地するとすぐに次の動きへ移る。


 連続して放たれる蹴り。

 黒犬は必死に応じるものの、完全に防戦一方に見える。


「すごい……」


 思わず、声が漏れていた。


 すると、ミーちゃんから『援護するぞ』という気持ちが伝わってくる。


「うん、そうだね」


 私はミーちゃんを構え、黒犬の動きを確認しながら狙いを定める。

 黒犬の意識は完全に凛さんに向いていて、こちらへの警戒はかなり薄れているように見えた。


 ――今。


 私は、無防備になった黒犬の背中へ向けて引き金を引く。

 正直、照準についてはあまり気にしていない。

 ミーちゃんのサポートがあるから、銃を撃つ訓練をしていない私でも問題ないんだよね。


 ミーちゃんから放たれた光弾は、迷うことなく黒犬へ向かって飛んでいく。

 黒犬も途中でそれに気づいたけど――ミーちゃんの光弾は、避けられても追尾してくれる。


 そして。

 光弾が直撃した瞬間、黒犬が勢いよく吹き飛ばされ、地面を転がっていく。


「さすがミーちゃん!」


 するとミーちゃんがピカピカと輝き、『当然』と言わんばかりの気持ちを伝えてくる。


 私は思わずミーちゃんを撫でてあげた。

 すると今度は、少し怒ったような感情が返ってくる。


 ――知ってるよ。

 ミーちゃんって、こう見えて照れ屋さんなんだよね。


 でも、黒犬は、思ったほどのダメージは受けていないみたい。

 最初こそ少しよろけながら立ち上がったけど、すぐに体勢を立て直して、凛さんの追撃をきっちり回避している。


「え……あれで動けるの?」


 その時、背後から鈴ちゃんの声が聞こえてきた。


「あの体に纏っておる黒い靄が、威力を吸収しておるな」


「そうなの? でも、結構派手に飛んでいったよ?」


「まあ、その銃は馬鹿みたいに威力が高いからの。じゃが、貫通はしておらんじゃろう?」


「……言われてみれば」


「おそらく、吸収しきれなかった力で吹き飛んだだけじゃ。見た目ほどのダメージは入っておらんじゃろうな」


「えぇ……」


 私は、思わずミーちゃんを見る。


「だって、ミーちゃん」


 するとミーちゃんから、『ぐぬぬ(たぶん)』という、ちょっと悔しそうな感情が伝わってきた。


「じゃあ……あの黒い靄みたいなのをどうにかしないと、まともにダメージは与えられないってこと?」


「そうじゃ。ただし――」


 鈴ちゃんは、公園の中央で暴れ回る二人へ視線を向ける。


「あのオニの攻撃が、まともに当たれば話は別じゃ。靄など関係なく、ダメージは通るじゃろう」


 改めて、凛さんの動きを見る。

 蹴り一つで地面が陥没――いや、ほとんど爆発している。


「やっぱり、地面が爆発するくらいだし……すごい威力だね」


「さすが、オニの力といったところかの」


 鈴ちゃんの言葉に、私は思わずごくりと喉を鳴らす。


 それからは、鈴ちゃんのアドバイス通り、私は黒犬への牽制に専念した。

 凛さんが動きやすいよう、ミーちゃんで黒犬の注意を散らすことに集中する。


 すると、少しずつだけど凛さんの攻撃が黒犬に当たるようになった。


 直撃はしていないけど、わずかに掠っただけでも、黒犬は露骨に嫌がる素振りを見せ、大きく距離を取る。


「うん……いい感じだね」


 思わず、そう呟いた――その時だった。


 黒犬と凛さんの間の空間が、ゆらりと歪む。

 次の瞬間、そこに黒い渦が生まれた。


「え……?」


 渦の奥から、ゆっくりと姿を現したのは――

 黒髪の女性。


 どこか妖艶で、正直ちょっとエッチな格好をしている。


 そしてその瞬間、場の空気が一瞬で変わったのが分かった。

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