50 その名はウォッチャー!?
既に何匹倒したかわからない。
だが、着実に小鬼の数は減ってきていた。
黒い渦から湧き出る数も、目に見えて減ってきている。
「ふぅ……さすがに無限湧きじゃないみたいだな」
そう、一息ついた――その瞬間。
――ドガァァァン!!
「なっ――!?」
突如として押し寄せた、圧倒的なプレッシャー。
反射的に振り向いた俺の視界の先で、鬼頭さんの体が吹き飛ばされ、家の外壁をぶち破り、そのまま内部へと消えて行くのが見えた。
「鬼頭さんっ! 大丈夫ですか!?」
俺は慌てて駆け寄る。
「……ああ、問題ない」
そんな軽い返事とともに、体についた埃を払い落としながら、鬼頭さんは家の中から姿を現した。
あんな吹き飛ばされ方をして、大した怪我もないとか……。
――鬼化って、とんでもないな。
鬼頭さんを吹き飛ばした相手。ヘルに視線を向けると、手に持った大鎌も無事ではなかった。
刃は欠け、黒い亀裂が走り、今にも崩れそうだ。
漆黒のドレスも所々裂け、露出が増している。
「小鬼はもう大丈夫みたいなので、俺も――こっちに加わります」
「こいつは、なかなか手強いぞ」
「でしょうね」
俺は鬼頭さんの隣に立ち、構えを取る。
次の瞬間。
ヘルの手にあった大鎌が、黒い粒子となって崩れ落ち、霧散した。
「あら……お気に入りだったのに」
ヘルは肩をすくめ、少し残念そうな顔をする。
「あなた、硬いのねぇ。……それで? 今度は二人がかりでお相手してくれるのかしら」
漆黒の瞳から放たれる圧が、あきらかに増した。
「来るぞ!」
鬼頭さんの声と同時に、ヘルが両手を掲げると上空に渦が生まれ、そこから黒く揺らめく球体がいくつも吐き出される。
そして――
腕を振り下ろした瞬間、球体が一斉に、俺たちへ襲いかかってきた。
避けたと思っても、軌道を変え、執拗に追いすがってくる。
「……しつこい女は、嫌いなんだがな」
「あら、つれないことを言うのね」
鬼頭さんは、俺が一生言わなさそうな台詞をさらりと吐き、球体を拳で殴り霧散させた。
――だが。
その拳の皮膚はめくれ、ただれたように焼けている。
「なるほど……毒か。なかなか悪趣味だな」
「お気に召さなかったかしら?」
そう言ってヘルが口角を上げ、目を細める。
「鬼頭さん! 大丈夫ですか!?」
「問題ない。すぐ治る」
その言葉通り――
逆再生される映像を見るかのように、拳は瞬く間に元へ戻っていった。
「……オニの能力、ですか?」
「ああ。致命傷でなければ、時間はかかるが再生する」
おおっ、ファンタジー!
――って、感心してる場合じゃない。
その間にも、球体は休むことなく次々と襲いかかってくる。
鬼頭さんの様子を見る限り、直接触れるのは危険だ。
「なら……念動はどうだ?」
そう思い念動を使うが、黒い靄に弾かれてしまう。
……やっぱりか。
小鬼もそうだったけど、この靄には念動を弾く性質があるみたいだ。
――そんな時は。
俺は庭の池に使われていた大きめの石を念動で持ち上げ、そのまま球体めがけて叩きつけた。
高速で飛んだ石が球体を貫く。
――バンッ!
次の瞬間、球体は霧散し、跡形もなく消え去った。
鬼頭さんの戦いを見て、ある程度は予想していたが――
「やっぱり、物理攻撃は有効みたいだな。――ならっ!」
俺は次々と石を念動で持ち上げ、球体へと叩きつける。
高速で飛翔する石が直撃するたび、黒い球体は霧となって、次々に掻き消えていった。
そして、空中から球体が完全に姿を消える。
「あら……玩具が、なくなっちゃったわね」
ヘルが、どこか楽しそうに肩をすくめる。
焦りの色は、微塵もない。
「玩具は無くなったぞ。次は、どうする?」
鬼頭さんの言葉に、ヘルがゆっくりと首を傾げる。
「玩具じゃ物足りなかったかしら? なら――私が、直接お相手してあげてもいいんだけど」
その瞳が、愉悦に細まる。
そして、にこやかなまま言い放つ。
「……ただし、すぐに壊れないでね」
その言葉と同時に――
ヘルの気配が、一段階ではなく、段階を無視して際限なく膨れ上がっていく。
この感覚はダイダラや猿神の時に感じた、いやそれよりも数段上!
空気が、重い。
呼吸するだけで、肺が押し潰されそうになる。
心臓が高鳴り、背中に冷や汗が滝のように流れ落ちる。
体の奥で、警鐘が鳴り続けていた。
「ちょっ……!? 鬼頭さん、これ……まずくないですか?」
隣を見ると、鬼頭さんは額に深く皺を刻み、一瞬たりとも視線を逸らさずにヘルを睨み据えていた。
「神楽……」
低く、だがはっきりとした声。
「本気でヤバいと思ったら――迷わず、お前だけでも瞬間移動で逃げろ」
「えっ!? でも――」
「いいから聞け」
鬼頭さんの声が、わずかに強くなる。
「俺なら……致命傷さえ負わなければ、何とかなる」
一拍。
「こいつは――今の俺たちじゃ、手に負えん」
低く、噛みしめるように続ける。
『おそらく、こいつは……災害級だ』
その言葉が、胸の奥に、冷たい楔のように突き刺さった。
ROOTSへ入るとき、真神支部長から聞かされた言葉が脳裏をよぎる。
《災害級》
それは、ROOTSの精鋭部隊で当たるべき脅威。
一個人、あるいは少数では対処不能な“大厄災”。
「……お話の時間は終わったかしら?」
ヘルの声が、静かに、だが確実に響いた。
次の瞬間。
ヘルの上方の空間が、ゆらりと歪む。
そこに生まれたのは、ピンポン玉くらいの小さな黒点。
それは、加速度的に膨張し――
やがて、太陽すら覆い隠すほどの巨大な“闇”へと変貌した。
光が奪われ、辺りは一気に夜のような暗闇に沈む。
同時に、肌を刺すような冷気が走り、思わず歯を食いしばる。
「じゃあ……行くわよ」
ヘルが、腕を振り下ろそうとした――その瞬間。
彼女と、俺たちの間に。
それは、現れた。
いや……
“現れた”というより、“見えるようになった”と言うべきか。
最初から、そこにあった。
なのに、今まで認識できなかった。
そんな感覚が、一番しっくりくる。
形は、ピンポン玉ほどの透明な光の球。
だが、その内部には、明らかに人工物と分かる機械のような何かが浮かんでいる。
静かに、だが確かに。
『それ以上は――協定違反にあたります』
感情の起伏を一切感じさせない、淡々とした声。
その“光球”は、この場を支配しようとしていたヘルに向かって、そう告げた。
――そして。
次に放たれたヘルの言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
「ふん……分かってるわよ」
一瞬、未練を孕んだ沈黙。
『“ウォッチャー”の管理者さん』
(えっ……ウォッチャー!?)
「鬼頭さん。今、ウォッチャーって言いましたよね?」
「ああ……あの光球が、ウォッチャーだとでもいうのか? だが、“管理者”とは、どういう意味だ……?」
俺と鬼頭さんのやり取りをよそに、ウォッチャーと呼ばれた光球が告げる。
『では、このエネルギーはこちらで処理しておきます』
次の瞬間。
ヘルの上方に生まれていた巨大な黒点が、歪むように揺らぎ――
一瞬にして、その全てが光球へと吸い込まれていく。
あれほどの圧倒的なエネルギーが、一瞬で消失した。
「なっ……!? あのエネルギーを、吸収した……?」
横を見ると、鬼頭さんも驚きを隠しきれない表情で、空間を睨んでいる。
そして――
ウォッチャーと呼ばれた光球は、何事もなかったかのように、再び音もなく消え去った。
「……まったくもう、興ざめよね」
ヘルが肩をすくめ、つまらなさそうに吐き捨てる。
「まあ、でも……ちょうど“目的の物”が見つかったって連絡も入ったし。今日はこれで失礼するわね」
妖艶な笑みを浮かべ、こちらを振り返る。
「……せっかくだし、付き合ってくれたお二人には、お土産を置いていってあげる」
一瞬、愉快そうに目を細め――
「せいぜい、頑張ってね」
そう言い残すと、ヘルの身体は黒い渦に包まれ――
そのまま、闇の中へと溶けるように消えていった。
そして、入れ替わるように。
黒い渦の奥から、体長三メートルほどの“影”が姿を現す。
頭には、大小四本の小さな角。
顔には、三対――六つの目。
人の形をしていながら、人ではない。
圧倒的な威圧感を放つ巨人が、そこに立っていた。
――息をつく間もなく、第二ラウンドが始まった。




