49 厨二病全開バトル!
俺たちは、家の裏庭でヘルと睨み合っていた。
背後には小川が流れ、棚田には、青々とした稲が一面に広がっている。
――ヘルが、静かに手をかざす。
その瞬間、地面に無数の黒い渦が出現した。
渦の奥から、次々と小鬼が這い出してくる。
小鬼の全身を黒い靄が包み込み、黒々と揺らめいていた。
「神楽! この女は俺が相手する。お前は、小鬼どもを頼む」
「了解です!」
短く応じた、その直後。
「あら、私のお相手はあなたなの?」
ヘルは楽しげに視線を鬼頭さんへ向ける。
「神楽くんとも遊びたかったんだけど」
そう言って、妖艶に微笑んだ。
――次の瞬間。
鬼頭さんが大地を蹴り、ヘルへと迫る。
それを合図に、戦闘が始まった。
俺も即座に迎撃態勢に入ると、襲いくる小鬼を念装で強化した拳で殴り飛ばす。
錐揉み状態で吹き飛んだ小鬼は、群れに衝突し、数匹が霧となって飛散した。
続いて、空から襲いかかる個体を念動で拘束しようとするが――
体を覆う黒い靄に弾かれる。
「くそっ……やっぱり駄目か」
その攻撃をギリギリでかわし、小鬼が地面に着地したところを力任せに踏み潰す。
一匹一匹はそれほど強くない。
だが、数が多い。
相手もそれを理解しているのか、数匹単位で連携し始めた。
四方と上空から、同時に仕掛けられる攻撃。
俺は一瞬だけ念装を解除し、瞬間移動でその攻撃を回避。
再び念装を纏い、着地と同時に群れをまとめて蹴り飛ばす。
周囲を見ると、分家の人たちも連携して小鬼と戦っていた。
さすが鬼頭さんの言う通り、皆戦闘慣れしていて危なげがない。
「こっちは……今のところ油断さえしなければ大丈夫そうだな」
視線を鬼頭さんの方へ向けると、ヘルが大きな鎌のようなものを構えているのが見えた。
銀髪・緋眼 vs 黒髪ドレスに大鎌。
(……厨二病全開だな!)
思わず、心の中で突っ込む。
だが、そんな軽口とは裏腹に、戦闘は激烈を極めていた。
鬼頭さんは、ヘルの振るう大鎌を避けもせず掴み取り、空いた腕でストレートを叩き込む。
ヘルはその拳を、余裕の表情でバク宙してかわす。
大鎌を素手で掴むとか……それに、あのパンチを余裕で躱す身体能力。
――両方とも、ヤバすぎだろ。
とりあえず、あっちは鬼頭さんに任せるしかない。
俺は俺で、小鬼を何とかしないと。
……しかし、何匹いるんだよ。
まさかとは思うが、無限湧きとか言わないよな?
未だに黒い渦から湧き続ける小鬼を睨みながら、俺は思わずぼやいた。
◇◆◇
――神楽たちが戦闘に突入した、ちょうどその頃。
別の場所でも、事態が静かに動き始めていた。
「ねえ茜ちゃん。次は、こっちのお店に入ろうよ!」
「うん。でも真琴ちゃん、そんなに買って大丈夫なの?」
「ふふん。最近、臨時収入が入ったんだよね〜」
「そうなんだ、それなら安心ね」
「でしょ? じゃあ次はここ!」
私は今、茜ちゃんを誘ってショッピングに出かけている。
神楽先輩から連絡を受けてから、できるだけ茜ちゃんと一緒に行動する。
そう決めて、私は急遽実家からこちらに戻ってきた。
茜ちゃんの隣には、狛狐の鈴ちゃんと結ちゃんも同行している。
護衛……というより、半分は食べ歩き要員なんだけど。
ちなみにブッチくんも誘ったけど、どうしても今はVTuberの仕事で手が離せないらしい。
可愛いカッパのアバターと語り口調が人気みたいで、子供から大人まで楽しめるオカルト番組を中心に、登録者数も着実に伸びているみたい。
――ここだけの話。
ROOTSの機密情報を漏らさないように、現在“監視対象”になっていることを、本人はかなり不満がっていた。
……でも、これまでの行動を考えれば、仕方ないと思うよ。ブッチくん。
そんなこんなで、ショッピングを楽しんでいると、向かう先で人だかりができているのが目に入った。
「何かあったのかな?」
「……わずかじゃが、邪悪な気配があるのう」
鈴ちゃんが、低くそう告げる。
私と茜ちゃんは顔を見合わせ、警戒しつつ人混みに近づいた。
そこには、足から血を流した女性が倒れていて、誰かが介抱している姿があった。
そして――その先。
ビルの上に、人影が見えた。
(え? ビルの上に人?)
真っ赤な髪が風に煽られ、大きくなびいている。
相手の姿は見えないけど……誰かと戦っているように見えた。
しかし、次の瞬間その姿はビルの影に消えて見えなくなった。
幸い、周囲の人たちは怪我人に気を取られていて、その異変に気づいた様子はないみたい。
「ねえ、茜ちゃん」
私が声をかけると、茜ちゃんは即座に頷いた。
「鈴、お願い」
「任せるのじゃ」
鈴ちゃんはそう言って、赤髪の女性を追って駆け出していく。
私たちは、道に倒れている女性の元へ向かう。
幸い、意識はある。
話を聞くと、足に急な痛みを感じたと思ったら、荷物を奪われたのだという。
その女性を介抱していた、別の女性にには見覚えがあった。
ROOTSの施設で見かけたことがある。
「あの……ROOTSの職員の方ですよね?」
声をかけると、その女性は一瞬驚いた表情を見せる。
「あなたは……?」
「あ、えっと。中央支部で鬼頭さんの班に所属している、藤宮って言います」
「え? 藤宮さん……? じゃあ、もしかして“ミョルニル”の?」
私は左腕につけた、金色のブレスレットを見せた。
「なるほど……あなたが、そうなのね」
女性は納得したように頷き、思い出したように続ける。
「そうだ。この近くに、銀髪の女性がいるはずなんだけど……見かけなかった?」
銀髪?
赤髪なら見たけど……。
「赤髪の人なら、見ましたけど……」
「その人です!」
答えたのは、ROOTSの職員ではなく、足を負傷して倒れていた女性だった。
「……その方は、鬼灯 凛さん。鬼頭さんのお姉さんです」
「えっ……鬼頭さんのお姉さんなんですか?」
「はい。今回、凛さんは“とある荷物”を運んでいた私の護衛をしてくれていたんです」
女性の話によると――地元へ荷物を運ぶ途中で襲撃を受け、荷物を奪われたらしい。
そして、その犯人を追って、鬼頭さんの姉――鬼灯 凛さんは、単身で追いかけたのだという。
「お願いします……! 凛さんを、手伝ってあげてください!」
倒れていた女性は、痛みをこらえるように歯を食いしばりながら、必死に訴えた。
「あの荷物は……私たち一族にとって、本当に大事なものなんです」
声が震え、目に涙がにじむ。
「どうか……お願いします!」
私は一瞬、茜ちゃんの方を見る。
茜ちゃんは何も言わず、静かに、でも強く頷いた。
――答えは、決まっていた。
「分かりました」
私は、はっきりと告げる。
「あ、ありがとうございます! じゃあ、これを持っていってください」
そう言ってオレンジ色のハンカチを手渡してくる。
「えっと、これは?」
「それを見せれば、味方だと信じてくれると思います」
「わかりました。お借りしますね」
私は、そのハンカチを受け取りポケットにしまう。
「じゃあ、私たちは凛さんのところへ向かいます。今、仲間の子が追ってくれているはずなので」
そう言って私は立ち上がる。
ROOTSへの連絡は、職員の女性に任せた。
状況の説明も、応急処置も、ここは任せていい。
そして――
私と茜ちゃん、結ちゃん。
それから、先に走り出した鈴ちゃん。
鬼頭さんのお姉さん――
鬼灯 凛さんを追って、駆け出す。




