48 望まぬ再会です
翌日。
俺たちは、宝物の隠し場所を知るという、鬼灯家の分家を訪れていた。
「それで、その時の様子を教えてもらえるか?」
鬼頭さんの問いかけに、首に包帯を巻いた顔色の悪い女性が答える。
包帯には血が滲んでいて、襲撃で際に負ったものだろう傷が痛々しい。
彼女は鬼灯家の人間ではなく、雇われのお手伝いさんだった。
「夕飯の買い出しから帰ってきた時でした。外出する時には、確かに閉めたはずの玄関の扉が……開いていたんです」
「その時、家には他に誰かいましたか?」
「いいえ。その日は、旦那様も奥様も外出中でした。だから、おかしいなとは思ったんです」
お手伝いさんは、少し言葉を選ぶように続ける。
「最初は……どちらかが予定を変えて帰ってきたのかと思いました。でも、呼んでも返事がなくて……」
そこで、彼女は一度言葉を詰まらせた。
「怖くなって、奥様に連絡しようと携帯を取り出そうとした時です、急に後ろから首を締め付けられて……そこからの記憶が、ありません」
――絞め落とされた、ということか。
「その首の傷は……その時に?」
「はい。振りほどこうとして、必死に抵抗した時の傷です……」
鬼頭さんが、少し声を落として尋ねる。
「顔色がすぐれないようだが……大丈夫か?」
「すみません。傷自体は大したことないんですが……思い出すと、今でも怖くて……」
そう言って、女性は肩を震わせ、視線を落とした。
「辛いことを思い出させてしまって申し訳ないが……犯人の姿は、見ていないのか?」
「はい……後ろから襲われたので……」
「そうか……ありがとう」
被害者への聞き取りを終えたあと、俺たちは家の中を一通り調べさせてもらった。
屋根裏が荒らされていて、ここに保管されていた文献が盗まれたらしい。
「分家の人の話では……ここにあった文献は、宝物そのものとは直接関係のないものみたいですね」
「……ああ」
鬼頭さんの返事は、どこか歯切れが悪い。
「どうかしたんですか?」
「いや……ちょっとな」
そう言ったきり、鬼頭さんは黙り込む。
視線の先は――先ほど証言してくれた、お手伝いさんだった。
彼女は今も具合が悪そうに椅子に座り、分家の奥さんが心配そうに寄り添っている。
その様子を、鬼頭さんはじっと見つめていた。
そして、何の前触れもなく――歩き出す。
「すまないが……その首の包帯を、取ってもらえないか?」
「ちょ、ちょっと……鬼頭さんっ!」
その一言に、家の中にいた全員が、言葉を失った。
空気が、一瞬で凍りつく。
当然、その発言に分家の人たちから非難の声が上がる。
だが鬼頭さんは、それらを意に介した様子もなく続けた。
「首を絞められたと言ったな?」
静かな声。
「なら――なぜ、お前は生きている?」
「え……?」
確かに――。
普通の物取りなら、不思議ではない。
だが、相手が“普通じゃない”存在だった場合、生かしておく意味などない。
実際、先代――鬼灯家の祖父は、殺されている。
「……どうした?」
鬼頭さんの問いかけに、お手伝いさんは俯いたまま動かない。
そして。
「…………クククッ」
押し殺すような、だが明らかに“先程聞いたお手伝いさんの声ではない”笑い声が、室内に響いた。
「……やっぱり、バレちゃったわねぇ」
すると、彼女の体を黒いベールが包み込む。
ゆっくりとベールがめくれていくと、そこには別の女が立っていた。
半透明の黒いドレスの裾が揺れ、スリットから青白い肌がのぞく。
黒いロングヘアの隙間から覗く眼は闇よりも暗く、その身から放たれる妖艶さは、見る者すべてが目を奪われるほどだ。
その女を見た瞬間、心臓が跳ねた。
口元は笑っている。
だが、その瞳は――氷のように冷たい。
そして何より、その顔には見覚えがあった。
「……美零!」
俺の叫びに、鬼頭さんが即座に身構える。
「直接話すのは、初めてね。神楽 隼人くん」
「……!? やっぱり、俺たちを調べてたのはお前か!」
「ふふ。だって、“ヨル”が負けたって聞いて……興味が湧いちゃったんだもの」
「ヨル? ……誰だそいつは」
俺の返答に、美零が微笑んだ。
「あら、そうだったわね。……あなたたちが“2E”と呼んでいる存在のことよ」
2E、その名前に場が凍りつく。
「彼の本当の名前は“ヨルムンガンド”っていうの」
一拍。
微笑みを浮かべたまま、告げる。
「そして、私は美零じゃなくて“ヘル”よ……覚えておいてね」
ヨルムンガンド。
ロキ。
そして――ヘル。
それって……確か、北欧神話に登場する“神”の名前じゃなかったか?
隣を見ると、鬼頭さんはいつになく険しい表情をしていた。
その体から、ゆらゆらと銀色の光が立ち上っている。
……あれは、前にも見た。
確か、鬼頭さんが変身する前兆。
俺の胸の奥でも、心臓が嫌な速さで脈打ち始めていた。
美零――いや、“ヘル”が正体を明かした瞬間から、嫌な予感は一気にMaxだ。
これはまずい。
理屈じゃない、本能がそう告げている。
「それで……お前たちは鬼灯家の宝を手に入れるのが目的か!」
「そうよ。ヨルが話したとは思うけど。手に入れて封印するのが目的よ」
ヘルは、まるで当然とでもいうように肩をすくめる。
「だから、おとなしく――あなたたちが隠している“遺物(宝物)”を渡してもらえると助かるのだけど?」
「渡さなければ……殺してでも奪う。そういうことか?」
「ああ、あのお爺ちゃんのこと?」
軽い口調。
ぞっとするほど、軽い。
「最初は殺すつもりはなかったのよ? でも、先に手を出したのは向こうだもの。これって――正当防衛よね?」
「……白々しい!」
「大人しく、渡してくれるつもりはないみたいね……」
ヘルは小さくため息をついた。
「じじいを殺されて……はいそうですか、なんて渡せるわけがないだろう!」
「はぁ。ヨルが言ってた通りね」
その視線が、冷たく細まる。
「人間って……やっぱり話が通じないのかしら?」
次の瞬間。
鬼頭さんの体が、さらに輝き始めた。
「あらあら……」
ヘルは楽しそうに目を細める。
「どこか懐かしい気配がすると思ったら……あなた“大嶽丸ちゃん”の血が入ってるのね」
その言葉と同時に、彼女の体から黒い靄が溢れ出した。
「神楽!」
鬼頭さんが叫ぶと同時に、オニへ変身する。
銀髪はさらに白く輝き、額からは、赤い二本の角が生えた。
「はい!」
俺は即座に念装を展開し、構える。
――そして、ついに“ヘル”との戦闘が始まった。




