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47 一族が守り抜いたもの

 住職――鬼灯 勲の話によると、事件が起きたのは逢魔時(おうまがとき)。


 寺を囲むように張り巡らされている法力の範囲内で、異変が感知された。

 それを確認するため、先代――つまり鬼頭さんの祖父が現場へ向かった直後、事件は起きたらしい。


「その日、儂は地域の会合で寺を空けておった」


 住職は静かに語る。


「最近、この周辺で“サルのような獣”の目撃情報が増えていてな。その対策を話し合うための集まりだった」


 サルのような獣――。

 ……小鬼のことじゃないのか?


「会合は長引き、終わったころには日もすっかり落ちておった。寺に戻った儂は、すぐに異変に気づいた」


 住職は、そこで言葉を区切る。


「常時巡らせている法力の一部が……消えておったのだ」


 そう言って、住職は机の上に境内の見取り図を広げた。


 本堂。

 山門。

 住居。

 そして、宝蔵。


 四箇所に、印が付けられている。


「この四箇所が、法力の発生源だ。だが今回――事件が起きた宝蔵の法力だけが、無効化されておった」


「あの法力が……簡単に無効化されるとは思えないが」


 鬼頭さんが、低く疑問を口にする。


「……宝蔵の周囲には、小鬼の死体が無数に転がっておった」


「物量で押し切った、力任せの突破か……」


「そして――」


 住職の声が、わずかに震える。


「その死体の中心で、先代が倒れておった」


 住職の表情が、怒りに歪んだ。


「敵の目的は、恐らく――寺の宝物じゃろう」


「宝物というのは……例の映像のことですか?」


「いや、それとは別の物だ」


 そう言って住職はいったん話を切り、さらに一段トーンを落として続けた。


「寺の宝物は――三明の剣《さんみょうのけん》のひとつ、顕明連(けんみょうれん)」


「三明の剣……顕明連、ですか?」


「うむ。天候を操り、空を飛ぶ――超自然的な力を振るう。そう言い伝えられておる『魔具』だ」


 ……天候を操る。


 また話のスケールが、大きくなりやがった……。

 俺は内心で愚痴を言いながら、思わず小さく息を吐いた。


「それで……その剣は、無事なんですか?」


「ああ。元々、この寺には置いていない。……別の場所に保管してあるからな」


「そうですか……」


 思わず、胸をなで下ろす。


「だが――」


 住職の声が、低く落ちた。


「敵の襲撃が、これで終わりとは思えん。宝物を見つけるまでは、襲ってくる可能性が高い」


「……何か、兆候でもあるのか?」


 鬼頭さんが、表情を変えずに問い返す。


「最近、全国で頻発しておる小鬼の出現……そのすべてが、鬼灯家の関係者が住む地域で起きておる」


 ――点だったはずの出来事が、一本の線で繋がった。


 最近頻発していた小鬼事件。

 それが、ここにきて、はっきりと意味を持ち始める。


 ……狙われているのは、宝物の在り処を知っている可能性のある鬼灯家の人間だ。

 少しづつだが、事件の輪郭が見えだした気がする。



 ◇◆◇



 鬼頭さんの実家で事件の話を聞いたあと、俺たちは予約しておいた民宿へ向かった。

 最初は実家に泊まるのかと思ったけど、あの様子を見る限り……まあ、ありえないか。


「お爺さんの葬儀は、たしか明々後日でしたよね?」


「ああ。明日くらいから、一族の連中も集まってくるだろう」


「住職の予想が正しければ……そこを小鬼が襲ってくる可能性もありますよね」


「そうだな。もっとも、鬼灯家の人間は血の影響で、総じて戦闘力が高い。ただの小鬼程度なら、そう心配はいらん」


 一族全員が戦闘力高めとか……。

 どんな一族だよ。怖すぎるんだが!


「……まあ、じじいを殺った“やつ”が出てこなければ、だがな」


 鬼頭さんの祖父――先代の力は、相当なものだったらしい。

 変身後の鬼頭さんには及ばないにしても、少なくとも“変身前”の状態で敵う者は、まずいなかったという。


 だけど――殺害された。


 住職の話によれば、先代の遺体には争った形跡が一切なかった。

 そして司法解剖の結果、判明した死因は――ショック死。


 強者が、戦わずして死んでいた。

 その事実が、この事件の異常さをはっきりと物語っている。

 普通の敵でないことは、もはや確実だった。


「俺は風呂に入ってきますけど……鬼頭さんはどうします?」


「俺は一度、ROOTSに連絡を入れる。お前は先に入ってろ」


「わかりました」


 民宿の風呂は、大きくはないものの、最近リニューアルしたらしく、サウナまで完備されていた。


 俺はサウナに腰を下ろし、じんわりと汗をかきながら、これまでの一連の事件を振り返る。


 小鬼の大量発生。

 その原因には、鬼灯家が保有する宝が関係していた。


 一族への襲撃。

 そして――その裏で暗躍する“何者か”。


 ふと、黒いロングヘアの女の顔が脳裏に浮かぶ。


 ――美零。


 やはり、今回の事件に絡んでくるのだろうか。


 映像技術など存在しない時代の映像に映っていた女。

 あれが、テレビの収録で見た美零と同一人物だとするなら――。


 2Eに匹敵するほどの、強敵である可能性は高い。

 そんな嫌な予感――いや、もはや予感というより、確信に近い感覚があった。


 理由は分からない。

 ただ、俺のこの感覚は毎回当たるんだよな……。


 ……俺はその嫌な考えを振り払うように、水風呂へと身を沈めた。


「ふぅ〜」


 思わず、間の抜けた声が漏れる。


 結局、俺がサウナに入っている間、鬼頭さんが風呂場に姿を見せることはなかった。



 ◇◆◇



「……それは本当か!」


 部屋に戻ると、鬼頭さんは誰かと通話していた。


「分かった。明日の朝、そっちへ向かう」


 俺は鬼頭さんが電話を切るのを待って話しかける。


「どうかしたんですか?」


「ああ。今、連絡があってな。複数の分家が襲われた」


「えっ……!? 大丈夫なんですか?」


「どこも怪我人は出ているようだが、全員無事だ。……どうやら奴ら、手当たり次第に関係者を襲い始めたらしい」


 本命である寺に宝物がないと分かった。

 だから、別の家を狙った――おそらく、そういうことだろう。


「だが、問題は別にある」


 鬼頭さんの声が、わずかに低くなる。


「襲撃に遭った全ての分家から……多数の文献が消えている」

「文献、ですか?」


「ああ。そして家を出た俺は知らなかったが……その襲われた分家の中に、宝物の保管場所を“知っている家”があることが判明した」


「え……!? じゃあ、まさか……その文献に宝物の隠し場所が?」


「いや、その分家の話ではそれはないそうだ。――だが念のため宝物の隠し場所を変更するつもりらしい」


「隠し場所を……変更?」


 嫌な予感が、背中を這い上がる。


「それって、逆に危険じゃないですか?」


「ああ、俺も忠告はしたんだが聞く耳を持たん。どうやら凛が向かったらしいが、ROOTSにも連絡して警護と監視を依頼するつもりだ」


 その話を聞いた瞬間、俺の胸の奥に、はっきりとした違和感が生まれた。


 ――何か嫌な予感がする。


 敵の手のひらの上で、踊らせれているんじゃないか。

 そんな、漠然としているのに拭えない疑念が、ゆっくりと形を持ち始めていた。

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