45 変身はやっぱりかっこいい!
「神楽! もっと早く走れ!」
「分かってますけど、俺たち――めちゃくちゃ注目浴びてますよ!」
「一般人から見りゃ、町中を全力疾走してる怪しい奴らだからな」
美零の事務所を出た俺たちは、いったん情報を整理しようと近くの喫茶店へ向かおうと歩き出した。
だが、数分もしないうちに異変に気づく。
――付けられている。
事務所を出てから、ずっとだ。
視線は感じない。だが、確実に“気配”だけが途切れない。
「……まだついてきますね」
鬼頭さんが低く呟く。
「そこの地下駐車場に入るぞ!」
俺たちは建て替え中のビルに併設された駐車場へと飛び込んだ。
バリケードを乗り越え、中へ滑り込む。
営業していないのだろう。
内部は明かりひとつなく、空気がひどく冷たい。
――背後。
入口から差し込むわずかな光を背にして、黒い影が三体、静かに姿を現した。
その姿は、上半身が異様に発達したサルのような化け物。
そして、頭には一本の角が生えている。
そう、今回の事件と関係があるとされる小鬼だ。
「ケケケッ」
三体の中でも、ひときわ体格の大きい一体が、こちらを嘲笑うように不気味に笑う。
「鬼頭さん。笑われましたよ」
「ああ。不愉快だな」
俺は即座に『念装』を発動し、一番大きな個体へと突撃する。
だが――
そいつは手に持った棒を掲げ、小さく何かを呟いた。
次の瞬間、俺に向かって黒炎が放たれる。
「うおっ……あっぶねぇ!」
紙一重でかわした。
だが、やつは間髪入れずに二発、三発と黒炎を連射してくる。
「ケケケッ……」
「……くそ、近づけないな」
瞬間移動で距離を詰めるか――?
いや――だめだ。
瞬間移動を使うには、『念装』を一度解除しなきゃならない。
あの黒炎……おそらく、生身で触れたらヤバい気がする。
防御を捨てるわけにはいかない。
当然、同時使用できるか、何度も試してきた。
だが相性が最悪なのか、一度として成功したことはない。
――つまり、今はこのまま凌ぐしかない。
俺は黒炎を必死にかわしながら、反撃の隙を探す。
少し離れた場所では、鬼頭さんが二体を相手にしていた。
危なげなく戦ってはいるが、どうにも決め手に欠けている。
二体は連携し、それぞれ近距離と遠距離から、同時に攻撃を仕掛けているようだった。
「鬼頭さん! こいつら今までのやつらと違いますよ!」
「そうだな。思いのほか、めんどくさい攻撃をしてきやがる。……間違いなく上位種だ」
試しに、いつも通り念動で拘束を試みる。
だが――弾かれた。
こいつらの体を覆っている黒い靄。
どうやら、打撃ダメージを軽減するだけじゃない。
念動そのものを弱体化させているらしい。
打撃と念動が通らないなら……斬撃? 突き?
――いや、無理だ。
そんな武器、持ってない。
鬼頭さんの銃ならダメージが通りそうだが、二体が連携して動いているせいで、狙いを定める前にかわされてしまっている。
このままじゃ、ジリ貧だ。
――その時。
「……ったく、めんどくせぇ。これをやると、次の日、体中が痛ぇから……正直やりたくなかったんだがな」
鬼頭さんがそう呟いた瞬間、背筋をゾクリと、冷たいものが這い上がった。
鬼頭さんの体から、鈍色の光が滲み出す。
それは脈打つように揺らぎ、やがて銀色へと変わっていった。
全身が銀に染まった、その瞬間。
鬼頭さんの肌は白く変わり、銀髪はさらに色を失って、淡く発光しているかのように見える。
そして――
頭部から、二本の緋色の角が、はっきりと姿を現した。
――オニ。
だが、ダイダラのような凶悪さはない。
それどころか、どこか神聖とすら感じられる気配をまとっている。
ゆらゆらと立ち上る闘気のようなものに触れた瞬間、小鬼の拳が、まるで存在を否定されたかのように消滅した。
鬼頭さんは、そのまま小鬼の頭を鷲掴みにする。
掴まれた小鬼は、最初こそ必死に暴れていた。
だが抵抗は長く続かない。
やがて力が抜け、全身がだらりと垂れ下がった。
それを見たもう一体の小鬼が、距離を取ろうと後退する。
だが次の瞬間――
鬼頭さんの姿が、一瞬ぶれた。
気づいたときには、もう一体の小鬼の胸から、手刀が突き抜けていた。
「……まじかよ」
思わず、声が漏れる。
(やっばいな……あれ)
圧倒的すぎる光景に、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
「こっちは、片付いたぞ」
「はい。こいつ……攻撃があまり効かなくて」
「あまり、だろ? そういう時は力技って相場が決まっている」
……うわ、完全な脳筋発言だ。
オニに変身すると、性格まで少し変わるのか?
「わ、分かりました……やってみます!」
そう返事をして、俺は小鬼に突っ込んだ。
「クケケッ」
小鬼は逃走を図ろうと、入口を塞ぐ俺に向けて黒炎を放ってくる。
だが速度はそれほどでもないし、軌道も直線的だ。
――見えれば、避けられる。
そのまま懐へ飛び込み、拳の『念装』に力を集中させる。
そして、力任せに叩きつけた。
黒い靄に触れた瞬間、力を軽減される感覚が伝わる。
だが、構わず全力で振り抜く。
「クケ……ケッ……」
小鬼の体が吹き飛び、壁へと激突した。
そのまま間を詰め、連打を叩き込む。
「ふう、こんなもんかな」
壁にめり込んだ小鬼は、ぴくりとも動かない。
振り返ると、鬼頭さんはすでに元の姿に戻っていて、こちらへ歩いてきていた。
「ご苦労さん」
「鬼頭さんも、すごかったですね……。何なんですか、あの変身」
「あれが、俺が受け継いだオニの力ってやつだ」
「普段と違って、完全にインファイターなんですね」
「ああなると、細かい力の調整が効かん」
そう言ってから、鬼頭さんは胸部にぽっかり穴の空いた小鬼に視線を向ける。
「よし、じゃあ予定どおり一度中央支部に戻るぞ」
「了解です」
事後処理班へ連絡し、小鬼の処理を頼んだ後、俺たちはROOTS中央支部へと向かった。




