44 覗き覗かれ?
ROOTSでのブリーフィングを終えた翌日、俺たちは美零の情報を得るために、テレビ局内にあるカフェに来ていた。
テーブルを挟んで俺と鬼頭さんの向かいには、深く帽子をかぶり、サングラスをかけた女性と、スーツ姿の大人びた女性が座っていた。
「もう仕事に復帰したのか?」
俺の問いかけに、帽子の女性が小さくうなずく。
「ええ。お陰様で、問題も片付いたしね」
俺たちの向かいに座っているのは、今話題の人気アイドル――
“かがみん”こと、鏡見 茜だ。
死猿事件の後、家のことは任せて夢を追いかけなさいという母親の後押しもあり、彼女は早々に芸能界へ復帰している。
その際、父親はかなり難色を示したらしい。
だが最終的には、母親の一言――
「いい加減、子離れしなさい」
その言葉に押し切られる形で、渋々折れたそうだ。
もう一人。
鏡見の隣に座っているのは、鏡見の世話役兼マネージャーであり、鏡見家の人間でもある女性だ。
――そして。
「鈴よ、この“ミルクレープ”とやらは何じゃ?」
「ふむ……甘味じゃな。牛の乳から作ったクリームと薄い生地が層になっていて絶品じゃ」
そんな具合に、すでにミルクレープの話題で盛り上がっているのは、鏡見の世話役兼護衛である白狐の“鈴”と“結”だ。
「茜よ、このミルクレープなるものが食べたいのじゃ」と、結。
「はいはい。二人(匹)で一つでいい?」
「うむ、かまわぬ」
鏡見は、二匹の要求に苦笑混じりの微笑みを浮かべて答える。
「……どっちが世話をしてるのか、分からないな」
俺が思わずそう呟くと、二匹がすかさず反論してきた。
「一般人には我らは見えぬのじゃから、仕方なかろう」
「ごもっともで」
そう言って、俺は肩をすくめる。
見えていたとしても、いきなり狐が喋ったら大騒ぎになるしな。
「それで、神楽くんは――美零さんの事を聞きたいんですよね?」
事件以降、鏡見は俺のことを“さん”から“くん”呼びに変えた。
……まあ、それだけ気を許してくれている、ということなんだろう。
「ああ、ちょっと仕事の調査でな」
そう答えながら、隣に座る鬼頭さんへ視線を向ける。
鬼頭さんは注文したコーヒーを飲みつつ、俺たちのやり取りを黙って聞いている。
だが先ほどから、店内の女性客の視線をやたらと集めていた。
「ねえ、あの人……タレントさんかな?」
「海外の俳優とか?」
そんなひそひそ声が聞こえてくるが、当の本人はまったく気にしていない様子だ。
そんな中、鬼頭さんに鏡見が視線を向ける。
「鬼頭さんって、真琴ちゃんから“変わった人”って聞いてたから、どんな人かと思ってたんですけど……すごく格好いいんですね」
そう言われた鬼頭さんは、眉間をぴくりと動かして呟いた。
「あいつから“変わった人”なんて言われるのは心外だな」
「同感です」
俺も即座に同意する。
その様子を見て、鏡見がくすっと笑う。
「あ、話が逸れてごめんなさい。美零さんなんですけど……最近、連絡が取れなくなってるみたいなんです」
「連絡が取れない?」
「はい。局の人にそれとなく聞いたんですけど、例の収録が終わった後から、みたいで」
「俺はタレント事情に詳しくないんだけど……経歴はどんな人なんだ?」
「うーん……私もあまり詳しくはないけど、欲沼Pが連れてきた人みたいですよ」
欲沼Pといえば――
タレントへの強要やハラスメント疑惑で、今まさに訴訟を起こされているはずだ。
確か、ニュースで見た記憶がある。
「そういえば……鈴が前に、美零のことを“只者じゃない”って言ってたよな?」
「うむ。うまく力を隠しておったがな。
おそらく妖――もしくは、神に近い存在やもしれん」
「おいおい……また神かよ」
「可能性の話じゃ。だが、関わるなら用心に越したことはなかろう」
……最近、関わる事件が大ごとになりすぎてないか?
これも、俺の能力(巻き込まれ体質)が少しずつ上がってきているせいなんだろうか。
「はぁ……分かったよ。お願いしておいてなんだけど、鏡見もこれ以上、美零を探るのはやめてくれ」
「うん、分かったわ。神楽くんたちも気をつけてね」
その後、美零の事務所の場所を教えてもらい、俺たちは鏡見と別れた。
「鬼頭さん、どうします? 美零の事務所、行ってみます?」
「そうだな……空振りの可能性もあるが」
◇◆◇
美零の事務所は、オフィス街の中心にあるビルの一室だった。
「ここですね。連絡もつかないし、アポ無しですけど……」
インターホンも無いため、ノックをしてドアを開けようとした瞬間、抵抗を感じた。
この感覚……以前、結の祠に施されていた封印結界と似ている。
俺はそのまま、少しだけ力を込めた。
――バチンッ!
乾いた音とともに、抵抗が弾ける。
「鬼頭さん、封印ですね」
「ああ。気を引き締めろ」
俺たちは慎重に、扉を開いた。
中には机が一台。
その上にノートパソコンが置かれているだけだった。
二十~三十人は余裕で入れそうな広さの部屋。
それに対して、あまりにも不自然。まったく物がない。
「これって……」
「おそらくダミー会社だな。とりあえず、そのパソコンを調べてみるか」
鬼頭さんはROOTSの専用端末を取り出し、ノートパソコンに向ける。
「トラップの類は無さそうだ」
そう言って調査を始めるが――当然、すんなりとはいかない。
「ですよね……IDとパスワード、設定してますよね」
「ふん。問題ない」
鬼頭さんは端末を操作し、本部と通信を繋ぐ。
次の瞬間、パソコンの画面が暗転し――
そのまま、デスクトップ画面が表示された。
「えっと……何をしたんですか?」
「さあな。詳しいことは知らんが、専門の部署がある」
こんな技術があるなら、一般のセキュリティなんて飾りだな。
(……家に帰ったら、余計なファイルは全部消しておこう)
パソコンの中には、テレビスタッフやタレントの個人情報が大量に記録されていた。
美零が出演した番組関係者のデータも、ほぼ網羅されているようだ。
欲沼P。
Mr.崎。
鏡見――。
年齢、住所、電話番号。
どうやって調べたのか分からない、怪しい情報まで揃っていた。
さらに、芸能界の噂話のログ。
欲沼Pのハラスメント疑惑についての記録もある。
「……テレビ関係者の情報ですね」
「ああ。情報を集めていたんだろう。そして、この情報を元に接触していった」
そのとき、別フォルダに保存された数枚の写真が目に入った。
「え……!?」
そこに写っていたのは――俺と藤宮。
さらに一般人には見えないはずの妖狐、鈴の写真まであった。
「……既に、感づかれていたようだな」
「怪しまれていた……?」
「あるいは――最初から、お前たちが狙いだったのかもしれん」
その言葉を聞いた瞬間、背筋に冷たい汗が流れた。
「あくまで可能性の話だ。だが、警戒はしておいたほうが良いだろう」
俺はその一言を噛みしめるように、静かにうなずいた。




