43 ふたりの鬼たち
『――祖父が殺されたわ』
その言葉に部屋の空気が凍りつく。
「じじいが殺された? 誰にだ」
「犯人は調査中よ」
鬼頭さんの問には驚きと怒りが入り混じっている。
「あなたは家と縁を切ってるのに、気になるの?」
「それとこれとは別だ!」
短く言い切る声に、怒気が混じる。
鬼頭さんの祖父が殺された?
しかも、“家と縁を切っている”?
――情報量が多すぎて考えが追いつかない。
「じゃあ、初めて聞く人もいるでしょうから、私たち鬼灯家の事情から説明するわね」
鬼灯さんは淡々とした口調で続ける。
「まず、鬼灯家は――オニの血を引く家系よ」
……オニ?
脳裏に、あの事件がよぎる。
ダイダラ事件で、俺たちが戦った“あのオニ”。
「そして、今代で最もその血を色濃く受け継いだのが――私と、蓮よ」
鬼頭さんが……鬼の血を引いている?
否定もない以上、冗談や比喩ではなさそうだけど……。
「血を受け継いだオニの名は――“大嶽丸”。かつて、鈴鹿御前の策略によって討ち取られたとされているわ。“悪行”を重ねた、悪鬼としてね」
その声には、抑えきれない怒気のようなものが混じっていた。
ちらりと鬼頭さんを見る。
腕を組み、表情はいつもと変わらない。
だけど、その沈黙が逆に重く感じられた。
「でも――真実は違う」
鬼灯さんは、はっきりと言い切る。
「大嶽丸は、鈴鹿の土地を朝廷から守ろうとしていただけ。本当は侵略に抗った存在だったのよ」
――朝廷はかつて、恭順しない勢力を坂上田村麻呂に征討させた。そして、その裏で朝廷を操っていたのが“鈴鹿御前”。
鬼灯さんが言うには、そういうことらしい。
鬼灯さんの碧い瞳が、冷たく細まる。
「彼女は、その美貌で朝廷をそそのかし、“大嶽丸は朝敵”という烙印を押させたのよ」
部屋に、重い沈黙が落ちた。
その沈黙を破るように、真神支部長が口を開く。
「ROOTSでも、過去の文献だけでなく、口伝やこれまで偽書として扱われてきた蔵書も調査した」
支部長の声は落ち着いているが、その口調は重い。
「その結果――大嶽丸を“善鬼”とする記述が、たしかに確認された」
場がざわつく。
真神支部長は、さらに続ける。
「加えて、今回、鬼灯家の家宝を確認させてもらった。その検証結果を踏まえ――ROOTSとしては、鬼灯家の主張を暫定ではあるが支持することを決定した」
次の瞬間、スクリーンに映像が映し出された。
それは、明らかに現代の日本ではない風景。
歴史の教科書で見覚えのある装束に身を包んだ人々。
――平安時代の、映像?!
(そんな馬鹿な……)
やがて場面は戦場へと切り替わる。
そして、そこに映し出された人物に、俺は強烈な既視感を覚えた。
「……美零」思わず名前が漏れた。
間違いない。
以前、藤宮に連れられてテレビ番組の収録に行ったとき、目にした女。
彼女が――今とまったく変わらぬ姿で映っていた。
しかも、その女は圧倒的な力で、頭に角を生やした大男が率いる軍勢を、一方的に殲滅していた。
「え……な、何ですか、この映像。明らかに、こんな技術が存在していない時代のものだと思うんですが……」
「まあ、そうだな」
真神支部長はうなずく。
「普通なら、偽物だと即断してもおかしくない」
だが、と言葉を切り、支部長は一拍置いて次の資料を表示した。
そこにあったのは――この映像の撮影者と思われる人物の署名。
『……|the Watcher』
その名を見た瞬間、俺は思わず声に出していた。
「そうだ」
真神支部長が、俺の呟きを受け取るように続ける。
「ROOTSとしては、“ウォッチャー”の情報の正確性について、一定の評価をしている」
確かに――これまでも。
ウォッチャーのもたらした情報は、事件の核心を正確に突いていたように思える。
今回も、この映像が何かを警告しているのだとしたら……。
「したがって今回、ROOTSは――鬼灯家前当主の殺害に、この“美零”という女性が関わっていることを前提に、調査を進める」
その言葉を受けて、鬼灯さんが一歩前に出た。
「祖父は、この映像を守護する役目を担っていたの」
低く、しかしはっきりとした声。
「そして、危険を察知した祖父は――事前に、この映像を私に送ってきたのよ」
鬼灯さんの言葉に、真神支部長が続く。
「それから――鬼灯くんに、地元に出現した小鬼のサンプルの提供を受けた」
そう言って、真神支部長は黒ずんだキャリーケースに目をやる。
「分析の結果、最近頻発している小鬼と、完全に同一個体であることが判明した」
「……つまり」
俺は言葉を選びながら口を開く。
「今回の事件と、小鬼の大量発生には関連がある、ってことですか?」
「ああ。そう考えている」
小鬼の大量発生。
歴史の改竄。
そして――ウォッチャー。
点だったはずの情報が、ゆっくりと一本の線で繋がっていく。
この事件は、簡単には終わらない。
そんな漠然とした、だけど確かな予感が胸に残った。
◇◆◇
ブリーフィングが終わると、鬼灯さんが俺に声をかけてきた。
「あなた、なかなか優秀なんだってね。よろしく頼むわ」
そう言って、丁寧に頭を下げる。
「それから、蓮」
呼ばれた鬼頭さんが、わずかに顔を上げる。
「祖父の葬儀。来たければ来なさい」
それだけ言い残して、鬼灯さんは部屋を出ていった。
残された沈黙の中で、鬼頭さんがぽつりと口を開く。
「……神楽。明日から、時間はあるか?」
「まあ、大学も夏休み中ですし。実家に戻るんですか?」
「ああ。悪いが――お前の手を借りたい」
そう言って、鬼頭さんはタバコに火を付けた。
その仕草はいつも通りなのに、どこか、覚悟を決めたように見えた。




