42 銀髪緋眼はかっこいい!
――遠くで、パトカーのサイレンが鳴り響いている。
橋の中央に、二人の男女が立っていた。
しかし、街灯に照らされたその表情は、対照的だ。
男は恐怖に引きつった表情で、瞳が泳いでいる。
一方の女は、そんな男へ怒気を隠そうともしない鋭い眼光を向けていた。
車が横を通りすぎても、誰ひとり、二人の異様さに気づく気配はない。
まるでそこだけが、世界から切り離されているようだ。
「おい、言う通りにしただろ!」
「私は“できる限り無傷で”って言ったんだけど?」
「だから“できる限り無傷で”運んできただろうが!」
男の足元には大きなキャリーケースが置かれていた。
わずかな隙間から液体が滲み、固まって黒ずんだシミとなって、ケースの側面にこびり付いている。
「はぁ……まったく。これだから、こんながさつな男に頼むのは嫌だったのよ」
「そ、そんなことより……早く金を寄越せ!」
「まぁいいわ。――次は“もっと丁寧に”運んできてよね」
女はため息をつきながら封筒を差し出す。
男はそれを奪うように受け取り、振り返りもせず走り去っていく。
橋に残されたのは、女と静まり返ったキャリーケースだけ。
「……ほんと、大丈夫かしらこれ」
見つめたケースが小さく震え、次の瞬間、中から獣のような低いうめき声が漏れた。
◇◆◇
「くそっ、鬼頭さん! こいつら切りがないですよ!」
「何だ、もう弱音か? 最近練習してる新しい能力を練習してるんだろ」
「無理ですよ! まだ力が安定してないの知ってるでしょ?!」
「ったく、感情で能力にムラが出るとか、めんどくせぇな」
「ちょっと! その言い方ひどくないですか!?」
「口動かす暇があったら、一匹でも多く倒せ」
鬼頭さんはタバコをふかしながら、片手で銃を構え淡々と小鬼を狙い撃つ。
弾丸に貫かれた小鬼は、悲鳴すらなく霧散して消えた。
俺は上空から飛びかかってくる小鬼を、薄く広げた念動で絡め取り、そのまま地面へ叩きつける。
小鬼は一瞬だけ形を保ったが、やがて存在を維持できなくなり霧散して消えた。
さらに、別の小鬼を『念装』で殴り飛ばす。
念装は俺が最近練習している能力で、念動で肉体を補助しつつ、力を全身に薄くまとわせることで衝撃を吸収する――
最近ようやく形になってきた技だ。
「っ……はぁ。これ毎回けっこう疲れるんだよな……」
ぼやきながらも小鬼の数は確実に減っていく。
◇◆◇
「よし、こんなもんか」
「今回は“実体”が三匹ですか……」
「ああ、思ったより少なかったな」
鬼頭さんは地面に転がった三匹の小鬼を見下ろす。
黒い小さな体に、小ぶりな角――人形めいた見た目だが、先ほどまで確かに牙を向けてきた化け物だ。
「最近、小鬼の発生数、多くないですか?」
「そうだな。例年、数回の“発生”はあるんだが……今年のペースは少し異常だ」
鬼頭さんはタバコの煙を吐きながら、無造作に銀髪をかき上げる。
その何気ない仕草がやたら様になっている。
……この人、絶対モテるよな。普段のやる気のない姿を見られなければ、だけど。
「そういえば前から聞きたかったんですけど……鬼頭さんの銀髪って、染めてるんですか?」
「これは地毛だ。うちの家系は全員銀髪だな」
「へぇ……銀髪って、なんかカッコいいですよね」
「子どもの頃はこの髪のせいで、よくからかわれたがな」
……しまった。っと思い、すぐに謝る。
「あ……すみません。無神経でした」
「昔の話だ。それに――当然、倍にしてやり返した」
鬼頭さんらしいが、少しだけ影のある言い方だった。
「それで、これからどうします?」
「そうだな、一旦報告に戻るか」
◇◆◇
俺たちは小鬼退治を終えて、ROOTSに戻ってきた。
ちなみに今回、藤宮とブッチは不参加だ。
藤宮は一週間ほど実家に帰省中で、ブッチはVチューバーとしてデビューを果たし、今はそっちで手が離せないらしい。
――まあ、俺たちは非正規扱いだ。
非常事態でもなければ、プライベートを優先していいという、わりと緩い契約になっている。
そんなことを考えながら部屋に入った瞬間、空気が変わった。
そこには真神支部長の他に数人のスタッフがいた。
そして奥に、見たことのない女性が立っている。
ロングの銀髪に碧眼。身体のラインに合ったグレーのスーツ姿。
その佇まいは静かなのに、妙に圧があった。
鬼頭さんと、その女性の視線がぶつかる。
次の瞬間、空気がぴりついた。
二人のあいだに、ぴりぴりとした怒気が満ちたのを、肌で感じる。
「……なぜ、お前がいる」
「私が情報の提供者だからよ」
鬼頭さんの問いに女性が答える。
二人とも知り合いみたいだけど、何か因縁でもあるのか?
部屋の空気が重いんだけど……。
「あの……二人は、知り合いなんですか?」
沈黙に耐えきれず、そう口を挟むと、女性がこちらを見た。
「私は鬼灯 凛。蓮の姉よ」
蓮。
れん、れん……って――
「鬼頭さんの、お姉さん!?」
思わず鬼頭さんを見ると、眉間に深く皺を寄せたまま、
「……そうだ」
短く、それだけ答えた。
確かに二人とも銀髪だし、顔立ちもどことなく似ている。
ただ――目の色が違う。
鬼頭さんは緋眼(赤い目)。
それに対して、鬼灯さんの瞳は深い碧色(青い目)だった。
「それで、あなたは?」
「あ、はい。俺は神楽隼人といいます。鬼頭さんと同じ班で活動してます……非正規ですけど」
すると鬼灯さんは、「そう」と一言だけ返した。
……ん? ほおずき?
「あの、鬼灯って? 鬼頭じゃないんですか?」
「そうよ、鬼頭は蓮が勝手に名乗ってるだけよ」
鬼灯さんはそう言って、心底あきれたように肩をすくめる。
「そんなことはどうでもいい。情報というのを、早く話せ」
鬼頭さんが、明らかに不機嫌そうに話を変えた。
それを受けて、鬼灯さんの眉が一瞬ぴくりと動く。
だがすぐに表情を戻し、ゆっくりと口を開いた。
『――祖父が殺されたわ』
話は、そんな衝撃的な一言から始まった。




