第四百四十三話 情報拡散
マリア・テレジアがヴェルサイユで重鎮達との謁見及び首脳会議を行っていたのと時を同じくして……
パレ・ロワイヤル。
パリ市内においてこの場所はある意味特別な意味を持つ。
太陽王ルイ十四世がかつて暮らしていた館であり、のちにその弟オルレアン公フィリップに与えられ代々の住居となった。
館自体は一般人は容易く入れるものでは無いが庭園は出入り自由だった。
庭園には菩提樹の木が等間隔に植えられており、そこにたむろする者達の中にヌーヴェリスト呼ばれるいわゆる情報屋がいた。
彼らがパリの街に噂を広める役割を果たしていたのだ。
良くも悪くも。
菩提樹の木の一本、その下に五人の男達、一人を除いて全員がヌーヴェリストだった。
今ケリーは四人のヌーヴェリストを相手に情報交換を行おうとしていた。
「おい、あんた達。俺はヌーヴェリストでもなんでもないがこの事だけは絶対知らせたいと思ってここに来たんだ」
「ほう」
四人の中で一番身なりの良さそうな初老の男が反応した。
大方定年退職の後、暇を持て余して情報を弄んで暮らしてる輩だろう、とケリーは思った。
「あんたらこのフランスにオーストリア女王のマリア・テレジアが来ているって知ってるか?」
「ああ聞いてるぞ」
初老の男は事も無げに言った。
「何?」
「ふっふっ、わしの情報網を舐めるなよ。昨日フォブール・サントノレあたりの酒場でその話で持ちきりだったそうな。わしもさっきそこで飲んでた奴に聞いたぞ」
「そこで話を広めたのは俺だ!」
「なんと?」
初老の男は表情を改めた。
「おぬしが出所か」
「話が伝わるのが早いな。ありがたい事だが」
「そうか。では聞こう。噂の出所のお話を」
「ああ。俺の部下が偶然豪華な馬車が四台も並んで止まってる所に出くわしたんだ。その一台から黒い喪服っぽいのを着た婆あが降りてくるのを見た。そいつが歩み寄る先にいたのがなんだか汚れた服を着た女だった。よく見るとそいつがマリーアントワネット王妃だったそうだ。まあ顔見りゃ分かるよな。その王妃が婆あに近寄りながらなんて言ったと思う? お母様〜だとよ!」
ケリーの話に初老の男は頷く。
「ふむ。わしが聞いた話より詳しいな」
「で、婆あの方も王妃の名を呼んでなんかやかましく言い合った後抱きついたそうだが……」
「ん、なんだ?」
「それが抱きついたと言うより揉み合ったって感じだったとよ」
「それは……どういう事か?」
「さあな。その後二人は護衛の兵隊に引き剥がされて別れたそうだが……まあ王妃は糞の王女とまで言われているくらいだからオーストリア女王としては見過ごせないのかもしれんな。しかもその時王妃は平民っぽい服を着て汚れていたそうだから、そりゃ怒るわな」
「ふうむ、興味深いな」
「わざわざフランスに来たのも王妃の素行が腹に据えかねたからかもな。あんな大物滅多に祖国を離れたりしない。子の不始末は親が責任とるって所か」
四人のヌーヴェリスト達が話に引き込まれているのを見計らいケリーは本題に入る事にした。
「それでだ。女王がフランスに来てる事を政府は全く発表してない。って事はお忍びじゃないかと俺は思ったんだ。だがお前ら、こんな話ほっとけるか? お忍びで終わらせられるのか?」
「それはもちろん……」
「話したいだろ? 広めたいだろ? それで女王の姿を拝みたいものだろ? せっかく来てるんだから国民の前で堂々と挨拶して欲しいもんだよ」
「それはそうだ!」
「だったらこの事をこの界隈の者達だけじゃなくパリ市民全体に広めないと駄目だろう。俺はそれが言いたかったんだ!」
「なるほど良く分かった!」
「じゃ、広めてくれるか?」
「ああ、そういう事ならお手のものだ!」
ヌーヴェリスト達が意気上がるのを見てケリーは一息ついた。
(これでいいか……この先が問題だな。まだ不確定な部分が多すぎる。まるで手探りで計画進めてる感じだ。思った通りに事が進むのか?)
考え込んでも仕方ない。
もうここには用は無いから早々に立ち去ろう。
「それじゃよろしく頼むぜ!」
ケリーは踵を返した。
テレジア来仏が広まっていく。
広めてどうする?
どういう計画かはさておき町中大騒ぎになるでしょう。
女王様、怒り心頭になるかな?




