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重いぬいぐるみと、実在



「◇」から哲学的な話。

私が考えるときに使う強力な道具の話。





 私は最近、バンダイが出している「MUGYUUUS(ムギューズ)」というシリーズのムーミンを彼女にプレゼントした。


 尋常じゃないくらい気に入っている。

 いや、本当に。いっつも一緒にいる。



 私の彼女はぬいぐるみが好きだ。

 今までに、白いトトロやトイ・ストーリーのロッゾ、ファインディング・ニモのニモに、ピクミンシリーズのピクミンやオッチンなどのいろんなぬいぐるみをプレゼントしてきた。


 どれも気に入っていたが⋯⋯今回のムーミンは次元が違う気に入り方をしている。


 毎日話しかけているし、毛並みを整えて遊んでる。


 そもそもムギューズは、女性がムギューズと触れ合うことで、軽い筋トレをするために作られた商品だ。だから、ぬいぐるみの形をしているが420gの重さがあり、約0.4kgのダンベルのようなものである。


 結構、良いみたい。



◇

 ここからは哲学の話になるが、私は以前「S(I)=k I(x^1)」という式について、少し話をしたことがある。


 これは『実在は情報によって実感を得る』という持論を数式にしたものであり、Sは「Sense(実感)」、Iは「Information(情報)」、kは「定数(初期値:自分の現在の状態)」、xは「何か」を表している。


 つまり、五感から得た情報の量や質によって、人間や動物を含む感覚を持つ者たちは、対象が「そこにある」という実感が湧く、という話である。 


 そうした考えを得たときの小話は【あとがき】で書くとして、では『実在は情報によって実感を得る』という話は何なのか話していく。


 難しくない。身近にある簡単な話だ。



 例えば、あなたが購入を考えている高額な商品のレビューで「良かった!」という一言を見つけたとき、あなたはその商品の購入へと踏み出せるだろうか?


 おそらくもう少し“情報”が欲しくなるはずだ。


 つまり、「良かった。とくに〇〇の機能については概ね満足で、思っていたよりも音も大きくない。」といった、良かったところを具体的に書いている『質が高い情報』をあなたは欲しがる。


 なぜなら、質が高い情報によって、その商品の良さや悪さを形にし、その商品をより「実感したい」という認識があなたには備わっているからである。



 もう少し例を出す。



 あなたが文章に触れるとき、「①花火が綺麗だった」という一文より、「②空に上がっていく花火を見たとき、好きな人に告白できない自分のもどかしさを見ているようだった。打ち上げられた花火は夜空で輝き、私のもどかしさの影をさらに強める。」といった文章のほうが、作者の心情を実感できるのではないだろうか。


なぜなら、①の文章より②の文章の方が情報量が多いからである。多いからこそ、作者の心情をより『実感』できる。



 次は人以外の動物「犬」を少し例に出す。


 犬は散歩が好きだ。散歩にいけないと犬は大きなストレスを溜める。その理由として、犬にとっての散歩は、匂いや毛の揺れなどの五感から情報を集め、「自分の存在が確かにここにある」と実感するための行為であるからだ。


五感から感じる情報を犬は感じ取り、自分の『生』を実感している。逆に言えば、不定期な散歩や過剰な装飾は、犬が得る情報に制限をかけ、犬が『生』を実感する機会を損ない、それは健康すら失う可能性がある、と考えることもできる。



◇

 こうしたように、『実在は情報によって実感を得る』という持論は物事を解体する上で有用なメスのような言葉である。


 彼女は重みのあるぬいぐるみを今までのぬいぐるみよりも、明らかに気に入っている。これを書いている横でも彼女はムーミンを持ち上げて「たかい、たかいーい」と言って、遊びながら運動している。



 彼女がここまで気に入っている理由はおそらく、軽い筋トレのために作られたムギューズの「重さ」がただのぬいぐるみには無い特別な感情『愛着を生む手触り』を作り出しているからだと思う。


 ムギューズは420gだ。

 これは子猫と同じ重さである。


 何となく想像してほしいのだが、命には物理的な重さや責任の重さがつきものである。


 あなたが抱き上げた赤ちゃんや子犬、あるいは子猫に重さをまったく感じなかったとき、あなたはそこに『命』を感じるだろうか?


 私はあまり感じないと思う。

 むしろ、目に見えている状態と触れて感じる重さのアンバランスさに恐怖すら感じるかもしれない。


 視認から予測されていたはずの『重さ』という情報が無いからだ。

 


 人は情報によって何かの実感を得る。


 情報の質や量「I(x^1)」、そして情報を受け取る側の気質や状況・状態「k」によって、人は物事の実在を実感「S(I)」するのだと思う。


 それはつまり、情報が遮断・制限されている状況では、人間はストレスやフラストレーションを溜めやすく、あらゆる点で問題になるという話にも繋がる。


暇なときに『実在は情報によって実感を得る』を使って、そうした自分の身近にある物事を考えると面白いよ。




【あとがき】


 私は『実在は情報によって実感を得る』という持論を持っている。これはミュージックビデオ(以下、MV)を観て感じたことを言語化したものだ。



 私はある日、マイ・ケミカル・ロマンスの『Helena』という曲のMVを観た。それまでに50回は観ていると思う。


 その日のMVは様子が違った。

 4Kリマスター化されていたのだ。


 私は映像を観ていると――映っている人々が実際に存在している人間だ――という強い衝撃を受けた。


 『死んでいる人間』と思っていたわけではないのだが、以前の画質は少しモヤっとしたものであったために、どこか違う世界、いわば現実感のない夢の中のような世界だと私は捉えていたようだ。



 私は4K化されたMVを何度も観た。

 以前との違いを理解するためだ。


 おそらくだが、以前のモヤっとしたMVより鮮明さが上がったことで、肌の質感や光の明暗が現実に近くなった。その情報量の差が、私に実在を感じさせたのだと思う。


それが『実在は情報によって実感を得る』という持論が生まれたきっかけだ。


・歌手の生LIVEで感動するのはなぜか。


・身内が死にそうになると“急に怖くなる”のはなぜか。


・料理に味覚以外が必要とされるのはなぜか。


・蝉の鳴き声が『夏』を連れてくるのはなぜか。


・明日を向けば今日が終わるのはなぜか。


・亡くなった人の存在を感じられないのはなぜか。


 他にも問題はいっぱいあるけど、紹介しきれない。

 だから、あとは自分で見つけてほしい。


 人間と認識を繋ぐものを考えるのは面白いよ。



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