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第6話 妹・シャーベット失踪と不審者の影

「どうだった?」

 ミニパトに乗っていたもう一人の婦警さんが降りてきて、さっき私に声を掛けた婦警さんに確認した。

「だめね、不審者に関しては何の心当たりもなさそうだった。でも……」

「でも?」

「鳥と話せるんじゃないの?って冗談を言ったら慌てていたのが滑稽でさぁ」

「なんで?」

「だって、お母さんが心配しているから帰らなきゃ、なんて子どもみたいなこと言うんだもん」

「ちょっと引っ掛かるわね。本当は何か隠してるんじゃないかしら」

「そっか。さすがビンちゃん、そんなこと思いもしなかったわ」

「ラリホは暢気なんだから。その感性が『鳥と話せるの?』なんて言わせちゃうんだろうね。お陰であの子に揺さぶりをかけることができたのよ」

「鋭い分析。ビンちゃんにはかなわないね」


 そんな婦警同士の会話が筒抜けなのに。

「婦警さんゴメンね、盗聴しちゃった」心の中で手を合せる。


 私は、「ラリホ」と呼ばれている婦警さんから不審者の目撃情報について聞かれた後、おっしゃるように「お母さんが心配しているから」なんて見え透いた嘘をついて家路を急いだ。

 だって、ゴイっちに思わず囁きかけたところを目撃されたのではないかと不安を感じて、ヒヤヒヤしたんだもん。

 家に向かいながら、気になったのでゴイっちの脳にリンクしてみた。幸いなことにゴイっちはまださっきの川辺からあまり移動していなかったようで、草やぶに隠れて婦警さんたちの様子をこっそり覗いてもらったのだ。

 つまり、私がゴイっちにリンクしてスパイのように聞き耳を立てたのである。ゴイっちの脳の情報によると鳥の聴力は人間より少し劣るらしいが、私が意識を集中することで二人の会話を盗聴するには十分だった。

 ちなみに、鳥は空を飛びながら小さな虫を見つけたり、水中の小魚などを探すために視力はめちゃいいらしい。ゴイっちの目を通して婦警さんたちをありありと観察することができた。


 “ミニパトのお姉さん”二人は、水色の半袖シャツに藍色のスカートというドラマやアニメでよく見るような制服を着ていた。スカートは膝丈で、さすがにミニスカポリスのように短くはない。

 さっき、川辺で私に話しかけてきた婦警さんは「ラリホ」というニックネームなのだろう。芸能人にたとえると吉岡里帆のような色白美人で、温厚そうである。

 一方、ラリホから「ビンちゃん」と呼ばれた婦警さんは、ボーイッシュなヘアスタイルで、ニックネームのように俊敏で聡明そうな印象を受けた。


 最近の芸能人に思い当たるキャラがいないので、ミーハーな私はスマホで「ボーイッシュ 女性タレント」と検索して調べてみたところ、80年代アイドルの「大沢逸美」が見つかった。

 ヤバい、「ビンちゃん」と完全にダブってしまいそうなほど似ている。

 いやいや、そんなことに感心しているほど悠長な状況ではない。“切れ者”らしいビンちゃんは、私が何かを隠しているかもしれないと疑っているのだから。


 やがて、ビンちゃんとラリホはミニパトに乗ってどこかに行ったので、私もゴイっちにリンクを解除してもらった。ゴイっちありがとね。


 自宅から母に見つからないように抜け出していたので、またこっそり自分の部屋に戻ってベッドに横たわった。ゴイっちとリンクした後は疲れるので、しばしまどろんだ。



「なつき!なつき!」

 母が呼ぶ声で目が覚めた。

「なつき!パンちゃんがまだ帰ってこんとよ!見らんかった?」

 母親らしくない緊張感のある声のトーンから事態を察して、ふと時計に目をやると7時になろうとしている。

 7時頃には夕食の支度ができるので、妹は6時半頃には戻ってきて必ず家にいるのがパターンだ。

 ふと、婦警さんから聞いた不審者情報のことが脳裏をよぎった。

「20歳から30歳ぐらいの男性が、小学生の女の子に道を聞いてくるので、怖がられている」とか言っていたと思う。

 私は妹が「友だちが公園で待っているから遊びに行く」と言っていたことを思い出して、駆け出した。

「ちょっと探してくる!」

「気をつけてね」

 母親の心配そうな声が響いた。



 私の妹は、小さく生まれた赤ちゃん「早産児」だったから、産婦人科にある新生児集中治療室(NICU)に入ってしばらく育った。母がお乳を冷凍して、病院まで持って行っていたのを覚えている。

 私は当時6歳頃で、幼稚園に通っていた。楽しみにしていた赤ちゃんをなかなか抱っこできないことも残念だったが、それよりも母や父が妹のことばかり心配するので寂しかった。

 でも、やっとNICUから出て家に帰ってきた妹を見た時は、これからうんと可愛がって、何かあれば私が守らなきゃと姉の自覚がめばえた。

 そんな妹も今や小6とは思えない成長ぶりで、身長は150センチぐらいあって、私でさえ近いうちにに越されそうだ。


 帰ってこない妹を探して公園まで駆ける道すがら、頭の中でそんなことがグルグルと巡り「お願いだから無事でいてよ!お姉ちゃんがすぐ助けに行くから!」と念じていた。


 公園に着く頃には日が落ち始めて薄暗くなっていた。いつもならば見とれるほどキレイな夕焼けの空も今は不安を抱かせる。


 公園の駐車場にはミニパトが停まっていた。あの婦警さんたちが聞き込みをしているのだろう。こうなったら、背に腹はかえられぬ。私は妹を探してほしいと頼むために婦警さんたちを探した。

 公園前の通りにある住宅地から話し声がしたので、私は気づかれないように距離をとって聞き耳を立てた。ゴイっちにリンクして盗聴したことで、ちょっと慣れてしまったらしい。


「突然に申し訳ありません。不審者の目撃情報があったもので…」

 ラリホらしき声が切り出したところ、その家の奥さんだろう、女性の困惑したような声が返ってきた。

「それが、公園でうちの子どもを遊ばせていたら、見知らぬ男の人が話しかけてきたんです」

「詳しくお聞かせ願えますか」

 ラリホが柔らかい声で丁寧に問いかけた。

 女性の話によると、夕方5時過ぎに小学生になったばかりの女の子を連れて公園に行き、自転車の練習をしていたという。


「カワイイ自転車だねぇ。お母さんに買ってもらったの~」

 どこからか現れた若い男性が話しかけてきたのでびっくりした。

 娘はきょとんとしているので、母親として「お父さんが買ってくれたのよね」ととりあえず答えた。

「そうですか~。お兄ちゃんも自転車が大好きなんだ。お嬢ちゃん、いくつになるのかな」

 妙に馴れ馴れしいので、警戒して娘が乗っている自転車のハンドルを握った。

「そろそろ夕飯のしたくをしなくちゃ」

 とっとと、その場を離れたが、男はまだでも話しかけてきた。

「じゃあまたね~、今度はゆっくり遊ぼうね~」

 明らかに娘にしか興味がないという感じの声色だったので背筋がゾッとした。

「変質者」

 という言葉が浮かんだ。


 そのようなことを話していた。


「背格好とか服装とか特徴はありましたか」

 ラリホが聞いたところ、白っぽいシャツにジーンズをはいており、年齢は大学生ぐらいかもう少し上に見えたという。


「それが、とにかくニヤニヤしていたから、気味が悪くって。ヘアスタイルは短めで清潔そうだったけど、印象が薄いっていうか…」

 つまり、これといった特徴はないが、ニヤニヤしている感じの表情は忘れられないようだ。


「もしかして、シャーベットはその男に……」

 私が頭の中でそう考えて、不安を募らせていたそのとき。

「何やってんの」

 後ろから肩を叩かれて心臓が止まるかと思った。


「立ち聞きは感心しないわね」

「ビンちゃん!」

 心の中で叫んだ私は、たじろぐどころか前のめりで訴えた。

「お願いです!妹を探して!」

 妹が公園に遊びに行ったまま帰ってこないことを手短に話した。


「わかったわ!とにかくパトカーで詳しく聞かせてちょうだい」

 外がざわついているのに気づいて、ラリホも聞き込みを終えて出てきた。

「あら、あの時のJKじゃない」


 ミニパトで、ビンちゃんから話を聞いた私は、体が震えそうになった。

「聞き込みしたら、近所のおばさんが話してくれたんだけど、1時間ぐらい前に、不審な男がぐったりした女の子を車に乗せて走り去るのを見たというの」

「車の特徴は」

 ラリホが聞く。

「黒い軽のワンボックスカーだったらしいわ」

 ビンちゃんはそう答えると、次は私に聞いてきた。

「妹さんの名前と年齢は」

「シャーベット、11歳で小6です」

「本名を教えてちょうだい」

朱雀坂氷菓子すざくざか シャーベットが本名です。ニックネームはパンちゃん」

「そう。ツッコむのは我慢しといて、あなたの名前は」

朱雀坂七津姫すざくざか なつき、高2です。苗字は言いにくいでしょうから、なつきと呼んでください」

「わかった。なつき、私のことはビンちゃんと呼んでちょうだい」

「私のことはラリホと呼んでね」


「こちとら、ビンちゃんもラリホも把握済みだけどね」とは口が裂けても言えなかった。

 しかし、こんなことをしている間にも、犯人はシャーベットをどこかに連れて行って、何をするかわからない。


 私はゴイっちに頼るしかないと判断した。


「あの…ちょっと、気持ちを落ち着けたいので、数分だけ外の空気を吸わせてください」

「ええ、妹さんのことが心配でしょうけど、気をしっかりね。私たちは署に連絡をとって、情報を確認するから…」

「よろしくお願いします」

 私はミニパトから降りると、公園のベンチに腰掛けて深呼吸した。


「ゴイっち」

「ゴイっち!」

 脳波にリンクするよう試みた。


「ゴイっち!!」

「ちぇっ」


 なに今の!もしかして舌打ちの音?


「くそっ!もう少しだったのに」

「ゴイっち、どうしたの」

「美味しそうなハヤを逃しちまったじゃんか」


 これまで、何度か脳内リンクで会話するうちに、私の語彙力から学んで言葉遣いが荒くなったようだ。


「ゴイっち!忙しいところ呼びかけたのは悪かったわ。とにかく今は急ぎのお願いがあるの」

「妹が誘拐されたんだろう。それで僕に探せというんだろう」

「察しが速くて助かる。どうしたらいい?」

「僕の脳にリンクして、空を飛んで探すといいさ。君にしか妹のことは分らないんだから」

「ありがとう。じゃあいくわよ」

「どうぞ。それに、ゴイサギは夜行性だからね、これからの時間帯は体力も視力もバリバリだぜ」

 

 ゴイっちの脳にリンクして大空に飛び立つと、私は本体に残った脳の思考力で婦警さんたちに話しかけた。


「あの、もしかしたらの話になりますが、いくつか不審者が隠れそうなところがあるので、連れて行ってもらえますか」

「わかったわ。妹さんとこの辺りの状況に一番詳しいのは、なつき、あなたなんだから。頼むわよ」

「はい」

 私はビンちゃんの言葉に答えながら、自分の体が震えているがわかった。

 これを武者震いというのか。



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