第5話 婦警さんとの出会い「もしかしてだけど」
我が家に着くと、妹が小学校から帰っていた。
「お姉ちゃん、どうしたの?早いじゃん。あれ、立花寺さんも一緒なんだ」
「パンちゃん、お久しぶりね。なつきがちょっと具合が悪そうだったから送ってきたの」
「お世話かけてすいません。お母さんはまだ帰ってきてないので、二階のお姉ちゃんの部屋までお願いできますか」
妹よ。いつもとずいぶん言葉遣いが違うじゃないの。まあ、姉としてはその方が手がかからなくて助かるけどね。そんなことを考えて余裕をかましていたら、妹がふと何かに気づいたらしい。
「あれ? お姉ちゃん、口の周りがキラキラ光ってるよ。何それ、ラメでもつけているの?」
「え? ラメ? そんなもんつけてるはずないやん」
私が口の周りを手で拭ったところ、たくさんのうろこがべったり貼り付いていた。
そうだ、さっきまで錦鯉を咥えていたのよ。その感触が蘇ってきた途端。
「おえっ、おえっーー」
嘔吐しそうになったが、胃の中には何も残っていなかったようで、苦い味がこみ上げてきた。あわててトイレにかけこむと黄色い胃液のようなものだけが出てきた。
「ヤバッ!お姉ちゃんそんなに具合が悪いの?大丈夫?」
「うん、心配するほどじゃないから。ちょっと二階で寝ていたらよくなると思う」
妹よ。そんなに優しい言葉をかけてくれるなんて、おねえちゃんはあなたの性格を誤解していたのかもしれないね。
「そ、じゃあよかった。私、ちょっと公園まで遊びに行ってくるから。お母さんが帰ってきたら言っといてね~」
妹よ、前言撤回だ。やはりお前は超ドライで姉へのリスペクトなどかけらもないことがよーくわかった。と心の中で訴えた。
「ちょっと待って、パンちゃん!いえシャーベットさん」
君枝に呼び止められて、妹は玄関から外に飛び出し損なった。
けげんな顔で立ちつくす妹に向かって、君枝の容赦ない言葉の攻撃が始まった。
「なつきは平気そうにしてるけど、高校でアクシデントがあって、大変だったの。私がタクシーに乗せて何とか連れて帰ったんだから。妹のあなたがしれっと遊びに行くのはおかしいんじゃない」
小6女子に言い聞かせるのだから、もう少し手加減してもよさそうなものだが、相手の力量に応じて適度に攻撃する。それが立花寺君枝なのだ。
もっとも、妹は小さな頃から家に遊びに来た君枝に可愛がられていた。小学校高学年になると一緒に遊ぶようなことも少なくなったが、実は気心が知れた仲である。
「だって、君枝さんだったらお姉ちゃんの親友だし、任せていても、私なんかよりよっぽど安心だなって思ったんだもん」
妹が涙ぐみながら、今にも泣き出しそうな声で言い訳するので、さすがの君枝も焦ったようだ。
「ごめんね、パンちゃん。ちょっと言い過ぎちゃったかも。なつきを二階に連れて行って寝かせるまで手伝ってもらえるかしら。後は私が見ておくから」
「うん…」
妹は先に二階に上がると、私の部屋に入って寝やすいようにベッドメイキングしているらしい。やがて降りてくると、君枝を手伝って私を二階まで連れて行ってくれた。
「シャーベット、ありがとう。しばらく寝たら治るから」
今度は私が、滅多に呼ばない「シャーベット」と言う本名まで使って礼を言った。
ところが、その言葉が終わらないうちに妹から返ってきた。
「じゃ、これで。公園で友だちが待ってるから、行ってきまーす」
超ドライな妹に戻って、階段をトントントンと軽快に降りていったのである。
妹に一本取られた私と君枝は目を合わせると、腹が立つのを通り越して、可笑しさがこみ上げてきた。
「アハハハ」
「やっぱ最高ねパンちゃん」
「憎めないんだよね~」
笑い声が部屋中に響いた。
「ねえ、どうすんの?これから」
ベッドに横たわって落ち着いた私に、君枝が話しかけた。
私の中でもどうしたらよいのかわからない。ただ、君枝に全てを話す前にやっておきたいことがあった。
「君枝……」
「ん?なに?なつき」
「君枝だけには本当のことを話したいんだ」
「もしかして、狐憑きと関係ある?」
私と君枝の信頼関係があればこそできるやりとりだろう。
私は続けた。
「それが、私にもよくわからないんだよね。さっき、中庭の池に飛び込んだじゃん。あの時、自分の意識はハッキリしてたの」
「そうなんだ。詳しく知らないけど、狐憑きって妖怪みたいなのが憑依するから、憑かれた本人は覚えてないはずだよね。なつきのは、狐憑きじゃないかもしれない」
さすが秀才だけに飲み込みが早い。君枝ならわかってくれるだろう。そう思った。
「君枝、全てを話すまでもう少し待ってくれないかなぁ。少し気持ちを整理したいから数日間だけ考えさせてほしい」
「うん、わかった。だけど、深刻になりすぎないほうがいいかも。何でもいいから、必要なときは相談してちょうだいね」
「ありがとう、君枝。今日はさすがに疲れたから、ちょっと眠るね」
「うん、じゃあこれで帰るわ」
「うん、今日は助かったよ。ありがとう」
君枝が階段を下りたところに、ちょうど母親が帰ってきたようだ。
「あら、立花寺さん、もう帰るの」
「おばさん、お久しぶりです。高校でなつきが気分が悪くなったっていうから、送ってきたの。もう大丈夫みたいなので、帰ろうとしていたところ」
「まあ、そうだったの、ごめんなさいねえ。またいつでも遊びに来てね」
「はい。じゃあ、帰ります」
「気をつけてねぇ」
そんなやりとりが聞こえてきた。
母親は階段を上り、私の部屋に顔を出した。
「立花寺さんに聞いたわ。大丈夫なの?」
「うん、もう大丈夫。もう少し寝てるわ」
「ほら、胃カメラ検査の時にお医者さんが気になること言ってたでしょ。お母さんも心配なのよ」
「大丈夫だから。あんまり心配しすぎないほうがいいわよ」
「何かあったら呼びなさい」
「はーい」
母は階段を下りていったから、これでしばらくは誰も来ないだろう。
私はベッドの上で呼吸を整えて、意識を集中してみた。
「ゴイっち!ゴイっち!どこにいるの?ゴイっち」
声には出さず、脳内でゴイっちに呼びかけてみる。しかし、全く反応がない。
不安が膨らんで、いてもたっても居られなくなり、ゴイっちに会いに行こうと思い立った。
ベッドから起き上がると、私服に着替えて、母親に気づかれないように外に出ることに成功した。
向かう先は、ゴイっちがタカに襲われそうになった荒野川のほとりだ。
歩いて10分もかからない。
「ゴイっち、どこにいるの?」
強く念じながら川辺を探すが、ゴイサギの影すらない。
「狐憑き」のことが頭から離れない私は、ゴイっちに直接確かめなければ気が済まない。
小一時間経っただろうか、背後に鳥が舞い降りる気配がした。
反射的に振り向くと、水辺にゴイサギが立っていた。
「ゴイっち!探したんだよ。何でリンクしてくれないの。てか、何で私はリンクできないの?」
私は思わず囁きかけた。
「なつき。声に出さなくてもわかるよ」
ゴイっちだ。確かにゴイっちが脳内にリンクしてきた。
私は感極まって、次の言葉がなかなか出てこない。やがて、聞きたかったことを思い出した。
「今日、高校の中庭で、私が池に飛び込んで鯉を丸呑みしようとしたんだけど。あれって、ゴイっちがやったの?」
「……」
スルーするつもりかゴイっち。
「何とぼけてんのよ!あなたが私の脳内にリンクして、鯉が目に入ったから衝動的に食べようとしたんでしょ!」
「すまぬ!本当にすまぬことをした!もう二度と君を暴走させまいと心に誓ったのに、僕は僕を抑えきれなかったのだ」
「はぁ!そんなカッコイイセリフで謝ったって、所詮私の言語能力なんだから説得力なんてないし!」
「ごめんなさい」
「まあ、それはもういいわ。それより、私とゴイっちの関係について確認したいのよ」
「ああ、狐憑きを疑われているんだろう」
「脳内にリンクして全てはお見通しってわけね。なんか複雑」
そのとき、人の声がしたためゴイっちは慌てて飛び去っていった。
周りを見渡すと、公園の駐車場にミニパトが停まっていて、制服姿の女性警察官がこちらに歩いてくる。
「あの~、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
そう声を掛けてきた。
「なんでしょうか」
20代と思われるおねえさんだったが、私は警察官から話しかけられたことがないだけに緊張した。
「このエリアで不審者の目撃情報があって、それで市民の皆さんに聞いてまわっているの」
「何か事件があったんですか」
「いえ、事件の情報はないわ。むしろ、事件を未然に防ぐため、不審者情報を集めているところ」
「不審者って、特徴とかは」
「30歳前半ぐらいの男性が、小学生の女の子に道を聞いてくるらしいの。紺色のジーンズをはいて白っぽいTシャツを着ていて、黒のキャップを被っていたという情報が寄せられているわ」
「私は見ていません。もし見かけたら110番すればいいですか」
「ええ、それか警察署の方に電話してもらえる」
すると婦警さんはいきなり話題を変えた。
「ところで、あなた、さっき誰かと話していなかった?」
「いえ、他には誰もいませんけど」
「もしかして、もしかしてだけど、鳥と話が出来たりして」
「まさか。面白いこと言いますね」
彼女は場を和ませようとしてそんなことを言ったのかもしれない。
しかし、私はゴイっちとのやりとりがバレたのではないかと思いドキドキして、妙な汗が噴き出すのがわかった。
「家で母が心配しているかもしれないので、そろそろ帰ります」
私は婦警さんにそう告げて家路を急いだ。




