第3話 大空を舞う私!何が起きてるの?
家に帰って、母親に学校での出来事をやんわりオブラートに包んで話したところ、それでもえらく心配して検査を受けるように言われた。
「保健室の先生がそう言うんだから、胃カメラで調べた方がいいわよ」
母が病院と連絡を取って、胃カメラ検査の予約を入れてくれた。麻酔を使うため、母も一緒に行くそうだ。
聖ダルム病院は健康診断や人間ドックを行っており、特に消化器内科は胃カメラ検査で定評がある。
今回は麻酔薬を点滴で注射して、眠っている間に内視鏡を口から入れて検査する方法をとるという。
ベッドに寝かされると、専門医や看護師さんたちが点滴の準備をしながら「音楽が聞こえますかー?」と問いかける。サザンオールスターズの楽曲が流れていたので「はい。サザンお好きなんですね…」と答えようとしたときは睡魔に襲われていた。「麻酔ってすごい。こんなにすぐ眠るんだ・・・・・・」と考えているうちに意識は薄らいでいく。
「なつき、なつき…」
夢の中で誰かが私を呼ぶ。
「僕だよ、ゴイっちだよ」
「え?ゴイっちなの! あんたねぇ!私になんかしたでしょ!?」
私は学食でのハプニングがゴイっちのせいだと薄々勘づいていた。何とか確認しなければと思っていたところ、夢で会えるとは渡りに舟だ。
「ごめんなさい。人間があんなに美味しそうなものを食べているとは知らなかったから、衝動を抑えられなかったんだよ」
ゴイっちが申し訳なさそうに詫びるのを聞いて、私はなおさらショックを受けた。
「ていうことは、タンドリーチキンを丸呑みして、うどんと海老天を一気に食べたのは、私の意志に関係なくゴイっちが食欲を爆発させたってわけ?」
「そうなんだ。僕は獲物を捕まえられるチャンスがあれば、たらふく食べるようにしているのさ。自然界では次に獲物にありつけるのはいつになるかわからないからね」
「待って待って待って!私の体なんだから、勝手に脳内を支配して暴走させないでくれる!おかげで、こんな胃カメラ検査を受ける羽目になっちゃったじゃないの」
「本当に済まなかった。これからは気をつけるよ」
「これからはって、ずっと私の脳内を覗くつもりなの!?」
「覗くつもりとかいうレベルではないよ。僕となつきの脳はリンクしているんだ。言わばお互いに"魂”がつながっているようなものさ」
「ムリムリムリ!テレパシーだったら何か夢があるけど、魂がつながっているとか生理的にムリなんだから!」
「そんなこと言ったって、もうどうしようもないよ。僕は脳波をリンクさせることはできても、元に戻す方法は知らないんだ」
「いやよそんなの!どうしてくれるの!私の人生をむちゃくちゃにしないで!」
脳内で会話しているから夢のようで実感が沸かないものの、もし起きていたら私はきっと泣き叫んでいただろう。
そんな私の気持ちなどお構いなしにゴイっちはどんどんことを進めようとする。
「そうだ。なつきにも脳内リンクの魅力をもっと体感してほしいな」
「どうやって?」
「僕の目を見て、吸い込まれる感覚をイメージしてごらん」
私は半ばやけくそな気持ちで、ゴイっちのくりくりした目を見つめた。
するとふわりと軽くなった感じがした。夢の中だから当たり前のようでもあるが、それとはちょっと違う。
「え!何なの、何が起きてるの?」
「僕の中にようこそ。なつき」
ゴイっちに言われるが早いか、私は我が目を疑った。
「飛んでる!空を飛んでる!!!!」
鳥になったように大空を舞う感覚がして、眼下に広がる風景は見覚えがあるところばかりだ。
「ウチの高校やん。グランドも見える! あ、私んちだ、荒野川も」
「どう、これが本当の“鳥の目”で見た世の中さ」
「すごーい!でも、私が飛んでいるわけじゃないんだよね」
「そう、実際に飛んでいるのは僕だけど、僕の脳になつきがリンクすることで、自分も飛んでいるような感覚になれるんだ」
「ねえ、もっと高く飛べるの?」
「僕らゴイサギはあまり高く飛ばないし、遠くまでは行かない。何が起きるかわからないからね」
「そっかぁ、タカとかが狙ってるしね」
「言いにくいけど、人間だって油断ならない…」
そんなこやり取りをしながら、飛行を楽しんでいると「ビクッ」とした。
私の意識がゴイっちから離れていくのがわかった。
「目が覚めたようだね」
医師の声で、自分の中に意識が戻ったことを確認できた。
胃カメラ検査が終わり、麻酔もきれたようだ。
母と一緒に検査結果について説明を受けたところ、胃に異常はなかったという。
「ただ、気になることがあって…」
医師は言葉を濁しながら「この件はナーバスな問題をはらむ可能性があるので、一旦預らせてください」と煮え切らない。
「なつきさんの普段の生活や性格などを把握したうえで、判断しないと、誤解を招くかもしれません」
「養護教諭の南条さんに相談してみますので、少しお時間をください」と言うのだ。
私も母もモヤモヤした気持ちで聖ダルム病院を後にした。
「まあ、胃に異常はないっていうんだから、ひとまずホッとしたわ」
母はそう言って元気づけてくれたが、私には一抹の不安がよぎった。
「ゴイっちのことに気づかれたんじゃないだろうな」
心の中で考えながら「ま、なるようになるさ」と気を取り直した。
私は“偉人の名言”にあまり興味を示さないのだが、愛読書であるマンガ『宇宙兄弟』に出てくる「悩むなら なってから悩みなさい」というセリフは胸にストンと落ちた名言の一つだ。
今回の場合は、ゴイっちの件がバレたかどうかわからないうちから「もし追究されたらどうしよう」と心配して悩むのはナンセンス。バレたときにはじめて「悩みなさい」と自分に言い聞かせた。
ところが、その予感はあながち外れてはおらず、とんでもないことを聞かされる羽目になった。




