第2話 学食で起きた異変からのアマゾネス登場
私が通う「ラモ高」こと羅門洲高校は有名な歌手や俳優を輩出したことで知られる。
医者の街だけに、医大を目指す学生も多いが、密かに芸能界を夢見る者が少なくないのはその影響だろう。
2年C組は普通科で、一見するとごく平均的な男女を集めたように思える。ただ、立花寺君枝のような優等生も紛れ込んでいる個性豊かなクラスだ。
女生徒の制服は最近めっきり減ってきたセーラー服だ。私はストレートの黒髪ロングなので、セーラー服のイメージと相まっておしとやかで清楚な性格に思われることが多い。おしゃべりが苦手な陰キャとしては好都合である。私の場合、スカートの丈は膝上10センチ程度で、地味でも派手でもない無難な感じだ。成績については伏せておこう。
一方、立花寺君枝の髪型はショート・ボブ。制服のスカートは膝丈を膝小僧の中央にきっちりそろえている。本人に聞いたところ、ヘアスタイルもスカート丈も活発に動けることを優先しているそうだ。塾に通っていないのに成績は学年のトップクラスをキープしており、英語はペラペラで、数学や物理、化学なども好きらしい。理系アレルギーの私から見たら「ガリレオか!?」と突っ込みたくなるような難解な数式を、悩むこともなく黒板にスラスラ書いてみせるのだから信じられない。テニス部に入っているので、帰宅部の私と一緒に帰ることはほどんどないが、休み時間には話しかけてくれる。
同じ町内に住んでいる君枝とはよく一緒に遊んでいた。私が陰キャになる前を知る数少ない一人だ。彼女にだけは中学生時代に「推しに似ているのは辛い」という陰キャになった理由を打ち明けた。すると自意識過剰だと呆れることもなく、こじらせ女子の気持ちを受け容れてくれたいい奴である。しかも周囲から「アンバランスだ」などと変な噂を立てられないように配慮して、あまり頻繁にはおしゃべりしないところが君枝らしい。
「なつき。一緒に学食行かない」
昼休みに入ると、君枝が声をかけてきた。
「うん、行こう行こう。なんかB定とうどん食べたい気分」
「えー、そんなに!お腹いっぱいになっちゃうよ~」
二人でキャッキャと笑いながら、学食まで歩いてく。
私は忠告に耳を貸さず、B定食と海老天うどん、君枝はA定食の食券を買った。
B定食は食べ応えがありそうなタンドリーチキンをメインにチーズナン、サラダ、みそ汁というメニューだ。A定食は味がよくしみて美味しそうなさばの味噌煮、ほうれん草とハムのソテー、けんちん汁、白飯だ。
学食のおばちゃんが、食券を確認してそれぞれの料理をトレーに並べてくれた。
だが…私はトレーを手に持ったあたりから記憶がない。
「なつき!なつき!! どうしちゃったのよ! なつきってば!」
そんな君枝の叫び声が聞こえて、肩を揺すられるのを感じ、意識を呼び戻されるように我に返った。
見れば学食のテーブルには食事の残骸が散らばり、セーラー服はソースやスープまみれだ。
君枝によると、私は食券を出すときからすでに手が震えて様子がおかしかったという。
「怖かったんだよっ!トレーを持ってじっと見つめてるし。テーブルについたと思ったらガツガツ食べだしてさぁ」
「たぶん、ほとんど噛んでなかったと思う。大ぶりなタンドリーチキンをそのまま頬張って、喉元を膨らませながら丸呑みしていたんだから」
「うどんも海老天も一緒に飲み込んじゃって、サラダとナンをみそ汁にぶちこんでかきこむし」
君枝は私が正気に戻ったことでホッとしたのか、一気にまくし立てた。
頭がいいだけに記憶力も描写力も見事だ。しかし私にはまったく覚えがない。
君枝はさらに続ける。
「ようやく食べ終わったかと思えば、間髪いれずに私のトレーにまで手を伸ばしてきたの」
「他人の食べ物にまで手をつけたら、なつきが後悔するに違いないと思って、必死に力づくで止めたのよ」
そしてしゃべり尽くしたかのように「はぁーーー」とため息をついて脱力した。
学食には、2人を囲むように人だかりができていた。
放心状態の私は、まだ足取りがおぼつかないため、君枝につかまるようにして保健室に連れて行ってもらう。
「どした?」
南条歩希は振り向きもせずに声を発した。
「アマゾネス」のニックネームで知られる、我が高校の養護教諭、いわゆる保健室の先生だ。
君枝は部活で足を痛めたときお世話になったらしいが、私は今回が初めてである。
君枝から「学食で食べ過ぎてしまい具合が悪くなったので心配で連れてきました」と趣旨を説明したところ、南条先生は振り向きざま「朱雀坂七津姫。何で自分で話さない」と不愛想に指摘してきた。
身長はおそらく180センチ近くあるだろう。長くてスラリと伸びたしなやかな腕と、キレイに磨かれた爪が自然の輝きを発する指先が印象的だ。透き通るように白い指は少しピンクがかっていて血色のよさを思わせる。しかも、それぞれが意志を持つかのように存在感を放って隙がない。アスリートのように引き締まった美脚を持ちながら、なおかつ出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいるメリハリのあるプロポーションが白衣の上からでも想像できる。
南条歩希にまつわる、「魅力的なルックスと全体から醸し出す圧倒的なオーラによって、いつの間にか生徒たちから“アマゾネス”と呼ばれるようになった」という噂は本当だろう。
自意識過剰こじらせ女子を自認する私の中で、封印したはずの「推し」に対する情熱が顔を覗かせ、対抗心が湧いてきた。
「自分でも覚えてないんです。君枝が言うにはB定と海老天うどんをほとんど丸呑みしていたそうです」
「君枝の分にまで手を出そうとしたようで、君枝が全力で止めてくれたので助かりました」
ハキハキした声で聞いた通りを、ありありと話してやった。
アマゾネスは私のことをギロリと睨んだ。
「ワハハハハハ。久しぶりに手ごたえがありそうな子が現れたね」
「で、今はどんな調子なんだ?」
豪快に笑い飛ばして問診するので、こちらもつられて素直に答えた。
「それが、食べ過ぎた感じがするわけでもなく、お腹が痛いわけでもなく、もう大丈夫そうです」
「あなたはどう思うの?えっと、テニス部の立花寺君枝さんだっけ」
今度は君枝が素直に答えた。
「あの異常な食欲で、めちゃくちゃな食べ方をして、何ともないのが信じられません。おっきなタンドリーチキンを噛まずに丸呑みしたんですよ」
「そうか。友達としては心配だろうね」
アマゾネスは腕組みしながら思案すると、提案してきた。
「じゃあ、学校医をお願いしている病院の先生に連絡しておくから、保護者の方とも相談して念のために検査してもらうといい」
「あ、はい・・・・・・」
私としては検査などめんどくさいと思ったが、心配してくれる君枝の手前もあるし、何よりアマゾネスにこれ以上睨まれたくないので断れなかった。




