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第1話 遭遇からの再会

 ここは福岡県南部、筑後地方に位置する久留米市。大型ショッピングモールや映画館などが立ち並ぶ中心部から少し外れると筑後平野が広がり、背景に脊振山地や耳納連山がそびえる。


 JR九州新幹線や西鉄電車など交通機関も充実しており市内を移動するにはバスが便利。高校生活を謳歌するのにもってこいの環境だ。


「今日も彼と同じバスだった。目が合うと微笑んでくれたからわたしも微笑み返した」と日記には書いておこう。


 私は高校2年生の朱雀坂七津姫(すざくざか)なつき)。大きな声では言えないが、勝手に自意識過剰をこじらせてしまい友だちは少ない。

 クラスでは、家が近い立花寺君枝(りゅうげじきみえ)とたまに話す程度。そんなだから、ホントは彼氏なんてできたことがない。


 中学生の時、私がある芸能人に似ているという噂が立った。ファンがSNSに投稿したイベントの写真がバズってアイドルから転身した若手女優のことだ。

 噂を耳にしたときは「パッチリした目が似ているかな」なんて思ったものの、私自身がその子を応援していたので「推しに似た顔なんて精神的にムリ」と感じ、その話題を封印することに決めた。話を振っても乗ってこない態度がウザかったのだろう。

 クラスメイトも次第に私を無視しだした。高校に進学してからも友達ができなかったのはその影響だろう。今ではすっかり陰キャが定着してしまったというわけ。


 学校で過す時間は何の変化もなくて退屈だが、帰宅部なので放課後は自分の好きなことをやれて気楽なものだ。だらだらと下校して夕暮れが近づくと小川の風景をぼんやり眺めるのが貴重な癒やしタイムになっている。


 茎や葉を伸ばして水面に生い茂るヨシのような植物と同化したように、じっとしているゴイサギの姿がお気に入りだ。

 ゴイサギはアオサギやダイサギみたいにスラリとした体型ではないけれど、首が短くて肩をすくめた恰好がペンギンみたいで可愛い。くちばしは黒くて大きく、頭から背中にかけて灰色なのに、数本だけ白くて細長い羽がアンテナのように伸びていてどこかカッコよさもある。


 私は子どものときから、家の前にある溝にジッとしているゴイサギを見つけては、追いかけて遊んでいたらしい。父親がデジカメで撮った写真を見せてくれたことがある。まだ幼稚園に通い始めた頃の私が走って追いかける後ろ姿と見比べても、羽を広げて飛び立つゴイサギの方がかなり大きく感じる。羽ばたいたときは雄大に見えるのだ。ゴイサギは夜行性と言われるが、明るいときだって巣に籠もって眠っているわけではない。昼間でも夕方でも川辺でじっと獲物を待つ姿をよく見かける。


 その日、私は水辺でいつものように肩をすくめて立ち続けるゴイサギを見て和んでいた。するとゴイサギの目が何かに反応したように思えたその瞬間。


「あっ」

「バシャーン」


 私が声を上げるのとほとんど同時に激しい音がして水しぶきが上がった。

 

 静けさが戻って冷静に分析してみると、空から狙っていたタカがゴイサギを襲おうと急降下したところ、私の視界に黒い影が入って「あっ」と叫んだため、タカは僅かにタイミングを外してしまい川面に突っ込んだらしい。


 狩りに失敗して着水したタカは泳ぎが苦手なようで、大きな羽を広げて水に浮いた状態のまま、何度か力を入れてゆっくりと羽ばたきを繰り返し、やがてふわりと浮いて飛び去っていった。


 ゴイサギはタカの襲撃から危機一髪で逃れどこかに飛んでいったのだろう。すでに姿はなかった。



「なつきー居るのー?」


 自宅に帰って、部屋でくつろいでいると、母がキッチンから呼ぶ声が聞こえた。


 我が朱雀坂家は郊外の住宅地にある二階建ての一軒家に住んでいる。

 母・朱雀坂静江(すざくさかしずえ)はコープのお店でパートとして午後3時まで働き、買い物などを済ませて5時前には帰ってくるのがパターンだ。

 周りから「しーちゃん」と呼ばれているのは、田舎の祖父が若い頃にあべ静江のファンでよく聴いていたためそのニックネームに倣ってのことらしい。昭和時代を中心に活躍した歌手なので、私はあべ静江をよく知らない。私から見た母は、敢えてたとえれば女優の石田ゆり子風なヘアスタイルが似合う。性格はおっとりしているが、怒ると怖い。


 そんな彼女の夫、つまり私の父はトラックの運転手をしていて、長距離の仕事が入ると留守がちになる。名前は朱雀坂直也(すざくさかなおや)だがトラック仲間からは「イチジョー」と呼ばれている。昭和に流行った柔道をテーマにしたドラマの主人公が「一条直也」という名前だったことから、職場の上司にニックネームをつけられたそうだ。ガッシリした体つきをしていて、髪型はスポーティーなソフトモヒカンなので、「柔道が得意」と冗談を言っても通用するだろう。ただ温和な人柄で妻・しーちゃんには逆らえない。


 私には5歳下の妹がいて、朱雀坂氷菓子という名前だ。氷菓子と書いて「シャーベット」と読む。ただキラキラネームの本名よりもニックネームで「パンちゃん」と呼ばれることが多い。小6にしてはませており、その辺のJKよりはよほどファッションやグルメに詳しい。近頃、姉の私よりも先に彼氏ができたようだ。


「しーちゃん」も「イチジョー」も「パンちゃん」も一風変わったニックネームだが、本人たちは気に入っているようなので問題はない。


 私だけはニックネームらしきものはなく、今日も「なつきー帰ってるの?」としーちゃんが心配するので「うーん、帰ってるよー」と答えといた。


 玄関から入り、階段を上って二階の西側に私の部屋がある。部屋の南に面してベランダがあり、そこから田園風景や山々が一望できる。西側にも窓はあるが、特に夏場は夕刻になると西陽が強いためカーテンを閉めがちだ。でも天気がよければ夕焼けが美しい。


 母は私が居ることを確認して安心したのか静かになった。夕飯の仕度に集中しているのだろう。

 私はフローリングの床に敷いたい草ラグに寝転がって、スマホアプリでラジオを聴きながらマンガを読んでいた。すると、ベランダの方から「バサバサ」と大きな音がした。

 驚いて目をやると、ベランダの手すりに大きな鳥がとまっているではないか。


 私は直感した。

「え? もしかして、さっきタカに襲われそうになったゴイサギ?」


 私は何をやっているのだろうか。ゴイサギに向けて普通に日本語で話しかけるなんて、やっぱりマンガの読みすぎかもしれない。


 するとゴイサギは私が声を出しても怖がる風でもなく、逃げようともしない。肩をすくめてじっと見ている。


 ゴイサギの顔をこれほどまじまじと見たことはない。人間でいう白目部分は白くはなくて濃い橙色をしており、黒目部分は黒く大きくて丸い。

 そうやって観察していると、ふと、ゴイサギも私を観察しているような錯覚にとらわれた。いや、錯覚などではない、このゴイサギは私を観察しているようだ。


「あなた、なんでここに来たの?」


 一応聞いてみると、首をかしげるようにして私を見つめるゴイサギ。


 ゴイサギの目を見つめる私。


 私のことを見つめるゴイサギ。


「僕はゴイっち」


 しゃべった!ゴイサギがしゃべった!

 私は陰キャをこじらせるあまり、おかしくなったのだろうか。でも確かに誰かが話しかけてきた気がした。


「僕はゴイっち。ゴイサギ仲間の間ではそう呼ばれてるんだ」


 気のせいではなかった。


「あなた、話せるの?」


 私が問いかけると、答えが返ってきた。


「正確には、君の脳波に僕の波長を合わせて意思疎通しているんだけどね」


「じゃあ、テレパシーみたいなこと?」


「君たちはそう呼ぶみたいだね。とにかく、君の脳にある言語能力や知識を僕なりに応用して会話を成立させているのさ」


「めちゃ難しそうに言うけど、テレパシーってことね」


「それで君の気が済むならそうしておこう」


「『なんか凄いことになってるんだけど…』って今思ったことも分かるのかな?」

 と脳内で混乱していたら"ゴイっち"が横やりを入れてきた。


「そうそう、それでいい。それでいいんだよ」


「へー、思っただけで伝わるんだぁ」


 私も声に出すことなくゴイっちと脳内で会話できるらしい。


 その時だ。

「なつきー、ちょっと手伝って」

 母が呼ぶ声がした途端、ゴイっちが羽ばたいた。

 当然と言えば当然だが、他の人間は警戒するようだ。


「“なつき”。とにかくタカから救ってくれてありがとう。ありがとう・・・・・・ありがとう・・・・・・ありがと・・・・・・」


 早くも私の脳内を探って音響効果まで覚えたらしく、心の声を残響させながら飛び立っていった。


 今の不思議な出来事は他言無用だが、とりあえず日記には書いておこう。



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