第12話 ゴイっちの変貌と大浜カノンのトラウマ
高良山の山奥に祠を見つけた私は胸がいっぱいになった。
気持ちが先走って警戒もせずに祠の中を覗くと鳥がしゃがみ込んでいた。
「やあ、やっと会えたね」
「ゴイっち!」
私はその鳥と脳内で交信しあって涙を滲ませた。
「オダブン。例のものを」
君枝が空気を読んで指図すると、オダブンが肩から下げていた小さなクーラーボックスを降ろした。
「野鳥の餌付けに使うと聞いて採ってきた、どじょうとザリガニです」
オダブンが準備するところを見ながら父も事情を察したようだ。
「ゴイサギだな。川辺とかにいるはずだけど、山奥に迷い込んでケガをしたのかもしれないね」
オダブンが用意した容器の一つにどじょうとザリガニを入れ、私はもう一つの容器に水筒の“勝水”を注いだ。
「さあ、ゴイっち。お腹が空いてるでしょうけど、慌てないで食べてね」
もちろん声には出さない。父やオダブンに不信感を抱かれないよう脳内で呼びかけた。
「うわっ!ありがとう。どじょうとザリガニなんて久々のご馳走だよ」
ゴイっちがパクついている間に、君枝が確認してきた。
「これからどうする?」
「このまま置いて帰るわけにはいかないわ。家に連れて帰って養生させないと…」
二人のやり取りを聞いて父が心配した。
「でも、野鳥を勝手に保護するのは法律で禁じられているんじゃないか」
迂闊だった。そういえば以前に、芸能人が巣から落ちていた野鳥のヒナを保護して、自宅で飼育したことがわかり物議を醸したことがある。
こちとらゴイっちを連れて帰るつもりでバード用のキャリーリュックまで探してきたのに。
「そうね、野鳥を家に連れて帰るのは後々問題になりそうだし、諦めましょう。幸いケガも深くないから大丈夫じゃないかなぁ」
私の言葉を聞いて意外そうな顔をしたのは君枝である。
「ゴイっち。じゃあそういうことで、元気にしていてね」
私は意を決して脳内でそう伝えると、一行を促して祠を後にした。
獣道を戻り、奥の院近くの駐車場から車に乗った。帰りの車中は行きとは打って変わり、お通夜のように静まりかえっていた。慣れないハイキングの疲れもあったが、ゴイサギを連れ帰ることができなかった落胆の空気に包まれていたからだろう。
父も自分のひと言がそうした状況を招いたことを気にしていたようで、鳥の話題に触れることはなかった。
無論、父を責める気持ちなどない。もし法律を破ってまで保護したとしても、ゴイっちに災難が及びかねないのだから。
帰宅すると、君枝はオダブンを先に帰らせて私の部屋についてきた。ゴイっちの件が心配になったらしい。
「私としたことが、鳥獣保護管理法に思い至らないなんて、とんだミスだった」
君枝はゴイっちの件を明かしたとき、連れて帰るという前提で一緒に計画を進めただけに責任を感じたようだ。
「あのとき、よくおじさんの言うとおりにしたわね。私はなつきのことだから、てっきり反発すると思ったのに」
君枝にそう言われて、私は素直に話した。
「ゴイっちが言ったから。ゴイっちが脳内交信してこう言ったの…」
私はゴイっちの言葉を再現した。
「なつき、お父さんの言うとおりだよ。僕を連れて帰っても、きっと人間たちが騒ぎ出す。僕はケガもずいぶん治ったし、このままで大丈夫だから。それに…」
「それに?」
私が言葉を詰まらせたので、気になった君枝が聞いてきた。
「それに、僕はここに残ってやらなければならないことがあるんだ。いずれは、なつきにも力を貸してもらうときがくると思う」
私は君枝にゴイっちの言葉を全て伝えて、さらに吐露した。
「でも、ゴイっちがなんか今までとちがう感じだったんだよね」
「それは、言葉だけじゃなくて他に違和感があったってこと?」
「うん、脳内で交信してるから正確には言葉というより考えていることを共有するって感じかな」
私の感覚をうまく表現できずにいると、君枝がじれったそうにツッコむ。
「たぶんだけど、鳥と脳内で交信するなんて人類史上初めてかもしれないよ。だから私には想像もつかない。もっとわかるように説明して」
「ええ。なんていうかな…」
君枝が真剣に心配してくれているからこそ、私もどのように表現するかしばし悩んだ。
「今までは脳内にリンクすると一体感があったわ。たとえばゴイっちの中に私がいて空を飛び回るような経験をしたときとか」
「すごい経験ね……んで?」
君枝が驚きつつ、もどかしそうにするので、私はさらに続けた。
「何かを隠している気がするの。ある部分にリンクしようとしたらピンク色になって一体感がなくなっちゃうんだよ」
「う~ん、ピンク色ねぇ~」
さすがの君枝も考え込んでしまった。
高良山でゴイっちと再会したその夜、私はなかなか寝付けなかった。
エアコンを自動運転にして快適な部屋で、自分専用のベッドにゆったりと寝ることができる…。そのことが逆に眠りを妨げるのだ。
茂みをかきわけながら分け入った山の中で、ようやくゴイっちに会うことができたとき熱いものが込み上げた。ところが、ゴイっちの様子はどこかよそよそしい感じがしたのである。
自然の中で生まれ育ったゴイサギは、雛のときから外敵に襲われる危険にさらされている。ゴイっちがタカに狙われたように、成鳥になっても何が起きるかわからない。
しかも生き延びるために魚やザリガニ、昆虫まで探して食べねばならない。ゴイっちによるとゴイサギもカルガモの雛を丸呑みするというのだから、自然界は命がけだ。
私のように豊かな文明社会で暮らす人間は、雨風を心配する必要がない家に住み、買ってきた材料を料理して食べればよい。野生のゴイサギとはしょせん相容れない関係なのかもしれない。
そんなことばかり頭をかすめてモヤモヤしてしまう。
山に登った疲れもあって10時にはベッドに入ったのだが、どんどん目が冴えて何度寝返りを打ったことやら。目覚まし時計を見たら深夜2時を過ぎていた。
悪いように考えはじめると、ますますゴイっちに対して苛立ちが募る。
タカから襲われそうになったところを救ってくれた礼を言うために、私の前に現れて脳にリンクしてきたのではないか。
しかし振り返ると、脳内交信は平等に行われているとは思えない。主導権を握っているのはゴイっちなのだ。場合によっては私が呼びかけても反応がないのに、ゴイっちは夢の中まで入ってこれるのだから。
ゴイサギと心が通じ合うことに舞い上がって、まるで親友のように錯覚していたが、冷静に考えたら私はゴイっちに操られているだけかもしれない。
真夜中に悶々としていると、トラウマになったある出来事が蘇った。
小学6年生の頃、ローカルアイドルグループ[この景色]のファンだった。特にメンバーの大浜カノンを推しており、色紙に書いてもらったサインは宝物だ。握手会にもよく行っていたので顔と名前を覚えてくれ「なっちゃん」と呼んでもらえるまでになった。
大浜カノン。黒髪のロングヘアーがさらさらして美しく、なによりパッチリして透明感のある瞳は見つめられると吸い込まれそう。歌もダンスも一生懸命で、キレキレに振り付けを踊る姿から影で相当努力していることがわかる。小柄なのにグループのなかで一番目立つほどオーラがあるのは、持って生まれた資質もあるのだろう。
やがてSNSにファンが投稿した1枚の写真がきっかけとなり大ブレイク。アイドル時代から映画にも出演していた経験を活かし、現在は女優に転身して活躍中だ。
私は中学2年生のときに、その大浜カノンに似ていると噂されたことがある。自分でも目は大きいと思っていたが、推しに似ていると言われて悪い気はしない。推しのヘアスタイルを真似たり、私服のコーディネートを意識して楽しんでいた。
周囲からも大浜カノンっぽくてカワイイと囁くのが聞こえてきて、まんざらでもなかった。今思えば、クラスメイトが悪ノリしてわざと噂を広げたのだろう。しかし当時の私は慢心していた。
その頃、写真集を出した大浜カノンが福岡で凱旋イベントを行うことがわかった。私は久しぶりに彼女に会いたくてイベント当日、JRに乗って博多までいそいそと出かけたのである。
会場の書店では大浜カノンの写真集を手にしたファンがサインをもらうため長蛇の列を作っていた。女性も男性も同じほどの割合で年齢層は幅広い。小学生高学年と思われる女の子を見て、アイドル時代の大浜カノンを追っかけた頃の自分にダブらせた。
私の順番になると、彼女の方から「なっちゃん、来てくれたんだ。ありがとう」と言ってくれた。覚えてくれていたことが嬉しくなって「私、中学校でカノンさんに似ているって言われるんです。ヘアスタイルもカノンさん風にしてみました」とアピールした。褒めてくれると思ったからだ。
「なっちゃんはカワイイけれど、私とは違うんだよなぁ~。私には似てないよ」
彼女は限られた時間の中、言葉を選んで答えてくれた。
でも、そう言われた私は頭の中が真っ白になって、返す言葉も無く列から離れた。
私は勘違いしていたのだ。クラスメイトたちの噂話を真に受けて自分は大浜カノンに似ていると思い込んでしまっていた。しかもそのことを嬉々として本人に話して否定されるという最悪の結末を迎えたのである。
それ以来、私は「推しに似た顔なんて精神的にムリ」と自ら作った理由をつけて大浜カノンの思い出に蓋をすることにした。クラスメイトたちは相変わらず大浜カノンの話題を口にするが、私が全く反応しないので次第に距離をとるようになった。私もどのように接してよいかわからなくて、とうとう“陰キャ”のできあがりというわけだ。
ベッドの中でゴイっちとの関係について考えを巡らせるうちに、過去のトラウマを思い出した私は、なおさらゴイっちへの不信感を募らせた。
もしゴイっちから「君とボクはしょせん住む世界が違うんだよ。脳内交信できるからといってそれ以上の関係ではないんだ」と言われたらどうしよう。
もうあんな苦しみはまっぴら。私は葛藤した。




