第11話 神宿る霊峰に挑む
即席チーム、名づけて「ゴイっち捜索隊」がついに始動した。
とは言え本当の目的を父とオダブンには伏せているから、道中の話題もゴイっちと関係無いのんきなものものである。
「高良大社は、高良山そのものが神宿る霊峰とされるパワースポットなんだぞ」
ハンドルを握りながらうんちくを語り出したのは父だった。
博識な君枝がそれに続く。
「高良大社には、主祭神の高良玉垂命こうらたまたれのみことをはじめ八幡大神と住吉大神が祀られているの。厄除け、延命長寿、交通安全などのご利益があり、芸能の神としても信仰されているらしいわ」
小田文吾も負けていない。
「高良大社の本殿からさらに進んで奥の院まで行くと、毘沙門天が祀られていて、高良山勝水と呼ばれる霊水が沸いています。ここは特にパワースポットとして人気があるようですよ」
父も負けじと歴史のうんちくを披露した。
「玉垂命が高良山に鎮座したのは古墳時代。社殿が建てられ玉垂宮と呼ばれたのは筑紫国造磐井の乱よりずっと前のことなんだよ」
「それほど古い歴史を持ちながら、高良玉垂命という神様は『古事記』や『日本書紀』に出てこないため知られることはなかったの。平安時代になって、醍醐天皇の命により編纂された『延喜式』で筑後国三井郡高良玉垂命神社とその名が挙がったため、高良大社は筑後国一の宮と呼ばれているわ」
君枝がさらに詳しく説明すれば、小田文吾が対抗心を燃やす。
「菅原道真公は太宰府に左遷された年、高良山に参詣したといわれます。高良大社は、道真公が祀られているあの太宰府天満宮よりも遙か昔からあるんですよ」
三人は盛り上がって楽しそうだが、歴史など興味がない私にとって退屈な時間が流れた。
「高良山っていえば、参道の入り口辺りに手打ち蕎麦が美味しいお店があるよね」
話題を変えようと口を挟んだところ、やつらの情報量に舌を巻く羽目になった。
「あそこは蕎麦だけじゃなくて、和食の単品も人気なのよ。年末には年越し蕎麦、おせち料理の準備で忙しいみたいよ」
君枝だけではない、小田文吾までグルメ情報を語り出した。
「高良大社から少し下ったところには、ところてんが名物のうどん屋がありますよね。それと少し離れますが、住宅街にあるカフェはハンバーグランチが絶品です」
「お前ら、なんでも知ってるんだな!」
私は心の中でツッコミながら、二人のウマが合う理由の一端を垣間見た気がした。
車中でそんなおしゃべりをしていると高良山に着いた。
高良大社の本殿で参拝を済ますと、奥の院に参拝して「勝水」を水筒に汲ませていただいた。
「いよいよここからが本番ね」
「ええ」
私と君枝は野鳥観察の本当の目的を胸に秘めつつ、気合いを入れた。
「ゴイっち!もうすぐ会えるからね」
「うん、待ってるよ」
さらに私が心の中で呼びかけると反応があったので先を急いだ。
しかしこのときはまだ、ほとんど人が通らない山奥に足を踏み入れることがどういうことなのか、知る由もない。
霊峰高良山は懐が深い。高良大社の奥の院まで上ると木々が生い茂り、空気は清々しく、木漏れ日が神々しい。
ここから山頂を目指すこともできるが、ゴイっちから聞いた案内によると獣道けものみちのような横道に入っていかねばならない。
奥の院の近くに広めの駐車場があったので、そこに車を停めてハイキングすることにした。皆そのつもりで服装を整えている。
「おいおい。野鳥観察ってこんなジャングルみたいなところに行かなけりゃならないのか?」
父が不満を漏した。一般のハイキングコースを散策しながら鳥を愛でる程度に思っていたのだろう。
私がゴイっちに会いに行くことを明かしたのはもちろん君枝だけだ。普段は人もあまり使わない林道を通って山奥にある場所を目指すことも、父とオダブンは知らない。
獣道のようではあるが、元々は山奥に人が入るために切り拓いた道なのだろう。じゃまな枝葉をよければ道に沿って進むことができる。ただ、周りは父が「ジャングルみたい」とぼやいたような原生林に囲まれており、秘境に迷い込んだかと錯覚しそうだ。
「えっ。今、誰かが見てたんだけど」
「サルじゃないですか。これくらい山奥になると野生のサルくらいいますよ」
「なんかガサガサって音がしたわっ」
「鹿とかイノシシとかが驚いて逃げたのかも。彼らにとっては僕らの方がエイリアンですからね」
君枝が怯える度にオダブンが冷静になだめた。これでは師弟コンビも立場逆転という感じだ。
「小田くんは肝が据わってるねぇ」
父が感心すると、オダブンが答えた。
「母の実家が長崎の島原なので、子どもの頃よくおじいちゃんから山歩きに連れて行ってもらったんです」
「島原ていうことは、雲仙か」
「はい。カブトムシとかクワガタとか採ってたな~」
父から雲仙という具体的な山の名前が出てきたので、オダブンも嬉しそうに続けた。
「草やぶに入ると、ヒラクチが出るけん危なかっ。湧き水の辺りにはアモンジョがおるばい。なんて言い聞かされたものです」
「へーぇ、方言なのかな?どういう意味なの?」
父は俄然、興味が湧いてきたらしい。
「子どものときは独特な語感を怖がったので、おじいちゃんもおもしろがって使っていたと思います。物心ついて調べてみたら、ヒラクチは“マムシ”で、アモンジョは正確にはアモジョと言って“お化け”のことだとわかりました」
「なんか、“ダラさん”を想像しちゃうね」
「おじさん、“ダラさん”を知ってるんですか!意外だなぁ~」
「仕事の合間にスマホで漫画を探していたら見つけて、ハマっちゃったんだよ」
「そうなんだぁ。でも、本当に“ダラさん”が出てきたらあの二人みたいに冷静にはなれませんよね」
「絶対無理だね」
「ハハハハ」
男同士で盛り上がっていたそのときだ。
「キャー!なにこれ-!なんか気持ち悪いのがいるー!」
悲鳴が轟いた。
他でもない。長くて得体の知れない有機体らしきものを見つけて私が叫んだのである。
「なつき…それはヘビの抜け殻だから…」
君枝がそっと教えてくれた。
「なんだ~、アモンジョとかダラさんとかいう話しをしていたからびっくりしちゃった~」
照れ隠しのため大きな声で言い訳する私を男どもが呆れた顔で見ていた。
ちなみに『令和のダラさん』(作者:ともつか治臣)は山奥で怪異と出会った兄弟を描いた漫画作品である。
「静かに」
ハイキング気分で賑やかに歩いていたら、君枝が足を止めた。
「エナガの鳴き声」
「あの“ぼくシマエナガ”の?」
「シマエナガはエナガの亜種で北海道にしかいないわ」
オダブンがヒソヒソ声で口を挟んで一蹴されてしまう。
「おいおい、本当に野鳥観察をはじめる気かよ」
私は君枝に心の中でツッコんだ。
まあ、父とオダブンには野鳥観察に行くという理由で付き合ってもらっているのだから、少しはそれっぽくした方がいいのかもしれない。
「チチチチピーピーって鳴いてるのはヤマガラじゃないかしら」
なにより君枝の知的好奇心を抑えるのは難しそうだ。
私も気分を変えるため背伸びをして森の空気を吸い込んでみた。
すると木々の香りを感じてリラックスするとともに、いろいろな音が聞えてくる。
「グアーグアー」
「キーキーキー」
野鳥や獣のような鳴き声が響き
「バシャーッ」
何かが水に飛び込むような音もした。
私たちからすれば妖怪でも出そうなジャングルだが、動物たちにとっては生きる場所なのだ。中核都市の外れにこんな野生の楽園があるとは、実際に見ないとわからないものである。
狭いながらも林道をもとにできた獣道が通っているのだから、僅かながらそれを知る人はいるはずだ。
しばらく進むと、木々に囲まれていて見えなかった小さな祠が姿を現した。
「あれね」
「うん」
君枝の言葉に頷いた私は、胸がいっぱいになりながら祠に近づく。




