第10話 ゴイっちを探すためチーム結成
妹の部屋から出てきた君枝が、わたしの部屋に戻ってきた。
「パンちゃんの笑顔が見られて安心したわ。あの感じなら大丈夫そうね」
パンちゃんとは、私の妹・氷菓子のニックネームだ。
君枝は、シャーベットが見知らぬ男に連れ去られた事件を知り、心配して様子を見に来てくれたのである。
私と同じ「ラモ高」こと羅門洲高校に通うクラスメイトの立花寺君枝。家が近いこともあって家族ぐるみで仲が良い。
成績優秀でスポーツ万能、そのうえ容姿端麗とあって、クラスではリスペクトする意味で「たちばなの君」と囁かれている。ただ、本人は直接そう呼ばれたことがないから知らないはずだ。
私は子どもの頃から遊んでいる間柄なので普通に「きみえ」と呼んでいるが、クラスでは近寄りがたい雰囲気があるらしい。男子は緊張から声をかけることさえできず、女子にとっては憧れの存在で「高嶺の花」というところだろう。
そんな君枝が私の部屋に戻ってドアを閉めると真顔で聞いてきた。
「パンちゃんが『鳥が助けてくれたの』って話してたんだけど。どういうことなの?」
私はよい機会と思い、ゴイサギのゴイっちと脳でリンクすることによって意思疎通できることを話した。
君枝は、私が高校の中庭の池に飛び込んで鯉を咥えた際に、一緒にいて目の当たりにした数少ない一人だ。保健室の「アマゾネス」こと南条歩希先生から「狐憑き」ではないかと疑われていることも知っている。
ゴイっちのことを話して信じてくれそうなのは君枝しかいない。そう思って打ち明けたのである。
「そういうことだったのね。ようやく腑に落ちたわ」
君枝は期待通り冷静に受け止めてくれたが、さらに深刻な表情で続けた。
「このことは、まだ誰にも話さんどきっ。よかねっ」
面白いことや真剣な話しに没頭したときはもろに方言が出る。たちばなの君のカワイイ一面である。
「ゴイサギと交信できるなんて言ったら、おばさんやおじさんはきっと心配すると思う。パンちゃんでさえ信じないかも」
私は、標準語に戻った君枝に念を押されて、ゆっくりうなずいた。
「その通りだと思う。でも当のゴイっちは男のアパートから姿を消して以来、全く音沙汰がないのよ」
「そうなんだ……何か気になるわね。変化があったらすぐ教えてね」
君枝はそう告げながら部屋を出ていった。
その夜のことだ。
「なつき……なつき……」
「え?ゴイっちなの?」
「そう、ボクだよ。ゴイっちだよ」
ゴイっちが夢に出てきた。
いや、夢とは言い切れない。眠っているわたしの脳にリンクしてきた可能性もある。
「大丈夫なの?シャーベットを助けようとして男に叩きつけられたやん。血も見えたし、心配したっちゃけん!」
「うん。本当は死にそうだったんだけど、神様が安全な場所に連れて行ってくれたんだ」
私はゴイっちから神様に助けられたと聞いても驚かなかった。そもそもゴイサギと脳内でリンクして交信するのだから、きっと神様だっているのだろう。
「今は傷を癒やしているんだけど、まだ飛ぶことができない。それで、なつきに会いに来てほしいんだよ」
「うん、わかった。で、どこに行けばいいの」
「神様がいうには……」
神様が最後まで面倒見てくれないのか?という不敬な気持ちも頭をかすめたが、それよりゴイっちが頼ってくれたようで嬉しかった。
ゴイっちによると、高良山の中腹にある高良大社よりまだ山奥に入ったところの古い祠でじっとしているらしい。
「お腹が空いたよ~。何か食べ物を持ってきて」
甘えたようにねだるぐらいだから、傷はずいぶん癒えているようだ。
「食べ物って、やっぱり魚とかがいいの?」
「本当は野生のハヤとかフナとかザリガニがいいけど、難しかったらドジョウや金魚でもいいや」
「金魚かぁ……」
私は学校で池に飛び込んだときに咥えた鯉の感触を思い出してしまった。
いや、今はそんな場合ではない。ゴイっちの体調が気になり聞いてみた。
「大丈夫?何か食べ物はあるの?」
「うん。昆虫とかが近寄ってきたら捕まえて食べてる」
「虫とかも食べられるんだ?」
「まぁ、好みはそれぞれだけど何だって食べちゃう。ゴイサギ仲間には、カルガモの雛を丸呑みするやつもいるからね」
「うっ」
私はそれを聞いて、学食でタンドリーチキンをほぼ丸呑みした異常行動の真相が何となくわかった。
そうやってゴイっちと脳内で交信するうちに、生々しい感覚から夢ではないと確信できた。
「明日は土曜日だからちょうどよかったわ。でも、高良大社の奥まで一人で行くのは心細いから信頼できる友だちと一緒に行くけどいいかなぁ」
「ああ。なつきがそういうんだったら、ボクも信用するよ」
「じゃあ、待っててね」
「うん、楽しみにしているよ」
ゴイっちとの交信が終わると、安心感からかよく眠れた。
朝起きると、東の空が明るくなる頃を待って、君枝に電話した。
「どうしたん?土曜の朝早くから」
「夜、ゴイっちと交信できたとっ」
私は、高良大社の奥地まで行くことを説明して、君枝にも同行して欲しいと頼んだ。
「一緒に行くのはいいけど、どうやって行くの?もしゴイっちを連れて帰るってなると、自転車やバスじゃ不便だよ」
「お父さんに頼んで、車に乗せて行ってもらおうと思うの。今日は仕事が休みみたいだし。んでさ、君枝と野鳥観察に行くからという理由にしていい?」
「それはかまわないけど。そしたら、アイツも連れて行こうかなぁ?」
君枝の提案で思わぬメンバーが増えそうだが、とりあえず我が家の前に10時集合と決まった。
父・朱雀坂直也なおや)はトラックの運転手をしており、仲間内では「イチジョー」と呼ばれている。久々に休みとなった土曜日ではあるが、私の方から頼み事をするのは珍しいだけにまんざらでもなさそうだ。
「高良大社か~。若い頃は耳納スカイラインをよくドライブしたな~」
耳納スカイラインは高良大社辺りから耳納連山の尾根沿いを走る林道のドライブコースとして知られる。
「あらっ、誰とドライブしたの?」
母・朱雀坂静江が鎌をかけた。
「え?やだなぁ、しーちゃんも一緒やったろうもん」
「そう?覚えとらんけど」
どぎまぎして答える夫を尻目に、涼しい顔をする妻。
そんな夫婦のやりとりに付き合ってる暇はない。
「ドライブとか大袈裟よ。君枝と野鳥観察するんだから、大声出して騒がないでよ」
私は何かにつけてテンションが上がりすぎる父親に釘を刺した。
そうこうしていると玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けて顔を出すと、ハイキングにぴったりな服装でおしゃれした君枝が目に入った。
「おはようございます」
「あら君枝ちゃん。いつもと違った感じで見違えちゃった」
「やだおばさん、照れちゃうじゃないですか~」
お互いちょくちょく顔を合わせているから気兼ねのない間柄だ。君枝とのやりとりもそこそこに、母の目線はその後ろに向けられた。
「そちらの方は?」
「はじめまして。1年A組の小田文吾と申します」
「おっ!君枝ちゃんの彼氏か?」
「あなた!そういう時代錯誤なノリはやめて」
父が調子に乗って口を挟むと母が間髪入れずに窘めた。
しかし、私でさえ君枝から小田文吾を連れてくると聞いたときは意外すぎて耳を疑った。父がつい「彼氏か?」と聞いた気持ちもわからなくはない。
あれは私が高校の中庭で池に飛び込んで鯉を咥えたときのことだ。君枝が止めようとしたとほぼ同時に、池にザブザブ入ってきた男子が私を羽交い締めにして暴走を抑えてくれたのである。
君枝から「あなた名前は?」と聞かれて名乗った小田文吾。「オダブン!タクシーに乗せるから校門前まで連れて行くわよ」と指示されたその瞬間から二人の関係は動き出したらしい。
「オダブンは後輩で、師弟関係ってところかな。山奥まで入るから、男子がいた方が心強いと思って来てもらったんです」
君枝があっさりと話すので、父も母も微笑みながら頷いていた。
「じゃあ、小田くん。女子たちをよろしくね」
「おいおい、俺だっているんだからな」
母の言葉を受けて父がぼやいたため笑いが起きた。
さあ、父の愛車・白いステップワゴンに乗っていよいよ出発だ。




