第91話 最悪の応援グッズ
「レンリ、箱、たぶん大丈夫だよ」
「うん。周囲は問題なさそうだ。問題がなさすぎるぐらいだよ。乃々さん、映像は?」
「ダメですね。配信画面はずっとノイズのままです」
崩壊した教会の前。
宝箱があるが、配信はノイズが走り、声も聞こえないようだ。
「見えているのに撮れない宝箱なんて、配信者にはつらすぎます」
「……それでも、わたしたちは楽しみね」
「ニーナたちだけでも楽しまないと」
火種ちゃんが宝箱の周りをふらふらと飛ぶ。
まるで応援してるみたいに。
「ひー!」
「ありがとう、火種ちゃん。開けてみるよ」
「ニーナは、ここから見る。テンション高まってきた」
およそ平常時と同じ顔と声色のニーナだが、確かに前のめりになっている……気がする。
《フライ》がコメントを流すが……。
『声は……ない』
『箱……? 何も見……ぞ』
『繧オ繧、繝、繧ッ縺後け繝ォ』
『かゆ……うま……』
「配信の状況は……よくわかりませんね。映像は戻っていません。開封の様子は、私が声でお伝えします。一応」
乃々さんたちが距離を取ったのを確認し、宝箱の前へしゃがむ。
「き、木箱です。低級素材、低級ポーション、壊れた小物などが主な排出候補です。期待しすぎないでください。でもなんか……今回は……よくわからないです」
声が少し震えている。
確かに配信がおかしくなったり、マップに映らなかったりしてはいるが……。
「鍵はかかってないね。じゃ……フタを」
指をかけ、ゆっくり持ち上げる。
光は……。
「あれ? 光、ない」
「……光らないわ」
ニーナに続いてリィンもがっかりして呟く。
レアリティ演出の……謎のフェノメノン効果らしき宝箱の光。
それがなかった。
「ど……どういうことでしょう。レアリティが……わかりません」
「みる!」
「……みましょう!」
光がなくてもテンション高めのニーナとリィン。
見ると……。
「なにこれ」
「……なにこれ」
入っていたのは折りたたまれた白い布だった。
組み立てることができる棒のようなものがついている。
「白い布……いえ、旗ですね! たたまれた白い旗が、一枚だけ入っています」
「……宝箱から白旗が出るの?」
「宝箱の中身としては変だね」
詳細がわかるか聞くと……乃々さんは苦笑いしながら首を振った。
「じゃ、《宝具解放》」
ニーナが白い布へ手をかざす。
魔力の光が白布の表面に流れ、すぐに消えた。
「真名は《降伏を禁じる白旗》」
「白旗なのに?」
「白旗なのに」
「……降伏を示すための旗ではないの?」
「普通はそうです」
どういうことなんだろうか。
「名前からしてよくわからないね」
思わず声に出した。
見た目はどこにでもありそうな白い布だが……。
「ニーナ、どんな効果があるの?」
「この旗を使った戦いでは、戦いをやめることができなくなる」
「降伏だけじゃない?」
「逃げる。撤退する。相手を見逃す。戦いを終わらせるための選択が、どれもできなくなる」
「……相手が退こうとしても、追う側は見逃す判断ができなくなるの?」
「うん。旗の影響は、戦っている両方に届く。そもそも退く行動も取れないけど」
逃げるべき時に逃げる判断ができず、剣を下ろせる時にも戦う方を選んでしまう……。
そんなものを戦場で広げれば、勝敗がついた後まで殺し合いが続くことになる。
「探索者にとって、撤退は生きて帰るための判断です。この旗は、その判断そのものを封じるんですね」
「……影響を受けている本人は、自分が選べなくなっていることにも気づかないかもしれないわ」
そこで乃々さんははっと息を呑んだ。
何か……言いづらいことに気づいたみたいに、言葉をゆっくりと紡ぐ。
「まさか……認識干渉系、ですか……? 本当に実在した……んですね……」
「認識干渉系? 知ってるの? 乃々さん」
「はい! 都市伝説レベルですよ……。意識や無意識に対して何かの影響をもたらすアノマリーです。こんなものが……存在するなんて……」
都市伝説レベル……。
噂でしかないようなものが、木箱から出てしまった。
しかし、これは……。
「珍しさだけなら、間違いなく大当たりです。いつもなら大声を出しているところですが、これは喜べません。危険すぎますよ」
「最悪の応援グッズって感じ」
「……応援どころじゃないわ」
その通りだ。危険すぎる。
自分で使うのももちろんだが、奪われて使われれば、お互いの命を奪う以外の選択肢がなくなる。
どうしてこんなアノマリーが存在するのだろうか。
不意にさっき見た人影を思い出す。
あれは……?
「これは使わない。相手の命を奪うことしかなくなるような状況は必要ないよ」
「効果を確かめるために広げるのも、やめましょう」
「そのつもり。このまま乃々さんのカバンへ移す。帰ったら、管理機構にそのまま提出しよう」
配信がおかしくなっている状況でかえって良かったのかもしれない。
万が一、他のクランに気づかれ、奪われでもしたら……。
とはいえ、かなりのリスクのある状態になってしまったのは間違いない。
うすら寒い空気が漂う廃墟街で、乃々さんは大きなカバンにアノマリーを押し込んだ。
「映像が残らなかった区間も、私から管理機構へ報告します」
「ありがとう。危険だと分かったものを、俺たちだけで持っている理由はないからね」
先へ進むと、行き止まりにきた。
壊れた建物と巨大な門が道を塞いでいる。
「レンリ。またなんか光ってる」
ニーナに言われ、見ると、《エニグマ》が形を変え輝いていた。
「また近くに何かあるのかな」
取り出して探してみる……すると、赤い光と変形は崩れた黒壁の建物で大きくなった。
「またですか……。これは出口なんですかね?」
《エニグマ》を近づける。
すると瞬間。
まわりの景色が一変した。
広い通りと曲がった信号機が見える。
「……何かしら。祈力を感じたわ」
「ワープした、みたいな」
「連理さん! ノイズが消えました!」
配信の確認画面に、俺たちの姿と背後の建物が映っていた。
『戻った!』
『急に映像が復活した』
『何があった?』
『死んだかと』
「良かった。なんというか……元の場所に戻ったみたいだね」
「はい。しかもマップ上は……《旧市街》のほぼ中心部ですよ」
「レンリ、だれかきた」
向かいの通りから現れたのは……《オブリージュ》。
しかしボロボロだ。
高城の装備には深い傷が走り、みゅーの服は裾が破れ、夏の装備も汚れている。
「高城? その格好……何があったの?」
高城は俺たちを見ながら驚きの表情を浮かべ、続いて嘆息を吐いた。
「その質問はボクがしたいね。またか。君たちは、まともな道を歩くと具合でも悪くなるのか?」




