第90話 木箱参上!
細く続く道。
暗いトンネルのような場所を抜けると、光のない廃墟街に出た。
「皆さん、聞こえてますか? 私たちは今、地図にない道へ入っています」
「さっきまで通りにあった街灯や信号機が、ここにはここには一つもないね」
あるのは古い建物ばかりで、看板もガラス窓もなく、窓は木の板戸で閉ざされている。
扉も一つ残らず閉まっていた。
これまでの《旧市街》には、古い建物の間に駐輪場や自動ドアが残っていたが、この角の先には、そうしたものが一つもない。
「……わたしが知っている古い街並みに近いわ」
「異世界の……旧市街……ですか」
乃々さんが確認画面を見る。
……が、映像はノイズとなっていた。
『画面止まった?』
『繧「繧ケ繝医Μ繧「繧偵◆縺溘∴繝ィ』
『声は聞こえる』
『全部ノイズなんだけど』
『蟾ォ螂ウ縺悟ョ晉ョア繧呈ュ「繧√※繧、繝ォ』
「待ってください。映像が乱れています。送信状態は……◯△中……!?」
「配信がダメになったのかな?」
「《フライ》本体に保存された映像は……」
乃々さんが画面を切り替える。
俺たちが壁の向こうへ入るまでは、映像に異常はない。
けれど、入口を越えたところですべてがノイズとなり、その後は何も映っていなかった。
「駄目です。保存映像も……。《フライ》は今も動いているのに、この道を一度も撮影できていません」
ニーナが《フライ》の正面へ回り、小さく手を振った。
確認画面に変化はない。
「ニーナも映ってない?」
「はい。声だけは入っています」
「……機械には、この道が見えていないのね」
「故障かもしれません。ただ、音声と操作は生きています」
偶然の故障と決めつけるには、切り替わった場所がはっきりしすぎている。
「ここからは、映像が残らないつもりで進んだ方がいいね」
「配信だけの問題ではありませんね。例えば救援を頼むことになっても、画面を通して現在地を伝えるのは難しくなります」
「……戻る?」
リィンは進む先ではなく、今進んできた方向を見た。
「進んでみよう。とにかく身体に影響がでなければ……大丈夫なはず」
《エニグマ》の赤い光が示す先には、まっすぐな道が続いていた。
教会や民家らしきものの廃墟。
耳が痛くなるほどの静寂が辺りを包んでいる。
乃々さんは端末に表示された地図を見つめた。
「連理さん。たぶん、もう一街区分くらいの距離を歩いています」
「とっくに次の通りへ出ていないとおかしいね」
リィンが立ち止まり、後ろに並ぶ窓を見比べた。
「……同じ場所を回っているわけでもないわ。像のようなもの、広場、建物……すべて違う」
「地図の中には収まらない長さの道が、ここには続いてるってことかな?」
赤い光も迷うことなく前方を指していた。
『声が聞こ……ない』
『戻れるう…………戻って』
『繧「繧ケ繝医Μ繧「繧偵◆縺溘∴繝ィ』
『道って何の話?』
「フライのホログラムもおかしくなってきました……」
「見ている人には、存在しない道の話をしてるように聞こえるのかもしれないね」
「……わたしたちの足音しか、もう聞こえないわ」
そしてついに……新しいコメントは現れなくなった。
「状況説明だけは続けようか」
「そうですね……左右に壊れた建物。開いた窓と扉はありません。祈りの姿形の像がありますね」
その時。
急に音が聞こえなくなった。
全てが灰色になり、色づいているのは前方一ヶ所だけ。
「人……?」
見ると、そこには……上半身裸の、黒い長ズボンを履いた長身の男。
髪は輝くような金色で、長くのびて揺れている。
「あれは? 見える? 乃々さん」
と言いながら見回したが……何故か乃々さん、リィン、ニーナは……灰色になり動きを止めている。
「みんな……!?」
再び、前を向き直す。
男がこちらを見つめて笑った……気がした。
『繝ヲ繧ヲ繧キ繝」』
『繝ヲ繧ヲ繧キ繝」』
『繝ヲ繧ヲ繧キ繝」』
『繝ヲ繧ヲ繧キ繝」』
ホログラムのコメント欄が流れていく。
「——うっ!!」
耳鳴りに襲われたあと……瞬きをすると世界が動き出した。
急激に音が戻っていく。
「あ! 待ってください!」
乃々さんがいつもの調子で笑い、何かを指さしている。
さっきまでとは違う……。
「あれ? 連理さん、どうしました?」
一体なんだったのか?
めまいか、何かに当てられたのか?
「いや……なんでもないよ」
頭を振って、呼吸を整える。
「古教会らしき建物の前に、何かあります!」
大きな教会らしき廃墟の横。
木製の箱が一つ置かれていた。
丸みのあるフタと、黒ずんだ金具。
見間違えようのない宝箱だ。
それも……木箱。
「きききき! 木箱です!? こんなところに!」
長い道の中、建物の外に置かれていた物はこれが初めてだ。
「ニーナにも見える。ちゃんとある」
火種ちゃんが近づき、木箱を明るく照らす。
「ひー!」
「乃々さん、《フライ》には?」
「駄目です。確認画面にはノイズしかありません。コメントも流れなくなってしまいました」
「……この道と同じね。わたしたちには見えるのに、機械には映らない」
「今の報告が外へ届いたかどうかも、分かりません」
乃々さんは深く息を吐いて、再度、木箱を見つめた。
「どうにか……見える範囲を声で残します」
さっきのこともある。
信じるに足るものはほとんどないのかもしれない……でも。
「映像に残らなくても、俺たちの目の前には確かにある。開けよう」




