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第89話 普通は攻撃すると出ますが……


 静かな廃墟の中で、黒色の空を見上げる。


 あの屍者はなんだったのか。


 気にはなるが、今は立ち止まっていても、手がかりは増えない。


「端末に情報が入りました。高城さんたちが街区を順調に進んでいて、一番中心部に近いようですね」


 リィンは一度だけ後ろを振り返り、ニーナと並んで先を見た。


 気にしている。


 火種ちゃんがアノマリーの入ったバッグの辺りをふらふらしている。


「ひー?」


「どうしたの、火種ちゃん」


 よく見ると……バッグから赤い光が漏れていた。


「連理さん、その光……!」


 ケースを開く。


 赤く輝いていたのは……《エニグマ》。


 Ⅲ式ダンジョン《灰火モール城》で手に入れた詳細不明なアノマリーだ。


 ニーナでも用途や名前がよくわからないものだったが……。


「《エニグマ》が反応してる」


 取り出す間にも、キューブの表面が横へずれ、形を変えていく。


 継ぎ目のなかった面まで分かれ、見たことのない形へ組み変わっていた。


「あれ……? キューブ形でしたよね」


「たぶんそうだけど……こんな動きは初めて見る」


 面がずれるたび、表面に刻まれた文字の位置まで変わっていく。


『なんだそれ』

『その形どうなってる』

『赤い光、前より強くないか』

『意味不明な形すぎる』


 疑問符が多いコメントが流れていく。


「ニーナ、何かわかる?」


 ニーナは《エニグマ》へ手をかざし、すぐに首を横へ振った。


「今もわからない。赤く光った理由も、見えない」


「ちょっと動かしてみよう」


 赤い光は消えない。


 しかし、向かう道に向けるより、少し外れた廃墟群へ向けた方が明るくなった。


「赤くなりました? でも進行方向とは、ずれていますね」


「なんだろう……光が……」


 廃墟へ近づくにつれて、光が強くなる。


 崩れた建物の前まで来た時、赤い光が一気に広がった。


「ここで一番強くなりました」


「ここみたいだ」


「ですが、壁しかありません。端末の地図でも、この先は建物の中です」


 扉らしい切れ目も、通り抜けられそうな隙間もなかった。


「ひー……」


「火種ちゃんが照らしてくれても、やっぱり入口はないね」


 リィンは壁ではなく、その向こうを確かめるように目を細めていた。


「……ここよ」


「何か感じる?」


「……さっき現れた屍者と似た祈力が、この奥に残っているわ」


「《エニグマ》も、それに反応しているんでしょうか」


「……分からない。でも、偶然だとは思えない」


 俺は《エニグマ》を壁へ近づけた。


 幾何学的な形になっていたそれはさらに動き、赤い光が壁の中へ流れ込む。


「連理さん、壁が! 消えていきます!?」


 壁が段々と薄くなり、その向こうに暗い空間が透けていく。


 赤い光の中へ溶けていった壁。


「向こうに、何か見える」


 ニーナが指さす先には、人が一人ずつ通れるほどの細い通路が現れた。


「通路が現れました。さっきまで、ここは壁だったのに……」


「通れるようになった……のかな」


「端末の地図は変わっていません。この通路も表示されていません」


 《フライ》が流すコメント欄もざわつきを見せた……が。


『なん……縺ゥ縺?↑縺」縺ヲ繧?』

『逾槭h縲∝多縺ョ逾晉ヲ上r』

『蜍??縺御ス懊▲縺溷次逅?′蠖シ螂ウ繧定摯繧薙〒縺?k』

『繧「繧ケ繝医Μ繧「縺ッ陲ォ螳ウ閠?』


「あ……れ? コメントも様子がおかしいです。こんなの初めてです」


「レンリ、ここはよくわからない」


 火種ちゃんが入口へ近づき、暗がりの中を照らした。


 オレンジの明かりが、壁まで届いている。


「火種ちゃん、気をつけて」


「ひー!」


 《エニグマ》を壁から離してみると、壁の幻影が実体化しはじめた。


「《エニグマ》を近づけている間だけ開くみたいだね」


「戻る時も、同じように開く保証はありませんけど……」


 乃々さんの言うとおりだ。


 端末の案内から外れるうえに、この先の記録はない。


 奥の気配を追っていたリィンを見る。


「このまま入るか……リィンは、どうしたい?」


「……怖いわ」


 リィンは隠さずに答えた。


「怖いなら、やめておこうか」


「……でも、確かめたい。何かがわかるかもしれない。祈力はここから来ているの」


 そう……屍者はここから現れた……気がする。


 今度は乃々さんとニーナに声をかけた。


「分かった。俺も一緒に行くよ。乃々さんとニーナは、どうしたい?」


「危険なのは変わりません。でも、《エニグマ》が初めて反応した場所を、見なかったことにはできません。私も行きます!」


「リィンが確かめるなら、ニーナも一緒に行く」


「ありがとう。とりあえず警戒しながら、だね」


 三人がうなずく。


 俺は《エニグマ》を壁へ近づけたまま、先に入口を越えた。


「ひー?」


「足元は大丈夫。三人とも入れるよ」


 全員が暗い空間に入った瞬間、《エニグマ》が再び形を変えた。


「また変形しましたね!?」


 広がっていた赤い光が細く絞られ、通路の奥へまっすぐ伸びる。


「……呼んでいる気がするわ」


「分かった。進もう」


 背後にはまた壁が現れ、光が拒絶された空間が生まれた。


 輝くのは火種ちゃんと《エニグマ》の赤い光だけ。


 アノマリーが作った道を俺たちは進んでいく。


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