第84話 冷蔵庫の強化版
冷蔵庫の前で、リィンが扉を開けたまま中を見つめていた。
冷蔵室を上から下まで眺めているものの、食べたいものを探しているようには見えない。
どうやら、中身よりも冷蔵庫そのものが気になるらしい。
「……この世界では、食べ物が箱に入って冷えているのね」
「冷蔵庫だね」
「……宝物庫なの?」
「食べ物庫」
ニーナはこちらの暮らしに慣れている……が、そう思ってたのか……。
「かなり正確ですね!」
「たしかに正確なんだけど、宝物庫と同じ扱いにはしないで」
俺の言葉を聞きながら、扉側の棚へ目を移したリィン。
乃々さんが冷やしておいた飲み物が、そこに四本並んでいる。
「……この四本は?」
「あ、それは《旧市街》へ持っていく飲み物です。冷やしておこうと思って」
「……四本?」
「はい。連理さん、ニーナちゃん、私、リィンさん。四人分です」
「……わたしの分もあるのね」
四本を見比べていたリィンの表情が、少しだけやわらいだ。
「リィンはどれがいい? 先に選んでおいたら?」
「……なら、これにするわ。なにかかわいいの」
リィンが指したのは、端に置かれた一本。キュゥゥだ……オレンジジュース。
「分かりました。それはリィンさんの分にしておきますね」
「ニーナも選びたい」
「ニーナも好きなの選んでいいよ。俺は残ったので大丈夫だから」
「連理さんが真っ先に選択権を手放しました!」
「……連理は、残ったものでは嫌?」
「いや、本当に何でもいいんだ」
「……無欲なのね」
それぞれの一本が決まると、リィンは冷蔵庫の扉をゆっくり閉めた。
覚えたばかりの名前を確かめるように、もう一度口にする。
「……冷蔵庫。これで合っているでしょう?」
「うん。もう覚えたね」
「毎日使うものから覚えることにしたの。電子レンジも分かるわ」
「おおっ。では、炊飯器はわかりますか?」
乃々さんが、待っていましたとばかりに次の問題を出す。
リィンは台所を見ず、そのまま答えた。
「……ご飯を炊くもの」
「正解です! 冷凍庫は?」
「……冷蔵庫より冷たいところ」
「では、《フライ》は?」
「……乃々がよく話しかけている、飛ぶカメラ」
「正解です!」
「乃々さん、途中から家電じゃなくなってるよ」
「つい配信機材まで聞きたくなってしまって!」
テーブルに置かれていたフライが、呼ばれたと思ったのかふわりと浮かんだ。
リィンは正面へ回ってきたレンズを見返す。
「……今のも、配信したかった?」
「ちょっとだけ……ですね。可愛すぎたので」
「……だめよ」
「してません! 今はしてませんから!」
首を横へ振るリィン。
乃々さんは慌てて端末を持ち上げ、まだ配信前だと画面を見せた。
「というか、乃々さん、今日はⅣ級の昇格報告をするんじゃなかった?」
「そうです! 危うく冷蔵庫で満足するところでした!」
乃々さんは呼吸を整えて、配信開始の表示へ触れた。
「では改めまして——皆さん、こんばんは! 今日は正式にご報告です。連理さん、Ⅳ級へ昇格しました!」
《フライ》のランプが灯り、待っていた視聴者のコメントが画面を埋めていく。
『Ⅳ級おめでとう!』
『連理さんおめ!』
『報告きた!』
『次はどうする?』
配信を見てきた人たちから祝いの言葉が届くと、昇格したこと自体が改めて嬉しくなる。
「ありがとうございます。こうして祝ってもらうと、やっぱり嬉しいね」
「お祝い、まだ増えてるよ」
「……自分のことのようで嬉しいわ」
「ありがとうございます! ちゃんと見えてます! そして今日は、公式特例任務《旧市街》の参加者一覧も公開されています」
『きた旧市街』
『参加者見たい』
『高城たちもいるんだよな?』
乃々さんが、配信画面の隣に管理機構の公式ページを開いた。
公開されたばかりの参加者一覧に、所属クランと探索者の名前が並んでいる。
「まず《オブリージュ》。高城京さんたちですね。ここは聞いていた通りです」
「高城たちも、やっぱり載ってるんだね」
「はい。それから……えっ、《ラザロ》も参加するんですか? 《紫電》の皆さんも……」
乃々さんの指が画面を送るたび、次のクラン名が現れる。
見覚えのある名前を見つけるたびに声が上ずり、画面を送る速さも少しずつ落ちていった。
「……知っている名前なの?」
「知っています。有名なところばかりです。こうして並んでいるのを見ると、さすがに緊張しますね……」
「その中に俺たちも参加するんだよね」
「そうなんです。分かってはいたんですけど……」
『有名どころ多いな』
『オブリージュいるのか』
『宝箱研究部もこの中に入るの?』
『Ⅳ級になった途端すごいところ来たな』
一覧の途中で、乃々さんの指が止まった。
「あ」
「どうしたの?」
「ありました」
「……何が?」
「連理さんです! 参加者一覧に……日野枝連理。ちゃんと載っています」
よく見ると……。
有名なクランや探索者たちと同じ一覧に、俺の名前が記されていた。
緊張してきた……かな。
「本当だ。俺の名前がある……クラン登録してないから、個人名だね」
「レンリの名前、ちゃんとある」
「……なら、わたしたちも一緒に行けるのね」
リィンの声は、『わたしたち』のところで少しだけ強くなった。
「そのつもりで、飲み物も四人分冷やしてたんじゃない?」
「……そうよね」
「そこを冷蔵庫の話に戻します!?」
『マジで載ってる!』
『この並びに入るのか』
『一気に舞台変わったな』
『旧市街絶対見る』
画面には、俺の名前に気づいたコメントが次々と流れている。
自分で参加を決めた時よりも、《旧市街》へ向かうことが現実味を帯びてきた。
「こうして公式の一覧に名前が出ると、全然違いますね」
「うん。急に実感が出てきた」
「《オブリージュ》をはじめ、正規参加クランが並ぶ公式特例任務。その参加者の一人として——日野枝連理ですよ!」
乃々さんが俺の名前を読み上げると、画面を流れるコメントがまた速くなった。
「……《旧市街》ね」
リィンの呟きが、俺の内側に深く反響した。




